(本記事は、伊藤丈恭の著書『(無)意識のすゝめ』ぱる出版の中から一部を抜粋・編集しています)

言葉の持つ効果

言葉,効果
(画像=bleakstar/Shutterstock)

ハードルを下げて臨む考え方を、すぐに仕事の場で大っぴらに活かしてほしい、とは僕も言いません。まだ実績の伴わない若い社員がさんまさんを見習って「僕、商談を成功させようなんて思ったことないですもん」と明るく笑ったり、「今度のプロジェクトの成果はゼロでもいい」と始まる前に上司や先輩に言ったりしたら、大変な目にあうでしょう。

まだまだ日本の企業風土では「気合を入れろ!」「覚悟を決めてやれ!」と𠮟咤されるほうが多いでしょうし。

そういう言葉の効果も、僕は認めています。自分を追い込むネバー・ギブ・アップの精神によって仕事が上手くいき、粘り強さを身に付ける成長につながる場面が沢山あることを知っています。

ただ、先輩や上司の言葉をすべて鵜呑みにしてはいけないと思うんです。

若い頃、「何を指導されても疑いながら信じろ」とアドバイスされたことがあります。耳を傾ける時はすべて受け入れて、しかしすべてを信じていいのかどうか、きちんと自分のなかで消化してバランスを保てということですね。面倒な作業ではあるので、人はだんだん新しい情報に対して初めから疑って聞かないか、鵜呑みするかのどちらかになってしまいがちです。

僕自身もよく消化せずに引き摺られてしまっていたものに、ブルース・リーの言葉があります。

「考えるな、感じろ」正確にはリー自身の言葉ではなく、世界中にカンフー・ブームを巻き起こした大ヒット映画『燃えよドラゴン』(一九七三)のなかで、彼が演じる武術の達人が弟子に稽古を付ける場面の台詞です。僕の世代にとってブルース・リーは少年時代の最高の映画スターでしたから、一世を風靡したこの台詞に、僕自身もずっと強烈な魅力を感じていました。

でも演劇理論を学んでいくと、どうしても矛盾が出てきました。心は直接操作できないと分かってくると、「感じろ」と命じる台詞を格好いいと思ったままではいられなくなる。できるのは心を誘導するまで。上手く身体や意識を向けたオマケとして初めて、感じることができる。そういう順番ですから。

実際には映画のなかのリーは「考えるな、感じろ」の後に「月を指すその指にばかり気を取られていると、月を見逃してしまうぞ」と続けています。そこまで吟味すれば、手段と目的の混同を戒めている、奥行きのある素晴らしい台詞だと分かるんです。人間が目指す最高の目的は真理への到達であり、武術の上達はその手段に過ぎないのだと説いている。

カンフーや演劇だけでなく、どの世界にも通じる教えだと思います。

しかし、「考えるな、感じろ」だけが切り離されて独り歩きすると、かえって悪い影響を与えてしまう。落とし穴のような言葉だと思っています。

その上で言いますが、緊張をとるために言葉の力は有効です。

僕は生徒によく、演技が上手くいかなかった時の「言い訳を持っておきなよ」と言っています。一般社会では、言い訳は良くない意味で使われる言葉ですが、(ああマズい、このままだと失敗する......)と思って緊張してきたら、失敗した時の言い訳を前もって考えておいたり、失敗することを前提で次の手を考えておいたりしておけば楽になります。これなら失敗しても大丈夫、と思えるところまで用意して本番に臨んだほうが、力みが抜けて快心の演技ができたりするものなんです。

「自分が思っているほど誰も自分に注目していない」
「命までは取られない」
「失敗したところでどうせ死なない」
「あくまでこの舞台は、勇気を付けるための練習」

などなど、マイ言い訳は幾つも用意しておいていいと思います。

ただ、言葉の効果がクセモノなのは、その日によって効果が違うことです。

もしも「失敗したところでどうせ死なない」と本番前に自分に言い聞かせて上手くいった日があっても、次の日もその言葉が効くとは限りません。むしろ、成功した言葉ほど効きにくい。この言葉で切り抜けられたから今回も……という気持ちが欲になるからです。

だからマイ言い訳は複数用意して、その日その時にどれが効くのかキャッチして選ぶのがベターでしょう。そのうちに言い訳を持たなくても緊張しなくなり、本当に失敗があったとしても、一々深刻に傷つくことはなくなっていきます。

少し辛く言うと、一つの言葉にすがってしまう人は、お気楽な人です。何事も状況によって変わるのですから、その都度合わせていくのが本来は当たり前。しかしお気楽な人は面倒くさがって、次も同じ方法で上手くいくと思いたがります。

また真面目な人も一度成功した方法を変えるのはバチが当たるみたいに思ったり、方法を変えて失敗したら後悔するといいます。クジ引きの運まかせじゃないのですから、失敗を繰り返してでも、状況によって方法を変えることをしないといつまでも判断能力はつきません。

理数系の人にも一つ上手くいったら次も同じ選択をし、なかなか変えられない傾向があります。一つの正解に向けて着実に進む思考回路で結果を出してきた人が多いので、どうしてもプライドが高くなり、考えが足りなくなりがち。理数系の人にそんなことを言うと怒られてしまいそうですが。

それよりも、曖昧さを受け入れたほうが、状況によって柔軟にアレンジできる幅が生まれて何倍も得ですよと僕は言いたいのです。

正解も方法も、一つではないし絶対でもないと思ってください。そうすれば、緊張をとるための言葉や練習にさえ正しさにこだわり、ますます緊張してしまう悪循環から逃れることができます。

(無)意識のすゝめ
伊藤丈恭(いとう・たけやす)
演技トレーナー。1967年生まれ。大阪出身。19歳より、故・吉沢京夫よりスタニスラフスキー・システム、ゼン・ヒラノ氏よりメソッド演技、マイケル・チェーホフ・テクニークを学ぶ。吉本興業沖縄ラフ&ピース専門学校演技コース講師。メンサ会員。現在、アイゼ演技ワークショップを東京・渋谷近郊で開講中。参加者は延べ10万人を超える(2019年5月現在)。『プレゼン・緊張解消クラス(一般の方が対象)』も開講中。
アイゼ演技ワークショップHP:https://aize.tokyo/

※画像をクリックするとAmazonに飛びます