(本記事は、西田 健の著書『コイツらのゼニ儲け2 無慈悲で、ヤクザで、めっちゃ怖い』秀和システムの中から一部を抜粋・編集しています)

株式会社ゼンリン【地図出版】

地図
(画像=chrupka/Shutterstock.com)

天下のグーグルに挑む日本のゼンリン巨像と蟻による地図ビジネス覇権争い

1980年代までコンピューター産業は日本企業の独壇場でした。それがわずか20年で崩壊したのはアメリカとのOS戦争での敗北でした。これとまったく同じ構図になっているのが自動車産業。グーグルの仕掛けた自動運転が「OS」となって日本の自動車産業も家電メーカー同様に潰されるのでは、と。グーグルとの間で始まった地図覇権戦争で果たして日本は生き残れるのか、と気になって書いた原稿です。なんだかんだいってゼンリンのような会社が普通に存在しているのが日本の強みですね。

ZENRIN
【沿革】
1948年、大分県別府市の「観光文化宣伝社」が前身。分かりやすい温泉街マップが好評となって1950年、住宅地図を手がける「善隣出版社」となった。その後、エリアを拡大、1980年、ついに全国制覇。1984年、カーナビ用のデータ化をいち早く開始したことで躍進した。現在の社名は1983年から。
【特徴】
一軒一軒の家の規模と表札情報を書き込んだ住宅情報を掲載、これが官公庁などに評価された。1000人規模の調査員を全国に配置、新しい道は必ずチェックする徹底ぶり。また1980年代から地図情報のデータ化を始めたことで90年代のIT化の流れに乗って同業他社を圧倒した。
【金儲け】
2018年度の売上高は613億円、営業利益は54億円と規模そのものは大きくない。しかし、ライバルだった昭文社が同年100億円弱、3億円の赤字になりリストラしていることを考えれば、いかに時流に乗って成長しているかがわかる。従業員は約3000人、出版社としては異例の多さだが、それでも黒字を続ける優良企業だ。

グーグルとゼンリン

グーグルマップ,地図提供,ゼンリン
(画像=BigTunaOnline/Shutterstock.com)

「道が消えた」2019年3月下旬、高尾山(東京)に行ったときのこと。休日とあってメインの登山道は激混み状態。高尾山には10本以上の登山ルートがあるので、ほかの道から登ろうと、スマホで「グーグルマップ」を見たんですね。すると道がないんですよ。目の前には道があるにもかかわらず、画面上ではきれいさっぱり消えており、いやあ、マジでビックリしました。

それで慌てて調べてみますと、3月21日、グーグルマップに地図情報を提供していたゼンリンがグーグルとの契約を打ち切ったようなのですね。その結果、グーグルは自社のマップ情報を載せたために、ほとんどの裏道が「消滅」しちゃったというわけです。

ゼンリンといえば表札の名前を入れた住宅地図を作ることで知られています。NHKの「プロジェクトX」でも「列島踏破30万人執念の住宅地図」(2004年)と紹介されたよう、本当に一軒一軒、調査員が調べ上げて地図を作ってきたのですね。それだけに価値ある地図でして、グーグルも日本で地図情報サービスを開始した2005年、真っ先にゼンリンに声をかけて契約してきました。

それが突如、グーグルとの契約破棄。グーグルとの契約料が安すぎるのもあったようですが、それだけでは説明はつきません。実際、契約解除した翌3月22日、ゼンリンの株はストップ安の大暴落。多少、損をしてでもグーグルと組むメリットは大きかったはずなんです。にもかかわらず、なぜ、グーグルと手を切ったのか。

その謎を解く鍵は、ゼンリンの株主にありました。

筆頭株主は、ゼンリンのオーナー一族の管理会社ですが、次点の大株主はトヨタ自動車なんですよ。8.11%を保有する重要なパートナーであることは間違いないところでしょう。

今回の手切れは、トヨタの意向である可能性が極めて高いのです。つまり、トヨタ・ゼンリン連合は、今後、地図の覇権を巡ってグーグルと全面戦争を決意した、と考えられるわけです。

今回は、この「地図覇権」のゼニ儲けについて見ていくとしましょう。

「トヨタの地図」

自動運転車
(画像=Getty Images)

周知の通り、グーグルとトヨタは「自動運転」の分野で激しくしのぎを削っています。自動運転に欠かせないのが正確な「地図情報」です。そのために地図の覇権戦争が勃発したというのは容易に想像がつきます。とはいえ、対立するより手を組めば両者ウィンウィンになりそうなもの。なぜ、両者が対立しているのかといえば、どうやら地図の作り方が根本的に違っているからなんですね。

さて、トヨタが最新の地図システムを公開したのは「3・11」がきっかけでした。あれだけの大災害です。東日本は多くの道路が寸断され、被災地への支援物資輸送が困難になっていました。そこでトヨタは開発中だった地図システムを公開するわけですが、これが、本当に凄かったんですよ。

実はトヨタ、自社の車が搭載しているGPSを通じて、その車がどこを走っているのか把握するシステムを構築していたんですね。震災直後は、東日本方面は分断されて地図上では、一本のラインも通っていない状況となります。それがですね、復旧作業で道路が開通すると、マップ上で車が通ったというラインが表示されていくので、目的の被災地までどのルートを使えば良いのか、一目瞭然でわかるようになったんです。しかも車が1台通ったときのラインは小さく、復旧の進み具合によってラインが重なって大きくなっていくので、道路の復旧状況まで分かるという優れ物でした。

実際、被災地に支援物資が効率よく運ばれたのも、このマップ情報があってこそ。素晴らしい支援だと思います。それがなければ「ユーザーに黙ってGPSからこっそりデータを取って、こんな地図システムを勝手に構築していたのか」と批判されていたかもしれません(苦笑)。

ともあれ、各自動車がどこを走っているかリアルタイムで送信するシステムを作ったトヨタは、そのデータを載せる地図情報を持つゼンリンと手を組みます。

一方のゼンリンもトヨタの情報システムは願ったり叶ったりでした。先にも述べたよう、ゼンリンの地図情報は、調査員が「足」を使って調べ上げます。当然、困るのは新しい団地の建設や住宅の建て替え、新しい道路の建設です。グーグルアースのような衛星写真や航空写真では、どこが工事になって、どう変わったのか、即座には把握できません。そのためゼンリンでは役所にいって、いちいち工事情報を確認していたんですよ。

それがトヨタと組んでリアルタイムの道路情報が入ってきますと、道路の拡張工事やら新ルートの建設、新たな宅地造成があった場合、トヨタシステムを見れば、交通規制の状況から、どこで工事が行われているのか簡単に把握できます。これまでなかった道に車が走っていれば「あ、ここに道できたんだ」と分かりますからね。あとは、そのポイントに人を派遣すればいいわけで、作業は効率化していきます。トヨタ側にせよ、最新の地図情報を即座に更新できるので、トヨタ・ゼンリン連合は非常に相性がいいことがわかります。

地図覇権戦争

株式新聞,高度道路交通システム
(画像=PIXTA)

はい、ここで重要なのは、本来ならゼンリンはトヨタよりグーグルのほうが相性は良かったという視点なんです。

考えてみてください。今のスマホはデフォルト(初期設定)でGPSアプリが入って利用者の位置情報を随時、グーグルに送信しています。当たり前ですが、人は自動車の通れない細い道も歩けます。より詳しい道を把握するにはグーグルと組むほうがメリットは高いんですよ。

だからゼンリンも格安の使用料でもグーグルと組んでいたのです。

では、なぜ手切れになったのか。それはグーグルが、今後、全世界の基本地図情報を自社で打ち上げる撮影衛星で行うことを発表したからですね。そのために民間ロケット打ち上げ企業や衛星製造企業などをガンガン買収しているのですから、そりゃあ、ゼンリンも気が気じゃな かったでしょう。衛星写真を元に地図を製作、あとはスマホを持っている人が歩いたり、車で移動したりしていくうちに、自動的にマップが更新されていくシステムを構築すれば、地図会社に金など払いませんからね。

実際、3月21日、いっせいに道が消えましたが、その後のスマホの移動によって、今ではかなり正確な地図に戻っています。こうしたシステムを完成させていることが分かります。

しかし、ゼンリンにすれば「自動運転」で組むなら、餅は餅屋、トヨタと組むほうが勝算があると考えたんでしょうね。実際、車に乗っている人ならご存じでしょうが、グーグルのカーナビって、本当に「おバカ」なんですよ。なぜか裏道や細い道ばかりをセレクトしてくる。これはベースとなるデータがスマホ由来のために、その近辺に住んでいる人が使っている私道なんかでも「よく利用されている」と判断してしまうからですね。これがトヨタマップスター(トヨタの地図情報企業)ならば、当然、車の利用状況からルートを選ぶので走りやすい道を優先します。そういうアルゴリズムを作るために、2016年、米GMの地図企業「アシャー」を軸にして、トヨタ・ホンダ・日産・ゼンリンが3D地図情報企業「DMP」を設立しているほどです。その意味で自動運転の完成度は、こっちが「本命」となるはずで、ゼンリンの選んだルートは正しいようにも思えます。

ですが、地図覇権戦争は、自動運転だけではありません。それが、今後、どう影響するかが問題なんですよ。

「地図」とは何か

地図
(画像=Getty Images)

いま、トヨタとゼンリンを中心としたグループと、グーグルを中軸としたグループは、リアルタイムの利用状況を示す「マップ」を、それぞれの方法で構築しています。いや、リアルタイムだけではありません。この10年分の利用状況をデータ化できるんですよ。

これって本当にすごい話なんです。どの道に、どれだけの人や車が移動したのか、どの時間帯にどの程度、利用されているのか、すべてグラフ化できるんですから。しかも、それを日本全国、グーグルに至っては世界レベルで把握していることになります。

新しい道ができれば人の流れが変わります。逆に言えば、現在、どこに道を通せば効率的なのか、トヨタ=ゼンリンとグーグルは知っていることになります。つまり、これらの「利用状況マップ」は都市計画として応用できるのです。そうなれば値上がり確実な土地も事前に分かりますし、どのポイントにどんな店を出せば人気が出やすいか、その損益分岐点なんかも計算できるようになります。

その意味で利用状況をデータ化したマップ情報というのは、文字通り、「宝の地図」ということがわかります。なにより、これらの情報は「足」で稼いだものです。非常に価値あるものなのは間違いありません。

だからこそ、トヨタ=ゼンリン連合とグーグルの地図覇権戦争は、非常に重要なんです。どちらが勝者になるかで、それこそ相手を丸呑みできる可能性すら出てきます。

では、どちらが優位なのか。おそらく自動運転と地方都市では、トヨタ=ゼンリン連合が優勢になるでしょう。しかし電車などの交通機関の情報もスマホから取れるグーグルは、都市部の情報量で圧倒する可能性は高いのです。大都市における「都市計画」では間違いなくグーグルの圧勝となるでしょう。

そうなれば冗談抜きで国や自治体の公共事業ですとか、都市計画を「グーグル様にお伺いを立ててプランを作ってもらう」という時代が到来します。

果たして日本最大手の地図会社が選んだ「ルート」は正しく勝利へと導くのでしょうか。それとも「行き止まり」なのか、「宝の地図」を巡る争いは、今後、ますます激しくなっていくことでしょう。(2019年9月号)

コイツらのゼニ儲け2 無慈悲で、ヤクザで、めっちゃ怖い
西田 健(にしだ・けん)
1968年広島県生まれ。下関市立大学卒業後、男性週刊誌の記者や『噂の真相』などを経てフリーライターに。書籍、雑誌を中心に活動する。
現在、『紙の爆弾』(鹿砦社)で「コイツらのゼニ儲け」を連載中。

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