(本記事は、小林裕彦氏の著書『温泉博士が教える最高の温泉 本物の源泉かけ流し厳選300』集英社の中から一部を抜粋・編集しています)

消費者への不十分な温泉情報開示

温泉博士が教える最高の温泉 本物の源泉かけ流し厳選300
(画像=Webサイトより※クリックするとAmazonに飛びます)

私は以前、北陸のある温泉地に行ったときに、近くの日帰り入浴に行こうとして、OTAのサイトで「日帰り入浴」、「かけ流し」で検索して、ある旅館を探して行きましたが、これが完全なる循環風呂でした。ある程度時間をかけて電車に乗って行ったにもかかわらず、くたびれ損というか、せっかくその前にいいかけ流しの温泉に入ったことが台無しになってしまって、大変残念な思いをしたことがあります。

また、関西の温泉地のある温泉旅館では、公式ホームページで、かけ流しを大々的に宣伝していらっしゃいましたが、大浴場は完全な循環で、別料金を払って入れる家族風呂だけが、かけ流しというところがありました。私が「これは詐欺ですよ」と言ったところ、申し訳ありませんという感じで家族風呂に入れてくれたところがありましたが、全く言語道断です。

温泉旅館の公式サイトなどでは、かけ流しといっても塩素殺菌の有無は必ずしも明らかにされておらず、温泉利用者にとっては、必要な情報開示という意味では不徹底といわざるを得ません。というか、これまで、あまりにも温泉に関する情報が乏しすぎたためか、温泉利用者が本物のかけ流しかどうかの問題意識や疑問を持つことさえ叶わなかったというのが実情でしょう。

私は、温泉法を改正して、旅館・ホテルのパンフレット、ホームページを作成する場合は、これらの中に、温泉法施行規則第10条第2項の情報、すなわち、加温、加水、循環の有無、塩素殺菌の有無等(以下、「温泉基本情報」とします)を、開示するよう義務付けるべきであると考えます。

そもそも、温泉に関するこれらの基本情報を施設内の見えやすい場所に掲示するだけでは足りません。消費者が施設に行ってから温泉基本情報に接したのでは既に遅いのです。消費者が施設に行く前に温泉についての正しい情報にアクセスできる環境を整備すべきです。これを行わない限り、温泉業界の深くて暗い闇はいつまで経っても深くて暗いままです。

特に、かけ流しと謳っていても、塩素殺菌がなされているかどうかは分かりにくいのが実情です。塩素殺菌は、単なる消毒でして、私はそのような消毒をしなければならないような汚い不衛生な温泉には入りたくないので、塩素殺菌の有無も含めた温泉基本情報の開示は是非とも必要であると考えています。

循環風呂や塩素殺菌された温泉は、温泉法に規定する温泉ではなく、単に「加工された人工温泉」に過ぎないということを改めて明言しておきます。温泉業界も所管行政も循環風呂や塩素殺菌された温泉は本物の温泉ではないという当たり前の事実を、そろそろ消費者にきちんと情報開示して、その上で消費者の自由な判断で本物の温泉を選択する機会を与えるべきです。

源泉かけ流し不衛生論

源泉かけ流しといっても、源泉の注入量が少ないとかえって汚れが溜って不衛生だといった意見があります。

源泉の湯量が少ないため、塩素臭プンプンの循環風呂しか設置できない施設においては、「浴槽水の衛生管理のため循環装置を設置している」といった表示をしているところがあります。決して、源泉の湯量が少ないからといった本音は書かないのです。

この源泉かけ流し不衛生論については、よほど浴槽が深くて源泉注入量が極端に少なくて、一日にかなり大勢の人が入浴して、毎日浴槽水を抜いて清掃しないという特殊な源泉かけ流しでない限り、私は最大7日間もどこの誰が入ったか分からないお湯を使い回す循環風呂よりは物理的にも心情的にも清潔だと確信しています。読者の皆さんもそう思われませんか。

いわゆる総合評価論

最近は、長野県の白骨温泉等のいわゆる温泉偽装問題を契機として、源泉かけ流しという言葉がかなり浸透していますし、旅館紹介サイトでも源泉かけ流しの旅館の紹介がなされています。

しかし、一般の方々の間では、「源泉かけ流しが良いのは分かるけども、温泉というのは、何も泉質だけではなく、料理、もてなし、歴史、文化、温泉情緒などといった総合力で評価が決まるのじゃないの」という感じをお持ちの方も相当いらっしゃるのではないかと思います。温泉に関しての総合評価論といってもいいと思います。

この認識は、決して誤りではありませんし、人にはそれぞれ好き嫌いがあるのも事実です。しかし、私は、このいわゆる「総合評価論」は全く温泉ではない循環風呂をあえて温泉らしくカムフラージュするための巧妙なテクニックではないかと考えています。

大部分の温泉が源泉の不足のため、循環風呂や塩素殺菌済みの温泉に成り下がらざるを得なくなってしまっている状況下で、「源泉かけ流しが本物の温泉で、それ以外は偽物の温泉」という事実をぼやかす意味合いで、総合評価論が温泉業界や温泉紹介本によって消費者に刷り込まされてきたのではないかと考えています。

この総合評価論については、どう考えてもこれは旅館の評価であって、決して温泉自体の評価ではありません。循環風呂については、どのような環境、景観、料理、文化等があろうがなかろうが、温泉自体が本物の温泉ではない以上、温泉としては全く評価に値しないということです。

個人的な経験で恐縮ですが、以前私は山梨県の秘湯に妻を連れて行ったことがあります。それは、山の中の温泉地の宿で、建物が古くて、部屋が狭くて、料理がシンプルで、バスタオルもなくて、布団を自分で敷いて、しかもいわゆる煎餅布団といった感じの所でした。しかし、泉質は源泉かけ流しで申し分なく、しかも混浴ということで、私は十分満足だったのですが、残念ながら妻は完全に不機嫌になってしまいました。

どうも妻の当時の良い温泉に対するイメージは、大きな鉄筋の建物で、着物を着た女性が出迎えて荷物を持ってくれて、食事は豪華で、温泉は浴槽が大きくて立派であれば泉質にはさほどこだわらない(循環風呂や半循環であっても残念に思わない)といった感じでしょうか。浴衣やシャンプーが選べたり、部屋に循環風呂があったり、高級なベッドの寝室があればもっと良かったのかもしれません。

しかし、最近では、妻も本物の源泉かけ流しの良さを実感したようで、「この旅館は高級なだけで循環風呂だから全く駄目ね」とか、「この旅館はかけ流しとは言っても塩素殺菌してるから、駄目ね」などと言うようになりました。

また、私は仕事仲間を九州などの温泉に連れて行くことがあります。私が選んだ源泉かけ流しの旅館は、必ずしも施設が立派ではなかったり、食事もそこそこといった感じなのですが、大部分の方は源泉かけ流しにはまってしまい、中には、「今まで旅行会社の紹介に欺かれていた」とか、「ネットを見て選んだ旅館がいかにインチキだったかよく分かった」などと言われる方も相当いらっしゃいます。

これらのことからも、温泉業界等が消費者に対する情報開示を疎かにしていることや、いわゆる総合評価論の刷り込みで、消費者の本物の源泉を見極める目が曇らされているということがお分かりいただけるのではないかと思います。あくまでも品質の高い源泉かけ流しを前提にした上で、自然環境、料理、もてなし等の良い旅館が良い温泉ということになるのです。

温泉とは、温泉法に規定されているとおり、地中から湧出する一定の温度又は成分を含む源泉です。

しかし、循環風呂や塩素殺菌された温泉は、温泉法に規定された自然のままの温泉ではありません。私は、このような偽者の温泉を温泉と名乗ること自体が消費者を欺く行為であると考えています。

いくら建物が立派で料理の美味しい温泉旅館に泊まったとしても、それが循環風呂だったりすると、それは本物の温泉に入ったことにはなりませんし、温泉の効能も家庭の風呂とさほど変わりません。というよりも、お湯を最大で7日間も使い回しているので、物理的にも心情的にも家庭の風呂よりもむしろ不衛生なのです。

自然を楽しみたいのであれば有名な景勝地に行けばいいし、美味しい料理を食べたいのであればちゃんとした料理店に行けばいいのです。「いやそれでもいいのです」という人は別にそれで構わないのですが、消費者への温泉に関する情報が遮断されていて、その結果、その人がそのようにしか思えないのであれば大変残念です。

消費者に対して、温泉に関する情報が開示されているという状況が確保された上で、消費者が自らの判断でいわゆる総合評価論に基づいて、循環風呂や塩素殺菌の温泉をあえて選択するのであれば、何ら問題はありません。

温泉博士が教える最高の温泉 本物の源泉かけ流し厳選300
小林裕彦(こばやし・やすひこ)
小林裕彦法律事務所代表弁護士。1960年大阪市生まれ。84年一橋大学法学部卒業後、労働省(現厚生労働省)入省。89年司法試験合格、92年弁護士登録。2005年岡山弁護士会副会長。19年(平成31年度)岡山弁護士会会長。11年から14年まで政府地方制度調査会委員(第30次、31次)。14年から岡山県自然環境保全審議会委員(温泉部会)。現在は岡山市北区弓之町に小林裕彦法律事務所(現在勤務弁護士は9人)を構える。企業法務、訴訟関係業務、行政関係業務、事業承継、事業再生、M&A、経営法務リスクマネジメント、地方自治体包括外部監査業務などを主に取り扱う。著書に『これで安心!! 中小企業のための経営法務リスクマネジメント』等。

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