株主優待導入による株価上昇
次に、様々な説明変数を用意し、累積超過収益率を被説明変数として、冒頭の4仮説が回帰分析によって検討されています。結果を要約すると、まず株主優待導入は導入前後240日間で株価にプラスの影響を与えています。その要因についてですが、ここでも仮説2のコーポレート・ガバナンス仮説は変化に有意性がありません。仮説3のフリーキャッシュフロー仮説は10%水準で有意性があり、成熟企業でフリーキャッシュフローが特に多い場合は株主優待導入による効果が大きい事が示唆されています。
仮説4のマーケティング仮説については、株主優待の中身は株価の変化について有意性が見られません。そして、仮説1の流動性仮説が最も成立する可能性が高いという結果となっています。
権利取得目的の投資における注意点
ここまでの結果から見て、少なくとも過去の結果としては限定的な流動性プレミアムがあり、短期的に株価が上昇する傾向にあると言えるでしょう。
しかし、この結果は企業にとって株主優待を導入するメリットがあるとしても、投資家が投資戦略に利用する事は可能でしょうか。この結果は、あくまでも株主優待の導入発表前後の株価について短期的にリターンが見込めるというだけであり、株主優待導入の発表があってから株価を購入しても、短期的な利益を得られる可能性は低いと見るのが妥当でしょう。
これは、株主優待の権利確定日直前に株式を買い権利確定後に売却するという戦略を取っても、株価に株主優待の影響が反映されている(権利確定日直前に上がり、権利確定日後に下る)事により利益が得られないのと同様に、株価を押し上げる何らかの利益が明らかな状態な事が分かってから株式を購入しても遅いと言えるからです。
また、この論文はディスカッションペーパーとして無料で広く公開されている上、公開日から5年経過しているので、既にこの結果を利用した投資を行っている投資家がいる可能性も高いでしょう。しかし、この分析を知らない投資家も極めて多いと考えられるので、この機会に知っておいて損は無いです。
株主優待導入は予測可能か
もし、株主優待による投資で利益をあげるなら、「株主優待を導入する企業を予測する」事ですが、そんな事は可能でしょうか。インサイダー取引でも無ければそんな予測は無理だというのが正直な結論ですが、ヒントが無いわけではありません。それは、鈴木・砂川論文で示唆された仮説1(流動性仮説)と仮説3(フリーキャッシュフロー仮説)を利用する手段です。
一般に株主優待導入が流動性を高め、フリーキャッシュフローが特に多い企業の株主優待導入効果が大きいという2つの仮説が正しければ、「個人株主数が少なくて流動性が低く、かつ、フリーキャッシュフローが多い成熟企業」が株主優待を導入するメリットを持つので、そうした企業の中に株主優待を導入する可能性があると言えるでしょう。
勿論、こうした企業を探し出したとしても株主優待を導入する確証は有りませんし、株価は他の影響を大きく受けるので、実務レベルで使う余地は小さいとは思いますが、流動性指標や財務諸表を利用する際の一つの練習問題としては興味深い例ではないでしょうか。
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