物価上昇に日銀の目標である2%を目指す加速感が感じられない。確かに、原油価格の下落により、下押し圧力がかかっていることは事実だろう。しかし、原油価格の下落などの交易条件の改善やテクノロジーの進歩による価格の低下は、実質所得を増加させ、需要を押し上げるため一般物価の下落にはつながらないというのが、マネタリストの主張であった。
この相対物価と一般物価の違いがわからないと経済学の理解が不足しているとかつては経済学者から批判されることもあった。さらに、日銀が重要視している消費者物価指数(除く、生鮮食品及びエネルギー)は1%強の強めの上昇をみせているが、どちらかというとピークアウト感がある。
物価上昇を阻む2014年4月の消費税率引き上げ
やはり、物価上昇に加速感がみられないのは、原油価格の下落だけの影響ではなく、2014年4月の消費税率引き上げがもたらしたデフレ圧力が原因であると見た方がよいだろう。原田日銀審議委員も「消費税が景気を下押しする効果を持ち、かつ、そのマイナス効果が物価にも下押し圧力をかける」と指摘している。
失業率が自然失業率を下回り始め、労働需給はかなりタイトであり、就業者の増加と一人当たりの賃金の上昇を合わせた総賃金は既に1%強増加している。総賃金の増加が総需要の増加につながり、物価上昇を加速させていくことが期待されていた。
しかし、消費税率を5%から8%へ、総賃金の増加を打ち消すほど引き上げてしまったため、総需要は減退してしまったのだろう。
消費税率引き上げにより下押しを受けた2014年の弱い実質GDP成長率(0%)の後も、2015年は+0.7%程度と潜在成長率なみの水準にとどまり、需要超過幅の拡大が物価上昇の加速につながる動きを妨害してしまった。
さらに重要なのが、消費税率引き上げが財政緊縮となり、マネーが拡大する力を衰えさせ、円高や物価下押しの力になってしまっていると考えられることだ。
財政緊縮が物価下押し効果に
マンデルフレミングモデルでは、財政緊縮は金利低下で円安効果、財政拡大は金利上昇で円高効果とされる。円高効果があるため、財政拡大は景気・物価を押し上げる効果が限定的であると解釈される。しかし、もはや金利がほぼゼロ%に低下し、財政政策に対する金利感応度は小さく、日銀の政策目標もマネーの量に変わった今となっては、この考え方は古すぎる。
日本の内需低迷とデフレの長期化は、恒常的なプラスとなっている異常な企業貯蓄率(デレバレッジ)に対して、財政支出(赤字)が十分ではなく、企業貯蓄率と財政バランスの和(ネットの国内資金需要)がゼロと、国内の資金需要・総需要を生み出す力が喪失していたことが主な原因である。
このネットの国内資金需要が復活し、マネーが循環・拡大を始めたことが、今回の景気回復がこれまでよりデフレ完全脱却につながる可能性が高い理由である。
そうなると、マネーを循環・拡大させる力となるネットの資金需要を減退させる財政緊縮はマネー萎縮(円の供給減)で円高効果、財政拡大はマネー拡大(円の供給増)で円安効果と考えられ、古いマンデルフレミングモデルと結論は逆になる。
消費税率引き上げにより財政緊縮となってしまったため、それ自体が総需要の減退となるとともに、マネーが萎縮し、円高のリスクにもなり、その景気・物価下押し効果がデフレ完全脱却を妨げる形となってしまっていると考えられる。
日銀が目指す2016年度中の2%の物価目標の達成は困難であるようだが、2017年4月に消費税率引き上げが再び行われれば、目標の達成はその財政緊縮による物価下押し効果が一巡した2019年度になってしまうだろう。
会田卓司(あいだ・たくじ)
ソシエテジェネラル証券 東京支店 調査部 チーフエコノミスト
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