本記事は、菊岡正芳氏の著書『売上を10倍にする「コンサル脳」のつくり方』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています
競合差別化失敗の実体験
私が駆け出しの営業パーソンだった頃、大手製薬企業の主力商品では、過酷な競争が行われていました。当時の会社の指示は、「他社に負けるな」「1人でも多くの顧客に会え」「自社の商品名をコールせよ」「足で稼げ」というものでした。
さらに競合との違いを際立たせるため、自社商品の優れているところと競合との違いを学び、それが正義と信じ込み、顧客である医師たちに紹介していました。しかし、賢明な医師たちは、他社と同じような商品パンフレットを持参しても聞く耳を持ちません。
私は医師の目に留まるように、自作の立体的な「情報シート」(クリスマスカードのようなもの)を作ってみたりもしましたが、思うように売上が伸びていきませんでした。
「まだまだ他社商品との違いが医師たちに伝わっていないんだ」と考え、いっそう熱を込めて差別化を試みました。会社から教えられたことを実践し、夜討ち朝駆けで仕事をしていました。
夢中になって仕事をしていくうちに、当時の私は気が付けば「押し売りの営業パーソン」に成り果てていたのです。
押し売りのセールストークを続けていると、「菊岡さん、その話は以前に聞きました。何か新しい情報があったら持ってきてください」「今忙しいから、次にしてください」と次第にあしらわれるようになり、話をする機会がどんどん減っていきました。
同期の仲間や先輩たちは、努力してもなかなか医師たちに話を聞いてもらえず、顧客からの否定的な反応が続くと次第に自分の力を信じられなくなり、疲れ果て、ついには会社を去っていきました。
思い切って私も会社を辞めて、病院薬剤師として勤めようか、調剤薬局を作り独立しようかと考えました。しかし調剤だけの薬剤師は自分に合わないしどうしようと悩みながら、毎日相変わらず競合との差別化と押し売り営業を続けていました。
しかしそんなある日、転機が訪れました。
とある循環器内科の若手医師と1対1で話す機会がありました。そこは、大学病院の医師用の控え室でした。
「菊ちゃん、めちゃくちゃ頑張っているのは分かるよ。勉強してデータも整理して、薬のさまざまな違いを教えてくれることは嬉しい。とても助かる」
最初は私の仕事ぶりをねぎらってくれました。
しかし、その若手医師が本当に言いたいことは次からです。
「菊ちゃんは製品の差別化、やりすぎだよね。実は医師はそんな小さな差を知りたくないんだ。それらは処方の決め手にはならない。情報として薬の違いはあるけれど、医師は薬を見ているのではなく、患者さんを診ているんだよ」
医師は患者さんを診ている。製薬会社の営業である私は、分かっているようで分かっていませんでした。医師は薬の違いで処方を決めると思い込んでいました。
医師は続けます。
「医師はさまざまな患者さんを診ている。高齢者もいれば若い患者さんもいる。循環器内科1つとってもさまざまな病気があり、その病気の状態や、合併している病気も違う。1人ひとり違う状態の患者さんに、どの治療を行うのが最適なのかを考えているんだよ」
「薬だけではなくさまざまな治療法があるよね。食事に気をつけ運動を行うこともできる。薬が必要な人には、その人の生活の状態も考えて、どの薬が最適かを考えて処方するんだよ。その時に菊ちゃんの示してくれている情報は役立つのだけれど、商品の機能や特徴の細かい違いとは異なる視点も必要なんだ」
私はハッとしました。
その若手医師が所属していた東京慈恵会医科大学が大切にしていることは「病気をみずに病人をみよ!」。
医師は患者さんが困っているひとつの病気に焦点を当てて診療に臨むことがあるが、1つの病気だけではなく、患者さんの人格・人生を尊重し1人の人間として接し、その人にあった診療・治療を行うことを大切にしています。
製薬会社の営業員として私が見ていたのは、病気に使われるものである薬の機能、特徴、微細な差。一方、医師が診ているのは「人としての病人」。
製薬会社の営業にとって、自社の製品は唯一無二で絶対的な存在です。一方、医師にとっては、患者さんという人の病気の治療に使うことができる数多くの道具のひとつ。彼らにとっての薬は、相対的な存在だったのです。
薬学部を卒業し、製薬会社に入社して「薬」の力を素晴らしいものだと信じて活動していた私にとっては、ある意味、ショッキングな出来事です。
「病気をみずに病人をみよ!」
病人の役に立つのが「薬」の役割。そのために営業としてどんな行動をしたら良いのだろう?
私がその後、長い会社人生の中で、ずっと追いかけ続けるテーマになりました。
私の営業・マーケティングの長い旅の始まりです。
※画像をクリックするとAmazonに飛びます