本記事は、井崎英典氏の著書『世界のビジネスエリートは知っている教養としてのコーヒー』(SBクリエイティブ)の中から一部を抜粋・編集しています。

Cup of aromatic decaf coffee and beans on black wooden table, flat lay
(画像=New Africa/stock.adobe.com)

カフェインのないコーヒーが求められる理由

コーヒーの現在を語るうえで避けては通れないのが、デカフェでしょう。

「精神の解放」に用いられてきた歴史からもわかるとおり、コーヒーが世界中に広まったのはその中核となる成分、カフェインの魅力が大きいわけですが、近年はカフェインを除去したデカフェが流行しています。カフェインレスという言い方もあります。

そもそもカフェインとは、コーヒー豆や茶葉、カカオなどに含まれるアルカロイド(窒素を含む天然由来の有機化合物)の一種です。血管拡張作用があるため、頭がスッキリして眠気覚ましや気分高揚のような作用、それから利尿作用があります。また、疲労回復や鎮痛に効果があること、交感神経が刺激されて基礎代謝や胃酸分泌が促進されることが知られています。

一方で、過剰に摂取すると健康に悪影響を及ぼすこともよく知られています。睡眠の質が下がったり、胃酸分泌過多で胃に負担がかかったりします。また、妊婦さんや緑内障の方など、健康上の理由でカフェインを控える人もいます。

ただ、カフェインに対する感受性は個人差が大きく、健康への影響を正確に評価することができません。ですから日本では明確な摂取許容量が決められているわけではありませんが、欧州食品安全機関(EFSA)は健康な成人で一日あたり400㎎までと定めています

一般的なドリップコーヒーのカフェイン含有量は100mLあたり60㎎程度なので、計算すると4~5杯というところでしょう。

実は欧米の人たちには、カフェインの分解能力が高くない人が一定数いると言われています。とくにアメリカはデカフェ市場が大きく、2016年の数字で恐縮ですが、コーヒー市場の約13%をデカフェが占めています。

逆に日本人はカフェインの分解能力が高い人が多いので、さほどデカフェのニーズも高くありません。市場としては1%未満です。

ただ、日本でも「カフェインはもっとコントロールして摂ろう」という流れができていると感じます。健康への悪影響を感じて禁じるというより、睡眠の質を高め、日中も落ち着いた時間を過ごすために、飲みたいは飲みたいけれども、できるなら適切な摂り方をしたいというわけです。

とくに「睡眠の質」は昨今の流行キーワードで、ヤクルト1000といった乳酸菌飲料が話題になりました。コーヒーにもその流れがやってきたということでしょう。

私が見る限り、高収入の人ほどカフェイン摂取のコントロールに気を使っています。夕方以降、昼以降はカフェインを摂らないと決めている人も少なくありません。

そういう方が私のコーヒーバーに来てデカフェを注文されるので、私はつい質問してしまいます。

「カフェインがいらないのであれば、デカフェを飲む必要もないのでは?」

カフェインのないコーヒーは、コーヒーと呼べるのだろうか。デカフェだって安くない。

むしろ普通のコーヒーより高い場合も多い。それをわざわざ注文するのはなぜか。カフェインを摂りたくないなら、そもそもコーヒーを飲まなければいいのに。バリスタとしては野暮な疑問かもしれませんが、素直にそう思ったのです。

すると多くの方はこう答えます。

「コーヒーを淹れる、コーヒーを飲むという行為そのものに意味があるんですよ」

なるほど。

これこそコーヒーの本質なのではないでしょうか。

コーヒーは、淹れようと思った瞬間から飲むまでが精神的な体験であり、その体験が重要なのです。

カフェインを抜く技術の進化

もちろん、デカフェなら何でもいいわけではありません。コーヒーの風味を大きく損なったデカフェだと、「コーヒーを飲む」という体験にはなりません。デカフェでも美味しい必要があります。また、カフェインを取り除く処理の過程がよくわからないため、本当に安全なのかと不安に思う人もいるかもしれません。

そもそも、一体どのようにしてコーヒーからカフェインを取り除いているのでしょうか。

デカフェの歴史は意外に古く、コーヒーからカフェインを取り出すことに初めて成功したのは1819年のこと。ドイツの化学者フリードリヒ・ルンゲです。植物から毒素を抽出する研究にいそしんでいたルンゲに、かの文豪ゲーテがコーヒーの生豆を渡し、「この成分を調べてみないか」と問いかけたのがきっかけだといいます。ルンゲはコーヒー豆から分離させることができた成分に「カフェイン」と名づけました。

その後、1906年にドイツで有機溶媒を使った脱カフェイン法が開発されます。塩化メチレンや酢酸エチルといった有機溶媒でカフェインを溶かす方法です。この方法は現在でも使われています。低コストでできるのですが、薬剤が食品に直接触れるというのが安全衛生上の懸念です。よって、日本では許可されていません。

またこの方法は、カフェイン以外の成分にも影響し、コーヒーの風味が損なわれてしまうので、海外の消費者からもあまり人気がないようです。たとえ健康に悪影響がなくとも、コーヒーの風味がないのであればあえて飲もうという気になりませんよね。安く飲めるデカフェとして需要が残っていると言っていいでしょう。

現在、日本で主に飲まれているのは、水を使った脱カフェイン法を採用したコーヒー豆です。

薬品をいっさい使わず、生豆を水に漬けてカフェインを取り出すので安心・安全な方法です。

具体的には、こんな手順です。先にカフェイン以外のコーヒー成分が入った水溶液を作っておき、それに生豆を漬けると、カフェインが水溶液へ移動していきます。その水溶液を特殊なフィルターでろ過し、カフェインだけを取り出して、ほかの成分は戻します。これによってカフェインの99.9%を除去することができるのです。

もうひとつ、新たな手法としては「超臨界二酸化炭素抽出法」というものがあります。二酸化炭素を一定の温度と高い圧力で加工し、その特殊な二酸化炭素(超臨界二酸化炭素)を使って生豆のカフェインを取り出します。薬を使わず、味も損なわれないのでいまのところもっとも優秀な方法ですが、コストは高くなります。

こういった進化したデカフェ技術によって、安心・安全にカフェインを取り除いたコーヒーを楽しめるようになっています。

ただ、以前の私は、お客さんにもデカフェの意味を問うくらいですから、「デカフェは美味しくない」と思っていました。実際、以前はデカフェの品質はあまりよいとは言えず、私の家でも妻が妊娠してコーヒーを控えることにしたのをきっかけに、国内のさまざまなデカフェを試したのですが、「これは」と思うものにはなかなか出会えませんでした。

品質が上がらないのには理由があって、日本のデカフェ市場は非常に小さいのです。確かに最近はデカフェブームの流れがありますが、そうは言っても欧米に比べるとまだまだです。努力して美味しいデカフェを作ってもたいして売れないので、企業側もそこまで熱心に開発していないのでしょう。

そこで私は、自分でデカフェを開発することにしました。

コーヒー豆はスペシャルティコーヒーを、脱カフェイン法には超臨界二酸化炭素抽出法と、よいものを作るためには妥協せず、焙煎プロファイルも独自に設定。納得できる出来だったので、「ヤバいデカフェ」として商品化して販売しています。

私はここで自分の商品を宣伝したいわけではなく(もちろん興味を持っていただけたら嬉しいですが)、ただ、デカフェだってちゃんと作れば美味しくなる、ということを伝えたいのです。今後、技術が普及して製造がより安価になれば、美味しいデカフェが通常価格で買える時代がすぐ来るでしょう。

いまでは私自身も、夕方以降のコーヒーブレイクをデカフェに変え、明らかに睡眠の質がよくなったことを実感しています。コーヒー好きも文句なしに満足するデカフェが普及すれば、昼までは普通のコーヒー、夕方以降はデカフェという習慣が広がることでしょう。

世界のビジネスエリートは知っている教養としてのコーヒー
井崎英典(いざき・ひでのり)
株式会社QAHWA代表取締役社長
高校中退後、父が経営するコーヒー屋「ハニー珈琲」を手伝いながらバリスタに。2012年に史上最年少でジャパン・バリスタ・チャンピオンシップにて優勝し、2連覇を成し遂げた後、2014年のワールド・バリスタ・チャンピオンシップにてアジア人初の世界チャンピオンとなり、以後独立。コーヒーコンサルタントとして年間200日以上を海外でコンサルティングに従事し、Brew Peaceのマニフェストを掲げてグローバルに活動。コーヒー関連機器の研究開発、小規模店から大手チェーンまで幅広く商品開発からマーケティングまで一気通貫したコンサルティングを行う。日本マクドナルドの「プレミアムローストコーヒー」「プレミアムローストアイスコーヒー」「新生ラテ」の監修、カルビーの「フルグラビッツ」ペアリングコーヒーの開発、中国最大のコーヒーチェーン「luckin coffee」の商品開発や品質管理など。テレビ・雑誌・WEBなどメディア出演多数。著書・監修に『世界一美味しいコーヒーの淹れ方』ダイヤモンド社、『理由がわかればもっとおいしい! コーヒーを楽しむ教科書』ナツメ社、『世界一のバリスタが書いた コーヒー1年生の本』宝島社など累計10万部突破。


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