本記事は、星野雄滋氏の著書『Amazon,IKEA,Appleから学ぶ企業成長の方程式~独自経営モデル』(ロギカ書房)の中から一部を抜粋・編集しています。
Appleの1998ビジネスモデル大変革事例
Appleの場合、「数字で語る」を端的に示すことができるのは、1998ビジネスモデル大変革の事例ですので、この事例について説明していきます。
ジョブズが復帰した1997年のAppleは倒産寸前でした。前年1996年営業赤字が13.8億ドル純(損失8.1億ドル)、1997年の決算でも営業赤字10.7億ドル(純損失10.4%億ドル)の2期連続大赤字でした。
ジョブズが行ったビジネスモデル大変革で1998年決算がどうなったか図2・10に示します。
大変革は何をしたか
それでは、復帰したジョブズが何を行ったか詳しく見ていきましょう。
◆Think Different ブランドキャンペーンによる意識改革
ジョブズが倒産寸前のAppleを蘇らせるための起死回生策です。具体的なリストラ策を実施する前に、赤字の原因をコモディティ化したPC業界に帰せず、マインドセット・意思改革を行いました。
今までのAppleとは「違うんだ」「生まれ変わる」「世界を変えるような革命的な製品を開発する」といった機運を社内に充満させることが最も重要なことでした。
- 現状を肯定しない
- 常識外れを是とする
- クレイジーな発想を歓迎する
以下に、Think Different 広告の抜粋を示します。
「クレイジーな人たちがいる。反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。四角い穴に丸い杭を打ち込むように、物事をまるで違う目で見る人たち。彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。~しかし、彼らを無視することは誰にもできない。なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。彼らは人間を前進させた。彼らはクレイジーと言われるが、私たちは天才だと思う。自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えているのだから。」
〝四角い穴に丸い杭を打ち込むように、物事をまるで違う目で見る人たち。〟
この一節は、その後iPhoneの誕生を予感させるようにも思えます。
「ボタンをすべて取っ払い、巨大な画面だけにする。巨大な画面。どう操作する?マウスは無理だ。スタイラスか?ボツだ。誰が望む?すぐなくしそうだ。スタイラスはやめとこう。みんなが生まれながらに持つ世界最高のデバイス、指だ!」(2007年1月iPhone発表プレゼンより)
ジョブズは後に母校米スタンフォード大卒業式で伝説となった名言を残しています。
「ハングリーであれ。愚か者であれ。StayHungry.StayFoolish.」
今までの常識を覆すというマインドが植え付けられたからこそ、以下に示すような大胆な製品削減や販売チャネルの改革・再構築などの大変革が実行されました。
◆すてる
当時、Windowsを搭載するPCとの競争に勝利するため、価格帯や仕様の異なる無数のMacintosh製品を展開し、幅広い顧客のニーズを満たそうと試みました。しかし、仕様の異なるモデルが乱立する状況は一般の消費者を混乱させることとなり、大量の過剰在庫が発生していました。スペックが同じ機種なのに異なる多数の販売チャネルで製品名を変えて販売しているものもあり、消費者だけでなく自社内でも混乱する状況でした。
そこで、コンピュータ事業については、15の製品ラインを簡素化して4つのプラットフォームに収斂させました。
また、ほとんどのイメージング製品(デジタルカメラやプリンタ等)や多数のディスプレイ製品等、コンピュータ関連製品(コンシューマ製品)を捨てました。
このようにして、コンピュータとOSのコア事業以外の事業部と製品群を切り捨てたことにより、Appleが提供する製品数は、1998年初350種類が1998年末10種類となりました。これは、一時的にコンシューマ市場からの撤退を意味します。
製品種類の大幅な削減に続いて実施したのは、多数あった販売チャネルの大幅な削減です。
大幅に絞り込んだ販売店と新たな契約を結び、各店舗へアップルから直接製品を配送するモデルに切り替えました。それまでは、販売店から売上データが入手できず、メーカーの生命線である需給予測ができませんでしたが、販売店への直接配送により、ユーザーの売上データが入手できるようになり、生産計画や販売予測ができるようになりました。
以上を整理すると、大きなリストラを実行したわけですが、その要因を作った問題は、「幅広い顧客のニーズを満たそうとしたこと」でした。得意分野であるコア事業に集中することの大切さが確認できると思います。
◆強みに集中
コンピュータ事業は、デスクトップとポータブル、プロ向けとコンシューマ向けの%つのプラットフォームに収斂させました。基本的に。プロ向けのMacの開発と販売にリソースを集中しつつ、コンシューマ市場の再構築を図りました。
◆強みの磨き上げ・独自性の確立
1998年8月、初のi冠製品iMac(オールインワン型PC)を開発販売しました。
iMacは、当時の急速なインターネットの普及という追い風を受け、一般家庭向けのネット端末というニーズにあった製品として、大いに売上を伸ばしました。最新の技術とユニークなデザインを特徴とするiMacは、発売から4か月で約80万台を売り上げる大ヒットを記録し、1998年9月期第4四半期黒字化で通期黒字化に貢献しました。
成功要因は最新の技術とともにユニークなデザインがあげられますが、特にデザインについては、有望なデザイナーを採用したことがポイントです。このデザイナーが率いるデザインチームは、「iPod」や「iPhone」のデザインも手がけることとなり、Apple製品の再興に重要な役割を果たしたのです。
ちなみに、デザイン重視によるデザイナーの採用は、IKEAと同じ戦略です。
以上を整理すると、
- 対応すべき顧客ニーズとして、一般家庭向けのネット端末というニーズを特定したことがポイントです。
- 最新の技術とユニークなデザインにより、iMacがi冠製品という独自性の象徴としてのスタートをきったことが2つ目のポイントです。
大変革をした結果、どうなったか 大変革をした結果、図2・10の数字となりました。
◆売上
事業・製品を大胆に捨てたため、売上は、前年比16%減少しました。具体的には、コンシューマ製品(ほとんどのイメージング製品および多数のディスプレイ製品)を廃止したことによります。Appleが提供する製品数が、1998年初350種類から1998年末10種類となったということは、8割以上の製品数の売上は2割以下であったこと、2割以下の製品数で8割以上の売上を稼いでいたことがわかります。
◆粗利益
売上が16%減少したのとは逆に、粗利益は前年比8%増加しました。
概略を図で示すと図2・11のようになります。
大まかに言うと以下の2点が上げられます。
✓ 1997年売上の約2割を占めていたコンシューマ製品を捨てたことにより、1998年の売上はその分の売上が減少し、コンピュータ事業の売上のみとなっています。利益率の低いコンシューマー製品の販売を廃止し、利益率の高いコンピュータ事業の主力製品とiMac等の新製品の売上を増やしたことにより、全体の粗利益を改善しました。
✓ 1998年、コンピュータ事業における4つの改革により、粗利益率を大幅に増加させ、粗利益のさらなる増加を達成しました。
4つの改革は以下の通りです。
- 15の製品ラインを大幅削減し、3つの主要製品ライン(※)に縮少させたことにより、固定費(人件費、設備費等)を削減した。
※3つのライン:プロ向けデスクトップ、ポータブルと、コンシューマ向けのデスクトップと推測される。プラットフォームとしては4つに収歛させたが、実際の現場では、そのうちコンシューマ向けのポータブル(個人用携帯情報端末)の開発を中止し、3つのラインに縮小したと考えられる。
- この生産ラインの縮小に伴い、新製品の組立をサプライヤーの製造サイトを活用したり、一部の部品製造を外部委託にしたりするなど、新たな固定費の発生を抑えた。⇒この製造モデルが現在のファブレス企業(世界中の企業に部品加工を外注、組立はEMS企業に委託)の原型を作ったと推測される。
- 業界標準の部品を使用することにより、材料費を削減した。
- 販売チャネルを再構築し絞り込んだ代理店と新たな契約を結び、販売店への製品は、アップルから直接配送するモデルに切り替えた。この結果、需給予測を正確に行うことにより、過剰在庫や流通在庫を大幅に削減し、前期まで発生していた在庫の評価減や安値販売による低粗利益を極力回避した。
◆在庫回転率 製品輸送を船から空輸に切り替えました。コストはかかりますがほぼ受注生産に近い形で、製造販売ができるようになったため、在庫回転日数は、31日から6日へと劇的に改善しました(在庫回転率で表すと12回転から60回転へ上昇)︒
◆販売促進費 販売費は、前年比29%減少しました。これは、販売チャネルを大幅に絞り込んだことにより、販売促進費を削減したことが主な要因と考えられます。
◆営業利益 以上の結果、2期連続の大幅な営業赤字を脱却し、黒字化を達成しました。