(本記事は、高須 克弥氏の著書『全身美容外科医 道なき先にカネはある』講談社の中から一部を抜粋・編集しています)

美容外科医への転身を決意した理由は、医療システムへの不満だけではありません。市場原理の問題もありました。すでに整形外科医としての一歩を歩み始めていましたが、この分野ではすでに実績を積んだ人たちが数多くいました。正直、層の厚い整形外科で若造の僕がナンバーワンになれるとは思えませんでした。また、形成外科にしてもそれなりに層が厚かった。

一方、当時の美容外科は、ほとんど手のつけられていない未開拓の分野でした。もともと僕は人の後ろをついて歩くのが嫌いな性分ですし、層が薄い美容外科であれば第一人者になれるという野心も後押ししました。自分の努力次第でそこが最先端になる。すべては自分の実力次第。もちろん、先陣を切る風当たりも予想されましたが、それでもこの分野を開拓することに無限の可能性を感じました。

これまで何度も「成功する秘訣は?」「お金持ちになる秘訣は?」と質問されてきましたが、答えは簡単です。常に「逆張り」をすればいいのです。

この世の中には勝ち組と負け組が存在しますが、勝ち組というのは常に少数派です。周囲を見ても、お金持ちになれない人のほうが大多数で、お金持ちになれる人のほうが少数派でしょう。つまり、常に少数派のほうへ「逆張り」をしていれば、お金持ちになる確率が高くなるということです。みんなが株を買っているのであれば、株を売るべきですし、みんなが土地を買っているのであれば、土地を売ればいいわけです。

「人の行く裏に道あり花の山」という言葉があるように、大勢の人の言うことを聞いていてはダメです。そっちに行っても成功は得られません。僕の周りでもお金持ちは「逆張り」をしてきた人ばかりです。

僕はギャンブルをするときも常に「逆張り」をします。ギャンブルで本当に儲けている人というのは、なかなか張りません。ずっと他の人が張っているところを見て、たくさん張っているほうの逆に張っています。そうすると配当が大きくなります。

競馬にしても、本命にばかり賭けても、たいした儲けは出ません。それどころか儲かるのは主催者ばかりです。そんなの悔しいじゃないですか。穴馬を狙わない限り、大金を得ることはできません。それに、誰も注目していないような穴馬に けて当たったら、配当云々(うんぬん)を抜きにしても純粋にうれしいし、何より楽しいと思いませんか?

子供のころからそうでした。僕は天邪鬼(あまのじゃく)でみんながやることに拒否感があり、すべて「逆張り」をしていました。授業中でも「先生が言っていることは間違っているんじゃないか」とあら探しをして、先生に質問して恥をかかせるのが趣味で、ずいぶん嫌われていました。だからこれは、染みついた習性みたいなものなんでしょう。

「逆張り」は僕の人生哲学といえます。

 

いかがわしいものこそ成功する

美容外科に進むこと自体も「逆張り」でした。僕が美容外科に進もうかと思っていた時代、美容外科は世の中で一番あやしいものであり、あまりにもうさん臭くてビジネスにならないと思われていました。実際、まっとうな医者は一切手を出していない分野であり、失敗した経験を持つ医者のふきだまりみたいなところでした。本来、これから売り出そうとする人が進む分野ではなかったのです。

しかし、「逆張り」がポリシーの僕は、そうした世間の目とは真逆の目にけて一発逆転を狙おうと考えました。失敗するリスクもありますが、成功したときのインカムは大きい。誰もが行くほうに進んで小さな勝ちを何度か得るよりも、大勝負でドカッと何十倍も稼いだほうが絶対に効率がいいと思ったのです。

もちろん、失敗するリスクはあります。世の中の流れと逆のことをするわけですから、一文無しになってしまう可能性だってあるでしょう。しかし、リスクを冒さずに成功を得るなんてことは不可能です。失敗してもいいじゃないですか。無一文になっても、また最初からやり直せばいいんです。日本で生活している限り、たとえ無一文になっても命を取られることはありません。我が家の家訓は「この世で起きたことは、全部この世で解決できる。何を くよくよすることがあろうか」です。失敗したら、また稼げばいいのです。無一文になっても、生きていさえすれば再浮上のチャンスはあります。

これも大事なことですが、僕は「全盛の産業はまもなく衰退する。次の時代の覇者はいまあやしげなもの、いかがわしいものとされているものだ」と信じています。少年時代の僕が漫画家志望だったことは先にふれましたが、漫画が将来的に日本を代表する文化になると確信していましたし、実際世界に誇れる文化になりました。医療にしても、ちょっと前までは「再生医療はあやしい」と言われていましたが、現在、再生医療の最先端を担っている人たちは、近い将来、必ず勝ち組になるでしょう。

全身美容外科医 道なき先にカネはあるび
高須 克弥
1945年1月、愛知県生まれ。日本の美容外科医。医学博士(昭和大学、1973年)。美容外科「高須クリニック」院長。東海高校、昭和大学医学部卒業。同大学院医学研究科博士課程修了。大学院在学中から海外へ(イタリアやドイツ)研修に行き、最新の美容外科技術を学ぶ。「脂肪吸引手術」を日本に紹介し普及させた。「プチ整形」の生みの親でもある。紺綬褒章を受章。近著には『炎上上等』『大炎上』(ともに扶桑社新書)などがある。

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