本記事は、齋藤孝氏の著書『教養のある人がしている、言葉選びの作法』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
七五調や漢文調・文語体のセンスを採り入れる
七五調という日本語独特のリズムを学ぶ
日本語のリズムの基本にあるのが七五調です。
以前、NHKの俳句番組にゲストとして出演したときに、七五調について、MCの方に「七五調というのは、日本語としてなかなかいいものですよね。その代表となるような文芸作品を教えてください」と聞かれたことがありました。
そこで真っ先に紹介したのが近松門左衛門の『曽根崎心中』でした。
比の世の名残。夜も名残。死にゝ行く身を
(『曽根崎心中』岩波文庫)譬 ふれば。あだしが原の道の霜。一足づゝに消えて行く。夢の夢こそあはれなれ。あれ数ふれば暁の。七つの時が六つなりて残る一つが今生の。鐘の響 の聞納め。寂滅為楽 と響くなり。
この作品のクライマックスである道行き、つまり心中の場面はすべて七五調で綴られ、「われとそなたは
番組では声に出して読みました。読んでいる私自身、七五調のリズムに心地よくなってしまいました。このリズムが醸し出す文章のセンスは尋常ではないと、改めて近松門左衛門の言葉のセンスに唸ったことがありました。
今では『曽根崎心中』を読む人も少なくなっていると思ったので、『声に出して読みたい日本語』にも取り上げたのでした。
語彙や言葉の知識を身に付け、そのうえに七五調という日本語のリズムを知ると、切れ味のいい文章に仕上がります。この切れ味に魅せられて、あるとき私は映画評の文章をすべて七五調で組み立てたことがあります。いわば自己満足でしたが、書いているうちに面白くなって、日本語のリズムが切れの良さやセンスを生み出すと再認識させられました。
カアル・ブッセの『山のあなた』は、上田敏という詩人の卓越した訳詞の腕前があって、日本人の誰もが知る詩となりました。
山のあなたの空遠く
(「山のあなた」『海潮音 上田敏訳詩集』新潮文庫)
「幸 」住むと人のいふ。
声に出して読むと、落ち着きつつも、ほんのりとロマンチックな印象が醸し出されます。これなどは七五調が生み出すリズムの真骨頂と言えます
日本語の背骨である漢文調・文語体を再発見する
漢文調・文語体にも注目しておきましょう。
「
たとえば、「○○に
有名な「君子は周して比せず、小人は比して周せず」(『論語』為政第二・十四)という一節は、立派な人は利害や感情に関係なく公平に人とつき合い、そうでない人は利害や感情にとらわれて偏ったつき合いをするといった意味ですが、「非」や「不」を繰り返し対比させて、文章のリズムを際立たせています。
善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。
(『歎異抄』岩波文庫)
「いはんや○○をや」というのは漢文の反語の文型で、こういうパターンを文章に取り入れると、かっちりとした印象になります。
漢文調では対句という技法もあります。
(『論語』里仁第四・八、岩波文庫)
朝 に道を聞きては、夕べに死すとも可なり
朝と夕べがしっかりと対句になって、フレーズがビシッと決まります。漢文調や文語体というのは、自然とキレがよくなる傾向があります。
幕末の人もこのような言葉遣いを駆使していました。たとえば西郷隆盛の言葉として知られる「敬天愛人」(天を敬い、人を愛す)などもそうですが、漢文調や四字熟語をうまく使ってフレーズの調子を整え、自分自身に気合いを入れていたのだと思われます。
漢文の知識や文語体を使いこなすことが、教養として備わっていたのです。
しかし、今ではこの漢文調や文語体の伝統が損なわれたので、日本語の重要な骨格だった背骨が失われました。教養の背骨には漢文、文語体が欠かせません。もともとの日本語である大和言葉は柔らかい言葉を使う表現ですから、これだけを使うとすると、よほどセンスのある言葉遣いをしないと、響くフレーズにならなくなってきたのです。
漢文調、文語体を使うのが難しければ、四字熟語を駆使することをオススメします。それによって、文章やコメントを作成する際の表現の引き出しが増えてくることでしょう。