(本記事は、久慈直登の著書『「売れる営業」のマインドセット』株式会社CCCメディアハウス2019年5月1日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
営業マインドを育てる「飛び込み営業」
好きで始めた仕事なのだから、必ず3年は続けようと心に決めていました。しかし、営業職1年目は、ともかく挫折と苦しみの連続でした。
人によってはまず、身内や学校時代の友人など、知り合いにお願いして契約してもらう場合もあるのですが、私は周囲の反対を押し切ってこの業界に飛び込んだのですから、そのような方法は一切採らないと決めていました。ですから、「ユニット」という自分の担当地区の住宅街で、いきなり飛び込み営業を始めたのです。
新人がいきなり契約を次々に結んでいけるなんて、そんな甘い世界ではありません。見知らぬ人のお宅をアポなしで訪れ、断られ、追い返され、泣きそうになりながらも次のドアをノックし続けるのです。
ただ、営業職として、このように厳しいスタートが切れたことは、いま思えば本当によかったのです。なぜなら、営業という仕事を全うするうえで最も大切な「マインド」を、このときに培うことができたからです。
最初の半年くらいは、ドアをノックするときに「お留守だったらいいのに」と弱気にもなりました。「どんな人が顔を出すのだろう」「何と言って切り出せばいいか」と、恐れおののいていたものです。
飛び込み営業の場合、「保険はけっこうです」「お帰りください」と言われてしまうことがほとんどです。ときには乱暴な言葉をぶつけられることもあります。でも、がっかりしている暇はありません。最低でも1日30軒はノックしなければ、話のきっかけすらつかめずに、1日が終わってしまいます。
やがて私も「断られる」ことに慣れ、さらには楽しみにさえなっていくのですが、「初心者」の頃は手探りばかりの毎日でした。
断られるのは「挨拶」みたいなもの
新人時代、私は営業活動をするうえで、ひとつ決めたことがあります。
それは、訪問先で「絶対に辞めません」とお伝えすることです。
生保セールスが離職率の高い職場だということは、みなさんご存じだと思います。加入してしばらくすると、担当の営業が退職してしまった、というご経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
私も当初、「よろしくお願いします」と頭を下げると、「どうせすぐに辞めるんでしょ」と言われ、よく突き放されていました。すぐに会社を辞めてしまうような営業からはお客さまも加入したくはないでしょうし、新人は特にその傾向があるので、ごもっともです。
生保営業を始めるにあたり、私はできるだけ長く続けたいと思っていました。ですから、お客さまにお伝えすると同時に、自分に言い聞かせる意味でも「辞めません」と宣言して回ったのです。これは、私流の決意表明だったのかもしれません。
もちろん、それでも断られるほうが圧倒的に多いのが現実でした。
ただ、何百人と断られ続けているうちに、私は人とのコミュニケーションにひとつの真理を見出したのです。
それは、「人はまず断る生き物である」ということです。いきなり赤の他人がやってきて、商品を売りつけようとしているのですから、ちゃんと社会生活を送っている人間なら、自己防衛本能によって拒絶するのは正しい反応でしょう。
特に日本人は、見ず知らずの人に話しかけられることが苦手な傾向があるようです。エレベーターの中で赤の他人と2人きりになったとき、欧米の人たちは気軽に世間話を始めるのに、日本人同士ではなかなかそうはいきません。いきなり「今日はいい天気ですね」なんて話しかけると、警戒されたりもします。
私たち、飛び込み営業をしてきた者は、そういう状況をイヤというほど味わってきました。
30人の方とお会いすれば、そのうちまともにお話を聞いてくださるのは、せいぜい3人です。残りの27人は、けんもほろろにドアを閉めてしまう。毎日がこれですから、メンタル的には本当にまいってしまいます。
でも、そこで何かを感じることができるかどうか。それが営業として成功するか否かの分岐点になるのです。
断られることを楽しもう
同じ断るにしても、人にはさまざまな事情が背景にあります。それぞれの人生ですから、生命保険へ加入するタイミングや生保そのものに対する考え方も千差万別です。少しでもお話ができたなら、たとえ断られてもお客さまの情報や考え方を丹念にキャッチしていくことが大切です。
失敗を重ねるうちに、そのコツが私には見えてきました。
うまくいかないセールスレディたちは、日々同じように愚痴をこぼしているだけで、特になにか考えているようにも見えません。「そんなことで大丈夫かしら」と、傍で見ていて感じたものです。
なぜ断られるのか、その理由をお客さまごとにきちんと把握して、その情報を蓄積していくことで、後々の成果へとつながっていくことを、私は1年、2年と続けていくうちに実感していくことになります。「断られることからコミュニケーションは始まる」――そう考えるうちに、拒絶されたり、撥ね退けられたりすることが苦にならなくなったのです。
断られることに慣れてきた頃には、「次の人はいったいどんな断り方をするのだろう」と、拒否されることが楽しみのひとつにさえなっていきました。
人は十人十色の断り方をする。そこには家庭や仕事の事情、お金に対する考え方、人生観さえ見えてくることがあります。だから、営業はおもしろいのです。
他人は他人、自分は自分
私は生来、ずっと対人コンプレックスを抱いていました。上手に人とお話ができないということは、営業職にとっては致命的な欠点だと思います。でも、そのマイナスは、そのうち「プラス」へと転化していきました。
営業職を志望する人は、そのほとんどが「自分は積極的な性格だ」とか、「どんな人とでもコミュニケーションがとれる」といった自信を持っています。それは、とても大切な素養ですし、大きな武器でもあります。私にはまったく備わっていない特長なので、入社した頃はそういう先輩たちを見て、うらやましくて仕方ありませんでした。
このように営業の才能がある人は、買っていただきたい商品と同時に、自分もどんどん押し出していこうとします。まるでウサギのように、スタートから全速力でゴールを目指して突っ走っている感じです。
でも、私は「焦ってはいけない」と自分に言い聞かせました。私には私のやり方があるはずだと信じて、一歩一歩階段を上っていけばいい。そのために、お客さま一人ひとりのことを思い浮かべながら、カメのようにゆっくり歩いていこう。将来、振り返ったときに「よくここまで成長できたな」と実感できるようなセールスレディになろう、と心に決めたのです。
おかげでトップセールスにまで上りつめることができたのですから、このときの判断が正しかったことは言うまでもありません。
自分にとって「営業」とはなにか、そのマインド(規範)は、他人に影響されることなく、自らがつくりあげなければならないのだと思います。
全世界の生命保険営業職トップ6%のメンバーで構成されるMDRT(Million Dollar Round Table)終身会員、CFPファイナンシャルプランナー。
沖縄県那覇市出身。幼少期に父を亡くし、小さな雑貨店を営む母親に女手ひとつで育てられる。中学生で母の元を離れ、牛乳屋を営む叔父の家で毎朝牛乳配達をし、従妹たちの子守をする生活に。高校卒業後、地元の銀行に就職(事務職)するが、結婚・出産を機に退職。
再就職活動中の26歳のとき、第一生命のセミナーに参加。創業者・矢野恒太の志に共感して、コミュニケーション下手のため避けていた「営業職」として入社することを決意。営業経験なし、ゼロからのスタートで、入社直後はまったく結果が出なかったものの、独自のマインドと方法を確立しながら3年後には頭角を現し、5年目にはトップセールスに。以来、営業一筋38年。2001年にMDRTに初選出(沖縄では初)されて以来、これまでに通算17回選出されている(10回以上の選出で終身会員)。
「営業とは一生懸命、人の話を聞くこと」が信条。
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