(本記事は、三枝 元氏の著書『最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク』ぱる出版の中から一部を抜粋・編集しています)

六種類
(画像=PIXTA)

6つの影響力

【使う目的】無意識の感情を意識して適切な判断を行う

シーン
中小のITベンダーの人事部に勤めるマナブは社員研修の企画を担当している。研修テーマのリサーチのために大手シンクタンクのX総研のセミナーに参加した。
前半はメディアでお馴染みの人気エコノミストによる現在の労働市場に関する講演であり、マナブは大いに話に引き込まれた。後半は前半の内容に沿ったX総研の生産性向上に関する研修プログラムの紹介であり、こちらも説得力があるものであった。
「今日のセミナーはすごくよかったな。確かにうちのような会社は優秀な人材は採用しにくいし、社員の生産性向上は必要だ。大手の金融機関やメーカーでも採用されているようだし、X総研の研修プログラムを採用するよう部長に提案してみよう!」
果たしてマナブのこの判断は正しいだろうか?

フレームワークの説明

心理学者のロバート・B・チャルディーニによれば、人に影響を与える要因には次の6つがあります。

①返報性の原理
他人から何らかの施しを受けた場合に、お返しをしなければならないという感情を抱くこと

②コミットメントと一貫性の原則
人は自身の行動、発言、態度、信念などに対して一貫したものとしたい(あるいは一貫していると見られたい)という心理が働く。

③社会的証明の原則
人は行動するとき、または何かを決定するとき、他の人の行動を意識しながら決める。

④好意の原則
人は、魅力的な人物や、自分と共通点がある人の言うことを聞いてしまう。

⑤権威の原則
人は専門家の言うことだと聞いてしまう。

⑥希少性の原則
人は希少なものと認識したものに価値を見出す。

なぜ必要か?

「システム1・システム2」で人間の持つ直感・感情的な判断のバイアスについて取り上げましたが、その直感・感情の背後にあるのが6つの影響力です。必ずしも直感や感情による意思決定が悪いわけではありませんが、あまりに偏りがある非合理的な判断を避けるためには、直感や感情への影響要因を知っておくとよいでしょう。

それぞれの影響力について具体例を紹介します。

①返報性の原理
たとえば、「贈り物をもらうとどこかでお返ししなければならないと思う」といったことがあります。また、相手が譲歩すると、こちらも別の部分で譲歩しなければならないと思うというのもこの例です。営業取引で、「納期面では譲歩するから、価格はあと10%下げてくれ」と要求すると、相手の営業担当者は多少断りにくいのではないでしょうか。

②コミットメントと一貫性の原則
身近な例としては、一度「YES」と言ってしまったら、「YES」を通したいと思ってしまうといったケースです。一度簡単なアンケートに回答するのを承諾してしまうと(最初の「Yes」)その後の売り込みを断りにくくなる(「YES」の立場を維持したくなる)といった経験があるかもしれません。

③社会的証明の原則
お店でどれを買おうかどうか迷っている時に、店のスタッフから、「これが一番人気ですよ」などと言われれば、その商品を選ぶ可能性が高いでしょう。
また、役所等で面倒な手続きをしなければならないと言われて渋っていると、「みなさまにも同様のお願いをしております」と言われたら、従うしかないでしょう。

④好意の原則
名前が同じ、出身が同じ、趣味が同じなど共通点がある人には好感を抱きやすく、その人の意見に影響を受けてしまいます。

⑤権威の原則
これは広告でいわゆる専門家のコメントが載っていることをイメージすればわかると思います。
本当にその分野の専門家であればよいのですが、単に専門家というだけで影響を受けてしまうとしたら問題です。たとえば経済問題について、法律の専門家である弁護士の意見をありがたがるのは合理的とは言えません。

⑥希少性の原則
人は「現品限り」「限定品」「期間限定」「締切迫る」という言葉に弱いものです。

シーンの場合はどうするか?

セミナーに引き込まれるあまり、マナブは、6つの影響力のうち、次の3つの影響を受けてしまったと考えられます。

研修に実績がある大手シンクタンクX総研の研修プログラムであり、メディアを通じてよく見たことがある(その結果、好意を持っている)著名なエコノミストがすすめるのだから「きっと内容的に優れたものだろう」という先入観があったはずです。

よって無批判にその内容を受け入れてしまったと思われます。5つの影響力のうち、社会的証明の原則、好意の原則、権威の原則が働いてしまったのです。

研修の目的は、あくまで「自社の経営課題を解消するための知識・スキルの獲得」です。よって「この研修プログラムは自社に本当に必要か?」を考える必要があります。X総研の研修プログラムは大手の金融機関やメーカーには妥当なものかもしれませんが、中小のITベンダーには必ずしもそうではないかもしれません。


・人は返報性の原理、コミットメントと一貫性の原則、社会的証明の原則、好意の原則、権威の原則、希少性の原則の影響を受けやすい。
・自分が影響を受けてないか冷静に振り返ることが大切!

システム・シンキング

【使う目的】問題や課題の構造を適切に見極めて好循環を作りあげる

シーン
広告会社に勤めるヨシタカは慢性的に長時間仕事をしている。プロジェクトが始まると業務が重なり、どうしても作業が遅れがちになる。途中段階で挽回しようと深夜残業や休日出勤で作業時間を確保し、一時的にはなんとか遅れを挽回するのだが、いかんせん精神的にも肉体的にも疲れが溜まり、仕事の生産性が落ちてしまう。1つの仕事を終えるのに時間が余計にかかってしまうのだ。プロジェクトが振られるたびにこのような悪循環に陥っている。
上司としてもこのような状況を見かねて新入社員にサポートさせようかと言ってくれているが、ヨシタカは「新入社員に自分の仕事を一から教え込むだけで時間がかかるのでかえって非効率になると」思っている。
悪循環の核となる原因はどこにあり、どのような対処が考えられるだろうか?

フレームワークの説明

システム・シンキングとは、個々が相互に作用・影響し合う対象全体を統一的・包括的にとらえる思考法のことです。次のようなフィードバック・ループを描き全体の構造を理解し対策を考えます。

最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク
(画像=最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク)

なぜ必要か?

システム・シンキングでは、次のことが可能になります。

  • 個々の要素だけでなく、その連鎖や全体への影響について考えることができる。
  • 時間の経過による事態の変化について考えることができる。
  • 意思決定の際に、その中長期的な影響や「副作用」について考えることができる。

低価格による効果を考えてみます。低価格にすれば販売数量が増えて生産量が拡大し、スケールメリットによる1個当たりの製造コストが下げられます。1個あたりの製造コストが下げられればさらなる低価格が可能となり販売数量が増加して…といったような好循環が期待できます。

最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク
(画像=最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク)

さて、ここまでは低価格は好循環を生じさせるので望ましいように思えます。しかしながら、低価格の弊害もあるはずです。たとえばしばらくするうちに「安かろう悪かろう」のイメージがついたり、巷に溢れすぎてしまったりすることでブランドイメージが低下してしまい、敬遠されてしまったりすることは考えられます。

これを図で示すと、次のような循環になります。

最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク
(画像=最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク)

つまり低価格化は販売数量増加のループがあるものの、やがては減少させるループも併せ持ちます。2つのループを合体させると次のようになります。

最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク
(画像=最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク)

このようにフィードバック・ループを描くことで、低価格の時間の経過による事態の変化や副作用を含めた全体の構造を適切にとらえることができます。この場合は、プラス面とマイナス面(副作用)の大きさを考慮して低価格化するのかどうか判断したり、中長期的に表れる副作用を踏まえてそのマイナス面を和らげる策を講じたりすることになります。

シーンの場合はどうするか?

シーンの場合、長時間労働の構造をフィードバック・ループ図で描くと、次のようになります。

最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク
(画像=最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク)

フィードバック・ループ図上のどの部分に働きかかけても循環が強化されるだけで何も解決しません。よってループの外部から別の要素を加えることになります。

ループ図をみると悪循環の核となる原因は「仕事量」と言えそうです。仕事量が減れば結果的に仕事時間が減って疲労による生産性の低下も生じません。

対策としては上司の言うようにサポートの人員を投入することが考えられます。ヨシタカの懸念どおり、確かに一時的には非効率になるかもしれませんが、新入社員が慣れてくれば戦力となり、今後のプロジェクトにおけるヨシタカの仕事量削減に大いに貢献することが期待できるからです。


・全体の構造を把握するには、各要素間の影響、時間経過による変化、中長期的な副作用を考慮してフィードバック・ループ図を描いてみる。
・悪循環に陥っている場合は、ループの外から別の要素を加えてみること!
最速2時間でわかるビジネス・フレームワーク
三枝 元(さえぐさ げん)
ビジネスフレームワーク収集家、中小企業診断士。早稲田大学政治経済学部経済学科卒。大手メーカーでの法人営業、資格指導校での教材作成と教室講義に従事(中小企業診断士講座)。
2015年に独立後は、企業支援、研修・セミナー講師、ビジネス関連の執筆などを行う。得意分野はビジネスモデル・ビジネスプラン、チームビルディング、モチベーションマネジメント、ロジカルシンキング、交渉術、生産性改善、経済学。
著書に「中小企業診断士のための経済学入門」(同友館)がある。

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