株主優待を目的とした投資手法は、個人投資家を中心に人気があります。株主優待ならではの特典も多く、配当利回りや値上がり益だけを目的としない投資の在り方も可能にする上で、株主優待には魅力があると言えるでしょう。
しかし、純粋に経済的利益の為に株主優待株に投資することは効率的と言えるでしょうか。
そこで、今回は株主優待を導入した企業を分析した論文を用いて、株主優待株への投資が短期的に高いリターンをもたらす可能性について議論します。また、権利取得の為に短期的に投資する手法や株主優待導入の予測が可能かどうかについても考えてみましょう。
【参考】
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本議論の土台となる論文
本稿では、以下の砂川・鈴木論文を用いて議論を進めます。
参考:
砂川伸幸・鈴木健嗣「株主優待の導入が株価に与える影響」『神戸大学経営学研究科 Discussion paper 2008・03』, 2008
砂川・鈴木(2008)では、企業が株主優待を導入する事によって、どのようなメカニズムで株価にどういった影響を与えるかが検討されています。論文では1998年から2005年の間に日本において株主優待を導入した企業のうち、優待導入直前と直後の決算期において単元株数や発行済み株数を変化させていない187社が分析対象となっており、以下の4つの仮説が検討されています。
【仮説1:流動性仮説】
株主優待の導入が株主数や株式流動性を向上させ、株価を上昇させる。
【仮説2:コーポレート・ガバナンス仮説】
株主優待の導入が大株主の持株比率を下げ、コーポレート・ガバナンスの機能が低下する事によって株価が下落する。
【仮説3:フリーキャッシュフロー仮説】
株主優待の導入がフリーキャッシュフローを吐き出させるというアナウンスメント効果を投資家に与え、過大投資への懸念が低下して株価が上昇する。
【仮説4:マーケティング仮説】
株主優待の導入が自社製品・サービスの宣伝機会になり、株主優待で自社製品・サービスを提供する企業とそうでない企業とで株価の反応が異なる。
では、砂川・鈴木(2008)の分析結果をみていきましょう。
株主優待による流動性プレミアム
まず、株主優待の導入前後において、業種や財務、株式売買高等の影響を取り除いた上で尚変化に有意性があるのが「株主総数」「個人株主数」「外国人持株比率」であり、「個人株主や大口株主の持株比率」の変化には有意性が無いという結果になっています。このうち、「外国人持株比率」は、この時期は日本全体で増えた時期であり、株主優待による影響ではないと考えられています。
つまり、この時点で大株主の持株比率を下げた事がキーとなる仮説2のコーポレート・ガバナンス仮説が成立する可能性が低い事になります。
次に、株主優待導入による流動性の変化を判断する指標として、気配スプレッド率・実行スプレッド率・1日当たり相対取引高(DV)・流動性的変化(DLR)が計算されています。詳細は割愛しますが、気配スプレッド率と実行スプレッド率は「売気配や買気配といった価格形成に注目した流動性指標」であり、DVとDLRは「売買高をベースにした流動性指標」です。短期的な流動性変化を判断する指標としてはポピュラーなものであり、分析手法としては大きな問題は見当たりません。
上記の指標について、株主優待導入の発表前の120日間と発表後の120日間の流動性変化が分析され、有意水準10%で流動性が向上するという結果が出ています。1%水準や5%水準では有意性が無いという結果ですので、流動性があるとは言え、大口株主の持株比率に大きな変化が無い以上、増えた個人株主の中での限定的な流動性プレミアムがあると解釈するのが妥当でしょう。