この記事は2022年9月9日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「若年層へのハラスメント社会の危機-人口動態が示すアンコンシャス・バイアスの影-」を一部編集し、転載したものです。
【2020年最多世代人口は40代人口】
出生数が激減していく日本。
最新の国勢調査は2020年に実施されているが、日本の出生数は、さかのぼること半世紀前となる1970年の193万人から84万人へと、半世紀で半減どころか、実に43%水準にまで落ち込んでいる。文化を同じくする人口維持の観点からみれば、文化消滅の危機に瀕するような人口構造の危機に瀕していることを理解している人はどれ位いるのだろうか。
なぜ正しく危機感をもてないのか。それは、出生数の激減によって引き起こされている「少子高齢化」の実態をデータで正確に理解できている人が多くない、という問題に行き当たる。筆者が数年来実施してきた数多くの講演会においても、出生数の減少に関するデータを明示して説明すると、想像以上の状況に動揺する聴講者が後を絶たない。
更につけ加えると、もし本当に少子高齢化の実態を正確に数値で把握しているならば、「若年層へのアンコンシャス・バイアスに満ちたハラスメント社会」にもつながりかねない状況となっていることへの危機感をもっと人々が共有すべきではないかとも筆者は考えている。
そこで、1970年と2020年の世代別人口を比較した図表を以下に示してみたい(図表1)。
図表では、それぞれの時代における世代別の人口を比較し、最大人口を形成する世代人口を比較している(図表中の黄色部分)。
1970年においては、20代人口が日本の人口を形成する最大の世代であった。ところが、2020年では、40代人口が最大の世代となっている。
これは何を意味しているのか。
筆者は団塊ジュニア世代(1971年~1974年の年間200万人超も出生していた世代)であるが、かつては「若者が投票に行かないから、若者の声が国政に反映されない」などという声を耳にしたものである。1970年には20代人口が総人口の約19%、1/5弱を占めており、当時では最大の世代人口を形成していたので、確かに皆がきちんと投票に行けば、20代人口の声が最も反映されやすい国政の状況となっていたかもしれない。
しかし、2020年においてはもはや「若者が投票に行かないから、若者の声が国政に反映されない」というような状況ではない。
なぜなら、若者が熱心に投票に行ったとしても、2020年における最大世代は40代であるからだ。年齢層が高いほど投票率が高いという事実を差し引いても、総人口に占める40代以上の比率は1970年の32%から、2020年には63%まで急激に上昇しており、中高年世代の価値観に基づく中高年に受けの良い政策が支持されやすくなる、という状況に日本は陥っているのである。いわゆるシルバー民主主義だ(*1)。
*1:ちなみに人口比を考慮に入れると20代人口の1票は40代人口の0.66票に相当する。ミラーで考えると40代人口の1票は20代人口の1.5票分の力がある。
【中高年層の価値観優先が招く社会】
図表1からもわかるように2020年の最大世代となる40代人口を100%とすると、もはや20代人口は66%しかいない。10代人口にいたっては61%、10歳未満人口は53%である。今後も少子高齢化がこのまま進行した場合、若年層にとってより理不尽な結果が多数決の世界では具現化されてしまうのである。
もちろん40代人口と20代人口の価値観が大きく変わらないのであれば、それでもいいのかもしれない。しかし、現代において40代人口と20代人口では教育を含めて育った環境等について、あまりにも乖離が大きい。具体例を挙げるならば、次のようなことが指摘できる。
40代以上の世代はバブル経済崩壊(1991-1993年)とその後の長い経済低迷を経験しているが、20代人口は出生時には既にバブルは崩壊していた。従って、バブル経済時における消費行動や幸福感などを経験しておらず、ライフデザインにおける価値観は両者ではかなり異なっている。
20代人口の親は全員、育児休業法施行(1992年)後の親であるため、育った世帯の夫婦の就業構造等、成育歴に影響した家族環境が異なる。ゆえに職業観、男女の役割分担意識が大きく異なる(1997年以降、共働き世帯が専業主婦世帯を一貫して上回り、以後、年々その差は開いている状況であり、中高年層がもつ専業主婦世帯をベースとした考え方とは一致しづらい(*2))。
男女雇用機会均等法が施行されたのは1985年であり、40代以上の世代は、男女の雇用機会均等を含めたダイバーシティに対する教育の機会もなかった。
このように20代人口と40代以上の中高年世代では、価値観の根底となる育った社会環境が大きく異なる。
それにもかかわらず、世代間での意識の違いを考慮しないままの多数決政策を推し進めるのならば、それは中高年世代の価値観・幸福感をもとにしたアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)に満ちたものとなってしまうだろう。つまり若年層にとっては、価値観が異なり多数派でもある中高齢層による価値観ハラスメントを受け続ける社会が成立してしまうのである。
*2:2021年 共働き世帯比率69%(独立行政法人労働政策研究・研修機構)
【人口比を踏まえた報道、政策を】
急速な少子化がもたらす若年層への価値観ハラスメント(若年層に対するアンコンシャス・バイアスに満ちた)社会に突き進まないためにも、報道や政策の担当者は慎重な意見聴取やきめ細やかな定量分析を行い、また「皆が言っているからそれが普通である」といったような母集団バイアスを取り除くことに努めるなど、人々が誤解を招かないような報告の仕方を極力工夫する必要があるだろう。
仮に世代、性別の違いを意識しないまま調査結果を示し、それを国民全体のニーズ・ランキングとして示すような方法は、若年層の価値観やニーズへの軽視、更には生き方に対する価値観へのハラスメントにもつながりかねない。
例えば社会保障制度に関するニーズ調査を行うにあたり、世代人口比の調整をかけずに回答者による単純な集計結果を出してしまうと、世代人口が最も多い40代を中心とした中高齢層による老後の不安(介護、医療)への保障等が最優先課題となってしまい、若年層のニーズ等は後回しになってしまうことも危惧される。
それの何が悪い、と思う読者もいるかもしれない。しかし若い世代が息苦しい社会は、次の人口を生み出す家族形成を阻害する要因となることは想像に難くない。
実際、日本において急速な少子化が進行している主要因は「未婚化」である。出生数が半世紀で43%水準となり、初婚同士婚姻数3も42%へと激減するなかで、カップル当たりの子どもの数は依然2人4であるのに、総出生数は激減した。結婚を希望する若者の割合は逓減傾向にはあるものの、依然として男女ともに約9割が結婚願望5を持っており、それにもかかわらず家族形成が進まなくなっている。
笑顔の中高年を増やそうとするあまり、徐々に無表情になりゆく若者の姿を私たちは見逃してこなかっただろうか。
人口の数による圧力の恐怖。人口動態を研究するものとして、少子化が急速に進むこの日本において、改めて強く訴えたい。
*3:再婚者を含む婚姻(どちらかが再婚、双方再婚)は出生数に負の相関(中~高相関)を持っているため、再婚割合が増加する中で、婚姻総数と出生数の関係性は初婚同士と再婚含みをわけて関係性を論じるべきである。
*4:初婚同士夫婦が最終的にもつ子どもの数(完結出生児数)は1972年2.20、2015年1.94であり、夫婦は約2人子どもを持っている。対して未婚者の出生率を含む合計特殊出生率は、1970年2.13(完結出生児数との乖離0.07)、2015年1.58(同乖離0.36)となり、未婚化の影響が合計特殊出生率低下に及ぼす影響が大きいことが理解できる。
*5:第15回出生動向基本調査(2015年)「いずれ結婚するつもり」割合/18歳から34歳の未婚男性85.7%・未婚女性89.3%
天野 馨南子 (あまの かなこ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 人口動態シニアリサーチャー
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