本記事は、井崎英典氏の著書『世界のビジネスエリートは知っている教養としてのコーヒー』(SBクリエイティブ)の中から一部を抜粋・編集しています。

A waitress holding and serving a paper cup of hot coffee in cafe
(画像=Farknot Architect/stock.adobe.com)

コーヒー業界の抱える問題点

コーヒーの味わいを定点観測をしていると、味が変化したことに気づきます。あるコーヒーショップのいつものコーヒーを飲んで「あれ? 前より美味しくなくなったな」と思ったときは、何かしら原因があります。

私は日本でも海外でも交渉の場にいることがあるのでよくわかるのですが、裏側はこんな感じです。

サプライヤー側が「(厳しいので)もう少し値上げさせてください」と言うのに対し「じゃあ、別のところにお願いするからいいよ」という超強気の交渉をするバイヤーがいて、サプライヤーは仕方なく赤字ギリギリで取引をします。もしくは、品質を下げたり、古い豆を使ったりしてどうにかする。そういうことが起きているのです。

最終的なコーヒーの価格を上げないというのは、あたかも企業努力をしているようですが、誰かが犠牲になっているのであれば間違っています。これは業界全体で変えていかねばならないことです。

昨今はSDGsが流行りですが、「よいものに対して、きちんとお金を支払う」という意識こそSDGs的な精神なのではないかと思っています。

コーヒーの歴史としてお話ししたとおり、かつて生産国では安い賃金で重労働をさせ、その結果、消費国では安くコーヒーを楽しむことができていました。時代は変わって、生産国VS消費国という単純な図式ではなくなりましたが、誰かに無理をさせて安く提供するというモデルはどこかに残り続けているようです。

スペシャルティコーヒーが「サステナビリティ」を重要なキーワードにしているように、美味しいコーヒーをこれからも楽しみたければ、関わる人が安定してこの仕事を続けられることが必須です。

いま目の前にある一杯のコーヒーには、たくさんの人が関わっています。

遠い国の生産者、輸出業者、商社、バイヤー、ロースター、コーヒーショップ、そして、プロが淹れたものならバリスタも。そのほかにも、コーヒーに関する研究者、パッケージや販促物など商品開発、マーケティングまわり。倉庫や物流で関わる人。

コーヒーは国内で生産できず、かつ、消費量は世界でもトップクラスの日本では、非常に複雑なサプライチェーンによって、やっとのことで私たちのもとに一杯のコーヒーが届いているのです。

日本には昔から「三方よし」というよい言葉があります。

ビジネスとは、消費者はもちろん関わる人すべてが豊かに幸せになるものであるべきでしょう。ビジネスの心得として、前提とも言えるものです。

残念ながら、植民地生産の時代から、コーヒービジネスはこの観点が足りなかったことは事実です。今後この是正をはかっていくことは、私を含めた現代のコーヒー業界人の責務でしょう。

ラディカルトランスペアレンシー

SDGsや生産者保護の観点から言えば、いわゆるフードロスの問題はまずもって改善されなければならないでしょう。

コーヒーの果実を食用として楽しむ動きが出ています。ところが私はそこから一歩進んで、コーヒーの花弁、葉、枝、外皮といった部分も活用できないかと模索しています。

これらの部分は、収穫時はもちろん、剪定時に産業廃棄物として大量に発生するものです。そもそも「フード」としてすら認知されてこなかったこれら廃材に目をつけることで、困窮するコーヒー農家の収入の足しに、少しでもならないかと考えました。

誕生したのが、LIFULLの開発に私がコンサルタントとして協力した「PROUD LIBERICA COFFEE SYRUP」です。コーヒーノキの廃材を利用したシロップで、卸売りに対応しているほか、協力店舗ではシロップを使ったメニューを提供しています。

いままではコストでしかなかった廃材を商材に変えるというある意味わかりやすい取り組みですが、コーヒーのトレーサビリティにもつながる、ビジネスのニュートレンドにも挑戦しています。

それが、「ラディカルトランスペアレンシー徹底的透明性)」です。

前提として、「環境に負荷をかけていないか」「収益は関係者に公平に分配されているか」「不当な労働環境を労働者に強いていないか」といった、これまで見えなかった企業活動の裏側が購買動機に影響している、といった消費者の意識変化があります。実際、私のまわりでも、若い世代を中心に、「せっかくならエコな商品を買いたい」「フェアトレード商品を選びたい」という人が増えている印象です。

ラディカルトランスペアレンシーは、言葉のとおり、ラディカルなまで徹底的に透明性を担保することです。

PROUD LIBERICA COFFEE SYRUPは、原材料や産地はもちろん、廃材の買取価格や各種コスト、農家の利益まですべての数字を公開しています。一点の購入がどれほど農家を助けるのか可視化されていますし、私やLIFULLが不当に儲けているのではないこともすぐにおわかりいただけます(笑)。

また、製造工程やレシピをすべてオープンにすることで、ほかの事業者も類似プロジェクトに参入できるようにしています。なぜオープンにするのかというと、このプロジェクトの目的は、あくまで農家の支援だからです。

とはいえ、結果としてこうした透明性が、消費者からの信頼を得て、最終的にはLIFULLの利益にもなるものだと信じています。すでに海外のアパレルブランドなどでは大々的に取り入れられているラディカルトランスペアレンシーですが、今後、日本でもこうした観点はビジネスになくてはならない要素になるでしょう。

PROUD LIBERICA COFFEE SYRUPが、どれだけデータを「ぶっちゃけ」ているか気になる方は、ぜひ検索してホームページを覗いてみてください。

体験を売るスターバックスに学ぶホスピタリティ

関わる人すべてが幸せになるという前提のうえで、近年のコーヒービジネスから学べることを見てみましょう。

コーヒービジネスの世界的成功例といえば、スターバックスがまず挙がるでしょう。人気であり続けるにはやはり理由があると感じます。スターバックスはコーヒーのみならず「体験」を売っているから、強いのです。

現在、世界に6店舗ある「スターバックス リザーブ® ロースタリー」をご存じでしょうか。店内で焙煎された最上級のコーヒーを味わえる場所ということですが、フロアごとにテーマがあり、コーヒーにまつわるテーマパークさながらです。

東京の中目黒にあるロースタリーは、4階建てで延べ面積は2,966㎡もの広さがあります。1階には大きな焙煎設備があり、地下の倉庫から運ばれてきた生豆を焙煎する様子を見ることができます。そして、目の前でバリスタが抽出をしてくれるのです。

こういった演出、空間づくりは本当にうまいと思います。

それだけではありません。

スターバックス リザーブ®ロースタリーが初めてできたのは、2014年のシアトルでした。当時私は、コーヒー業界の有名人たちと一緒に早速行ってみました。「すごい空間だね」なんて雑談しながら座っていると、店内の回転掲示板にこう出てきたのです。

「Welcome WCE All Stars」(ワールドコーヒーイベントのスターたち、ようこそ)

ほかのお客さんには何のことかよくわからないかもしれません。ただ私たちだけに向けて、そう掲示してくれたのです。このホスピタリティには感激しました。カップにお客さんの名前とメッセージを書くサービスの延長にある、スターバックスらしいサプライズです。

スターバックスのコーヒーを悪く言う人もいますが、コーヒー自体の品質があまりに悪ければ、そもそもお客さんも来ないでしょう。ただ、これだけ長く愛されているブランド力は、コーヒーの魅力だけで培われたものではないはずです。

現に、コーヒーのプロである私たちも、空間や演出に圧倒され、とりこにされたのです。スターバックスなど人気のコーヒーストアに対し、「コーヒー自体は普通だよね」と口にする人もいますが、とんでもないことです。彼らのスタイルには学ぶところがたくさんあるはずです。

世界のビジネスエリートは知っている教養としてのコーヒー
井崎英典(いざき・ひでのり)
株式会社QAHWA代表取締役社長
高校中退後、父が経営するコーヒー屋「ハニー珈琲」を手伝いながらバリスタに。2012年に史上最年少でジャパン・バリスタ・チャンピオンシップにて優勝し、2連覇を成し遂げた後、2014年のワールド・バリスタ・チャンピオンシップにてアジア人初の世界チャンピオンとなり、以後独立。コーヒーコンサルタントとして年間200日以上を海外でコンサルティングに従事し、Brew Peaceのマニフェストを掲げてグローバルに活動。コーヒー関連機器の研究開発、小規模店から大手チェーンまで幅広く商品開発からマーケティングまで一気通貫したコンサルティングを行う。日本マクドナルドの「プレミアムローストコーヒー」「プレミアムローストアイスコーヒー」「新生ラテ」の監修、カルビーの「フルグラビッツ」ペアリングコーヒーの開発、中国最大のコーヒーチェーン「luckin coffee」の商品開発や品質管理など。テレビ・雑誌・WEBなどメディア出演多数。著書・監修に『世界一美味しいコーヒーの淹れ方』ダイヤモンド社、『理由がわかればもっとおいしい! コーヒーを楽しむ教科書』ナツメ社、『世界一のバリスタが書いた コーヒー1年生の本』宝島社など累計10万部突破。


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