発売50年で最高売り上げ~“国民食”の裏側に密着
9月上旬、横浜市のスーパー「サミット」横浜岡野店内の壁際に巨大な商品棚ができていた。積み上げられていたのは膨大な数の「カップヌードル」だ。
今、「カップヌードル」はいろいろな味を楽しめる。いまや定番となった「欧風チーズカレー」は欧風カレーに3種のチーズを振りかけるまろやかな味わいだ。飛ぶように売れていたのは新商品の「辛麺」。焙煎した唐辛子をふんだんに使い、辛味と旨味の絶妙のバランスを狙った。
「カップヌードル」は9月18日に発売50周年を迎える。開発したのは、朝ドラのモデルにもなった日清食品の創業者・安藤百福だ。1958年、百福はまず世界初の即席麺「チキンラーメン」を発売。お湯を注ぐだけで食べられる画期的な商品を世に送り出す。
その「チキンラーメン」をアメリカに売り込みに行った1966年、百福は運命の光景に出会う。アメリカ人は試食に紙コップを使い、フォークでかっこよく食べたのだ。丼と箸が当たり前だった時代だったが、百福はひらめいた。
「片手で持てるカップに麺を入れてフォークで食べる、今までにないラーメンを作ろう」カップを麺の容器としてだけでなく、お湯を入れて調理器具にもし、さらにそのまま食器としても使う。独創的なアイデアだった。
発売直後はなかなかヒットしなかったが、爆発的に売れるきっかけとなったのは、日本中がテレビ中継に釘付けになった1972年の「あさま山荘事件」。寒さをしのぐ機動隊員たちがカップヌードルをおいしそうに食べる光景が映し出され、人気に火がついた。
そして半世紀。今や世界100カ国で親しまれ、累計販売500億食を突破するおばけ商品となった。しかも、発売50年にもかかわらず、最高売り上げを叩き出しているのだ。 実は今、若い新たなファンが増えている。
東京・立川市の美容師・濱中慶太さん(38歳)は、スナップエンドウを入れて仕事の合間に食べるのが最近の日課だ。「いつお客さんが来るか分からない。3分でできて2分で食べられる『カップヌードル』は戦友です」と言う。
中国から来日して5年の大阪市の梁雅蔚さん(31歳)は、フタの裏に描かれている猫ちゃんに心を掴まれた。天津飯風にレンジでチンした卵を乗せるのがお気に入りで、「食べ慣れている味。麺も好きだけど、麺よりスープです」と言う。
大阪・堺市の高校生、歌津匠馬くん(16歳)がはまっているのは、味だけではなく「カップヌードル」の公式SNSの投稿。「卸売市場の魚が並んでいるところに『シーフードヌードル』が置いてあって、シュールで笑いました」と言う。
公式SNSには容器を使った工作シリーズがあったり、カップヌードルで餡かけかた焼きそばを作ってみた報告があったり。こんな楽しさで、フォロワーはこの4年で10倍になり、38万人にまで増えた。
やはりファンだというさいたま市の会社員、望月健太郎(27歳)は、「ツイッターで話題になるところを押さえるのがうまいと思います」と言う。
「もっとシュールに…」~創業者の孫、驚きの手法
SNS向けのCM撮影が横浜市で行われていた。可愛らしい怪獣が日清食品の本社ビルに攻撃を目論む。「カップヌードル50周年? 誰も興味ねえよ」と怪獣が吠える。これは「カップヌードル」50周年に向けた記念商品のCMだ。
「50周年ということで、味が合体した特別バージョンのバースデー商品を作ったので、しっかり力を入れてやっていこうと」(宣伝部・岡崎俊英)
その「スーパー合体シリーズ」は8種類の定番の味から2つずつを組み合わせた。例えば「チーズカレー」と「チリトマト」が合体すると「チーチリカーマト」といった具合だ。
CMで日清本社を襲う怪獣をやっつける8人のヒーローたちは、色鮮やかなコスチュームもなかなか本格的だが、かなりシュールなキャラクターぞろい。クセの強い独特な内容が若者を振り向かせるらしい。
撮影の1カ月前の日清食品東京本社では、CMの内容を決める重要な会議が行われていた。宣伝担当の2人による社長へのプレゼンだ。画面に現れたのは、安藤百福の孫で、6年前から「カップヌードル」の全てを任されている社長・安藤徳隆(44歳)だ。
宣伝部の岡崎が語ったのは、日清を救うため、「カップヌードル」のヒーローたちが合体して怪獣を撃退するというストーリー。岡崎の練りに練ったプレゼンが終わると安藤が口を開いた。
「チーズカレーはアフロにサングラスにするとか……」「予想の範囲内というか、シュールさが足りない」などなど、CMのシュールな世界観は安藤自らの案だった。安藤はまるでCMディレクターのように細かい修正を次々と指示していく。安藤の案に思わず笑い出す宣伝部長の米山慎一郎。あれよあれよとCMの世界観が固まっていった。
「いつもこんな感じです。社長へのミーティングなので、内容は詰めて来ているつもりですが、それでもハッとするようなアドバイスをいただく。『はい、はい』と言うつもりはありませんが、グッとくるようなことを言われます」(米山)
安藤は卓越した感覚で、話題となるCMを次々と世に出してきた。魔女の宅急便を青春アニメ風に描いたものから、クセになるメロディーの八村塁、さらにブラジルでサムライが華麗なサッカーを披露するCM…手がけた作品はさまざまな賞を受賞した。
そんな安藤の戦略により、「カップヌードル」の売り上げは4年連続で過去最高を更新。日清食品の売り上げも伸び続けている。
安藤百福の鞄持ち3年~90代の祖父の教え
「カップヌードル辛麺」で話題となっているのが、クセの強いダンスの2人組によるCM。このCM作りも、安藤ならではのものだった。
2分の1の速度で撮影し、倍速で完成させるという。実は撮影が行われているのはアメリカのロサンゼルス。東京からのリモートで演出していた。
出演するニック・コシールとジャクソン・マイルズ・チャビスはアメリカを舞台に活動するダンスパフォーマー。クセになる動きで人気急上昇中だ。
「日本ではあまり知られていませんが、海外ではインスタグラムやTikTokのフォロワーが200万人ぐらいいます」(宣伝部・岡崎)
そんな2人をCMに使いたいと言い出したのは安藤自身だという。
「この2人をCMに取り上げる人は世界にいないと思う。CMなどに生かせるアイデアは常に無意識に集めています。見て面白かったものは全部記憶しているし、何かしらメモに残してあります」(安藤)
世の中で流行っているものへの感覚がとりわけ優れていたのが、創業者の百福だった。
「おじいちゃんなのにものすごく好奇心旺盛で、僕らが食べているもの、見ているもの、はやっているもの全てに興味を持って『これは何だ』と。とにかくすごい執念で、スッポンみたいな人でした」(安藤)
安藤は大学院修了後の3年間、90歳を超えていた百福の鞄持ちをしていた。そこで、常に大衆を見つめる姿勢を学んだという。そんな祖父に孫が挑んだ。
2015年に日清食品のトップについた安藤は翌年、「カップヌードル」のタブーに斬りこむ。きっかけは新商品の開発会議の席だった。
「カップヌードルといえばあの肉。あれをたくさん入れた『ミートッショック』という商品はどうですか?」という提案に対して、安藤が「いいアイデアだけど、名前は『謎肉祭』のほうが喜んでもらえるんじゃない?」という意見を述べると、場は静まり返った。
「『謎肉』はネット用語だから、社内で言ってはいけなかったんです」(安藤)
「謎肉」とは「カップヌードル」で親しまれてきた四角い肉のこと。もともとは百福が豚肉と大豆、野菜などをミックスして開発した画期的な肉だったのだが、長く原料を企業秘密にしていたため、ネット上で「謎肉」と呼ばれていたのだ。
「創業者が生きていたら怒るだろうけど、『謎肉祭』にしようと」(安藤)
安藤は、消費者が親しみを込めて「謎肉」と呼んでいることを知っていた。しかし、グループ会社の役員が集まる会議で『謎肉祭』発売の承認を求めると、一人の味方もいなかった。それでも安藤は粘り強く説得した。
「これからのことを考えたら、これくらいのチャレンジを1回やってみるべきだ、『謎肉』の方が身近に感じるしファンも増えると言って、なんとか許可をいただいた」(安藤)
ようやく発売にこぎつけた「カップヌードル謎肉祭」。結果は欠品が出るほどの大ヒットだった。
「こういう面白いものは話題としても広がると、その時に営業幹部も感じて、『もっと面白い商品を作ってくれ』と。社内が変わった節目の商品だったと思います」(安藤)
百福は「大衆の声こそ、神の声である」と語っていた。
名門ホテルがなぜ?~“国民食”のアレンジ料理
今年、開業50周年を迎えた東京・新宿区の名門「京王プラザホテル」。館内にあるビュッフェレストラン「スーパーブッフェグラスコート」ではこの夏、意外なメニューが提供されていた。
一番人気のローストビーフの隣に、なぜか「カップヌードル」。一緒に並べられているカニ爪のグラタンの中には「カップヌードル」の麺が入っていた。ハンバーガーに挟んであるのも「チリトマト」の麺だ。「カップヌードル」を使ったアレンジメニューのコーナーだ。
これは今年50周年を迎えたものどうしのコラボ企画。京王プラザからの呼び掛けに日清が応えて実現。シェフたちがアレンジに腕をふるった。
「面白い、楽しいといういつもとは違うお声をいただきました。これまで京王プラザホテルをご利用いただいたことのなかった若い方など、新しいお客様層の来館にもつながったのではないかと思います」(「京王プラザホテル」杉浦陽子さん)
きわめつけのアレンジはバーテンダーが作ってくれる「カップヌードルカレー」の風味がするカクテルだ。
こんなアレンジ料理のしやすさも、「カップヌードル」がファンを楽しませてきた理由だ。
横浜市のイタリアンレストランに勤務する大和将也さん(23歳)は、「シーフードヌードル」を食べ終わると、残ったスープでリゾットを作るという。
残ったスープを鍋に入れて煮詰め、そこへご飯を投入。さらに「イタリアンで使うパルミジャーノチーズ」を加えるのだという。所要時間は5分程度。最後に焼いたイカを乗せれば、おしゃれなシーフードリゾットの完成だ。
ファンたちがおいしさをどんどん広げていく、これも「カップヌードル」の強さだ。
~村上龍の編集後記~
カップヌードルが500億食を超えた。カウントできるところがすごい。たとえば讃岐うどんとか、それなりに食されているはずだが、カウントできない。カウントできるのは容器も売り出したからで、それが革命的だった。ただ500億食も売れる商品はやっかいだ。努力を忘れる。「カップヌードルをぶっ潰せ」というスローガンが内部で必要になる。本当にぶっ潰したら屋台骨が砕けるが、本気でぶっ潰すつもりでやらないといけない。その辺がむずかしい。
<出演者略歴>
安藤徳隆(あんどう・のりたか)1977年、大阪府生まれ。2002年、慶應義塾大学大学院修了、祖父・百福の鞄持ちを3年間務める。2007年、日清食品入社。2015年、日清食品社長就任。2016年、日清食品ホールディングス副社長就任。
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