(本記事は、伊藤丈恭の著書『(無)意識のすゝめ』ぱる出版の中から一部を抜粋・編集しています)

緊張の正体は、ギャップからくる葛藤

緊張
(画像=Mego studio/Shutterstock)

ここまで、瞬間的緊張と慢性的緊張をとるのに効果的な方法をざっと紹介しました。

しかし「はじめに」で僕は、緊張をとる特効薬はこの本のなかにはない、ともお話しています。

残念ながら「大きな声を出す」も「強い呼吸」も「リラクゼーション」も、時間が経てば戻ってしまいます。戻りにくくするには、やはり継続的に続けていくことです。

練習法について、果たして本当に効果があるのかどうか?という思いが頭をよぎる人、これは自分にはいいようだけどこっちはよく分からない……と選り分けてしまう人は、もともとの部分が緩くなっていないからです。

瞬間的緊張は、試してみればそこでいったん緩みますが、家に帰ってから「本当にこれを続けて意味があるのかな?」などと考え始めると、それが力みになってたちまちもとに戻ります。慢性的緊張もそう。「リラクゼーション」をしている間は効いたとしても、身体を緩めることで心を緩める意味を日常生活から理解していなければ、緊張はいつまでたっても残ります。

緊張をとる練習が効きにくい、練習で緩んだとしても日常生活で緊張に戻りやすい人はどんな人か。ざっと挙げてみます。

真面目な人。
自分に失敗を許さない人。
完璧主義な人。
目指す目標が高い人。
ハードルを上げ、高いレベルで結果を出したい人。
効率的・合理的に物事を進めたい人。
結果や結論を急ぐ人。
上昇志向の強い人。
周囲に認められたい人。
必ずルールを守る人。
いつもちゃんとしていたい人。
弱いところを見せたくない人。
新しいチャレンジを怖がる人。
失敗したくない人。
間違えたり誤解されたりしないよう身構える人。
本音を出さない人。
感情表現の乏しい人。
嫌われたくない人。
物事を否定的・批判的に捉える人。
選別する人。

まだまだあるはずですが、いったんはここまで。消極的な人が緊張しやすいのはすぐに察せられると思いますし、何にでも否定的・批判的な人や、選別する人は常に脳が疲れるので身体にも緊張が及びます。

意外なのは常識としては良い部類に入るはずの、前向きな人、ポジティブな人が明らかに多く入っていることです。これは、多くの生徒に演技指導してきた僕の実感です。むしろ、目指す目標が高い人や必ずルールを守る人のほうが、消極的な人よりも時間がかかりやすいのです。

なかなか演技が伸びず、苦労することが多いのは、高学歴の人、理数系の人です。何事も理屈で考えてしまうから。それに、弁の立つ人。少しでもイヤなこと、やりたくないことがあった時、弁解やもっともらしい言い分を見つけ出すことができてしまう。美男美女はモテてきたので、みっともないことをやりたがらない。プライドとの関係になります。いずれにしても、失敗を怖れる不安が強いのが共通しています。

ここに挙げた、一見ばらばらな人々には共通する状況があります。

自分の現状と理想の間のギャップが大きいことです。ギャップによる葛藤が大きいほど緊張は高まり、強くなります。

真面目な人や上昇志向の強い人ほど瞬間的緊張が強くなる傾向がありますし、身構える人や嫌われたくない人ほど慢性的緊張が持続している、と大まかに仕分けできますが、もとは同じです。すぐ瞬間的緊張に襲われる人は、ふだん自分は緊張しないと思っていても慢性的緊張を続けている場合が多いんです。では、いつも慢性的緊張をしている人が失敗したくない局面に立ったらどんな気持ちになるか。考えてもらうまでもないでしょう。

そんな緊張をとるには、現状と理想の間のギャップを外して、葛藤を取り除いてしまえばいいのです。

葛藤とは何かを突き詰めて言えば、今の自分を変えたい、こうでありたい、でもなかなかそうなれない……という苦しさだと思います。そんな苦しさを引き受けるのはやめてしまい、現状の自分が自己ベストなのだと諦めてしまえば、凄く楽になれるし、失敗したとしても傷が浅くなります。緊張していると受け止めたほうが緊張はとりやすくなると僕が言っているのは、そういう意味です。

諦めようといっても、放り出してしまえ、ではありません。それだとただグズグズした、次に活かせないタイプの失敗にしかなりませんからね。

ふだんは葛藤していていいんです。理想の自分像を持っていたほうが成長につながります。しかし練習でも仕事でも、始める時は、できない自分の現状を受け止めてギャップをなくすことです。ギャップを急いで埋めるのは諦めて、意識を目の前の簡単な仕事だけに向けていれば、自然と脳と心のスイッチが無意識のうちに入ります。

ただでさえ見えないハードルを、いたずらに高いところに設定する必要はありません。シンプルに言えば、自然体で臨もう、です

(無)意識のすゝめ
伊藤丈恭(いとう・たけやす)
演技トレーナー。1967年生まれ。大阪出身。19歳より、故・吉沢京夫よりスタニスラフスキー・システム、ゼン・ヒラノ氏よりメソッド演技、マイケル・チェーホフ・テクニークを学ぶ。吉本興業沖縄ラフ&ピース専門学校演技コース講師。メンサ会員。現在、アイゼ演技ワークショップを東京・渋谷近郊で開講中。参加者は延べ10万人を超える(2019年5月現在)。『プレゼン・緊張解消クラス(一般の方が対象)』も開講中。
アイゼ演技ワークショップHP:https://aize.tokyo/

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