本記事は、齋藤孝氏、射手矢好雄氏の著書『BATNA 交渉のプロだけが知っている「奥の手」の作り方』(プレジデント社)の中から一部を抜粋・編集しています。
交渉における「選択」の方程式
〈BATNA〉の概念を、交渉の具体例を挙げて説明しましょう。
Aさんが、ある骨董品を買おうと考えています。Bさんがその骨董品を100万円の値段で売っているのですが、Aさんはその商品はせいぜい80万円ほどだと考えており、できればさらに値切りたいと思っています。しかし、Bさんは絶対に100万円から譲ろうとしません。すると、お互いに歩み寄る余地がなくなり、このままでは交渉は成立しません。
このとき、Aさんが切るカードが〈BATNA〉です。目の前のBさんとは交渉しない、つまり「Bさんから買わない」という選択が、Aさんが検討すべき代替案になります。
このとき「Bさんから買う」ことを前提にした選択肢を、交渉用語では〈オプション〉といいます。
さて、現実はもう少し複雑です。このとき、別の売主であるCさんが、別の骨董品を80万円で売っていたとしましょう。それはAさんがほしかった骨董品とは違いますが、手頃な価格でいい品ではあります。するとAさんは、「今回はなにも買わずに我慢する」のか、「Cさんから別の品を買う」のかを検討することになります。
あるいは、気になるCさんの骨董品は、実は品質が落ちるかもしれないし、ほかの場所でもっと安く売っているかもしれません。最初のBさんの100万円の骨董品が「1点もの」で値下げの余地が本当にない場合もあるだろうし、検討しているうちに、Dさんの150万円の品にもっと
実際の交渉では、時間の経過とともに移り変わる条件を比較しながら、目の前の〈オプション〉を検討し、相手との〈合意〉を目指していくことになります。そして、どの〈オプション〉よりも〈BATNA〉のほうがいいと判断すれば、必ず〈BATNA〉を取る。なぜなら、それが自分にとって最良の選択になるからです。
Aさんは、Bさんの売っている骨董品がどうしてもほしいと判断すれば、「Bさんに100万円を払って買う」という〈オプション〉を取ることになります。Bさんからは買わずに、「価格の手頃さを優先してCさんから買う」、あるいは「より魅力的なDさんの品を150万円で買う」という〈BATNA〉を取ることもできます。
このときの、「なにを優先するか」の判断軸を、交渉用語では〈利益〉と呼びます。〈利益〉は必ずしも金銭的な面だけに限らないのが、交渉の難しさであり、面白さでもあります。〈BATNA〉と〈オプション〉の選択における方程式をまとめましょう。
〈BATNA〉が〈オプション〉よりもよければ、必ず〈BATNA〉を取らなければいけません。逆に、〈オプション〉が〈BATNA〉よりもベターかイコールの場合のみ、〈オプション〉を取ることになります。
〈BATNA〉が多くの人にとって新鮮な概念であるのは、ふつうは交渉の最中に、その交渉が成立しない場合のことまでなかなか頭がまわらないためです。相手が提示する条件がまったく揺らがなかったり、逆に交渉条件が目まぐるしく変わっていったりすると、とにかく目の前の相手と〈合意〉しようと焦ってしまい、変な妥協をしがちなのです。
だからこそ、交渉に臨むときはつねに〈BATNA〉を自分の手元に持っておかなければなりません。これが交渉において守るべき合理的な方法論であり、交渉を成功へ導く「方程式」といえるのです。