経済概況:輸出・投資の低迷で3期連続の景気減速
2019年10-12月期の実質GDP成長率は前年同期比4.7%増となり、上方修正された7-9月期の同5.1%増から低下した(図表1)。3期連続の景気減速となり、16年度の+8.3%成長と比較すると大幅にペースダウンしている。インド経済は18年まで概ね7%超の高成長が続いていたが、19年に入ると金融機関の貸し渋りを背景に消費が変調、民間企業が投資を縮小し始めた。8-9月には政府が景気刺激策を打ち出したものの、景気の減速を食い止めるには至らなかった。
10-12月期の実質GDPを需要項目別に見ると、主に投資と輸出の悪化が成長率低下に繋がった。まずGDPの約6割を占める民間消費は同5.9%増(前期:同5.6%増)と小幅に上昇したものの、18年の水準(+7.8%)を下回り、停滞したままとなっている。国営銀行の不良債権問題とノンバンクの信用不安を背景に金融機関の貸し渋りが続くなか、自賠責保険の加入期間の延長(18年9月)と保険料の値上げ(19年6月)が加わり、自動車やバイクなどの耐久消費財を中心に消費が落ち込んでいる(図表2)。また製造業や建設業を中心とする雇用環境の悪化や豪雨などの天候不良を背景とする食品インフレと農業所得の悪化も消費の伸び悩みに繋がったものとみられる。CMIEによると、10-12月の失業率は7.8%と都市部を中心に高止まりしている。
投資は同5.2%減(前期:同4.1%減)と2期連続で再び減少した。連邦政府の資本支出が前年比38.2%増と前期に続いて大幅に増加するなど(図表3)、公共部門が投資の落ち込みを下支える一方、民間投資は内外需要の悪化や金融機関の貸し渋りを背景に低迷したとみられる。鉱工業生産を見ると、10-12月期の資本財生産は前年比16.5%減と大きく落ち込んでおり、設備投資需要の低迷が窺える(図表4)。
同様に、政府消費は同11.8%増(前期:同13.2%増)と2期連続の二桁増となった。前期に続いて政府支出が景気の落ち込みを下支える構図となった。
純輸出については、輸出・輸入ともに昨年の二桁成長から落ち込んだままとなっている。まず輸出は同5.5%減(前期:同2.1%減)となり、米中貿易戦争を背景とする世界経済の減速を受けて低迷した。また輸入は同11.2%減(前期:同9.3%減)となり、輸出悪化と国内需要の鈍化を受けて輸出を上回る減少幅となった。結果として、純輸出の成長率寄与度は+1.5%ポイント(前期:+1.9%ポイント)と縮小した。
経済見通し:景気底打ち後、緩慢な回復ペースが続く見通し
先行きのインド経済は、20年1-3月期に成長率が底打ちするものの、その後の景気回復は緩やかなものとなると予想する。
足元の経済指標をみる限り、1-3月期に成長率が底打ちする確度は高まってきている。製造業PMIと非製造業PMIは昨年末に急上昇して景気拡大・縮小の節目である50を大きく上回っているほか、主要8業種の生産指数も直近2カ月で底打ちの動きがみられる(図表5)。また昨年の南西モンスーン(降雨量は例年の+10%)後も良好な雨量が得られたことから、貯水池の水位レベルは過去10年平均を約50%も上回り、土壌水分は良好な状態にある。このため、ここ数年で伸び悩んでいた農業生産は上向く可能性が高い。民間気象予報会社のスカイメットは、3月から始まる乾季作の穀物生産量が前年比+4.5%と推定している。農業生産の回復は、農村所得の改善と足元の食品インフレの沈静化に繋がり、当面の消費の下支えとなりそうだ。
しかし、20年度の景気回復ペースは緩慢なものとなるだろう。その理由としては、まず投資の回復には時間を要することがあげられる。製造業の設備稼働率は昨年7-9月時点で69.1%まで低下している。これは2008年度に同統計が開示されて以来、最も低い水準である。また1月の工作機械輸入は前年比16.0%減と、8ヵ月連続のマイナス成長を続けている。企業が生産能力増強のための設備投資に踏み切るには、足元の生産の回復傾向が持続的なものとなる必要がある。もっとも昨年の段階的な金融緩和によって政策金利が低水準にあることは、今後の投資の拡大をサポートしよう。
新型肺炎の世界的な感染拡大もインド経済の重しとなるだろう。インド国内の症例は5件、うち3件は回復済みであるなど、現在のところ市中感染が広がる可能性は低い。しかし、中国の工場の生産停止に伴うサプライチェーンの乱れによって自動車部品や太陽光パネル、電子機器、化学製品などの部材の輸入が滞り、短期的に国内の生産活動に悪影響が及ぶとみられる。また新型肺炎の感染拡大による世界経済に与える影響は日に日に拡大しているほか、インドが米政権による一般特恵関税制度(GSP)対象国除外(1)される予定であることを踏まえると、輸出の低迷は当面続きそうだ。
自動車販売は、前月比で見ると昨年8月を底に増加傾向にあり、来年度は前年比プラスに転じると予想する。4月には排ガス基準「バーラト・ステージ(BS)6」の導入を控えているため、3月には現行車両に対する駆け込み需要から大幅に自動車販売が伸びるが、その後は車両価格の値上げを受けてインド自動車市場は小幅の増加に止まると予想される。
金融機関の貸し渋りは来年度も続くだろう。現在高止まりしている国営銀行の不良債権残高は足元の企業業績の悪化を通じて短期的には増加する恐れがある。しかし、金融緩和による利子負担の軽減と今後の緩やかな景気回復によって企業の債務返済能力が改善に向かうとみられ、不良債権問題の一段の深刻化は回避されるだろう。
景気回復の遅れに対し、政府は引き続き支出拡大を通じて下支えを図る公算だ。今年2月に公表された20年度の連邦政府予算を見ると、歳出の伸びは2年連続で二桁増の前年度比13%増となる見込みである。内訳を見ると、農業向けが同28%増、インフラ向けが同7%増と配分されており、20年度の景気の下支え役となるだろう。また昨年、他のアジア諸国並みに税率を引き下げた法人減税(19年9月)は中期的な投資促進に寄与するだろう。
以上の結果、19年度は内外需の低迷を受けて実質GDP成長率が+5.1%と、18年度の+6.1%から大きく減速するだろうが、20年度は農村部の需要回復や輸出の底入れ、政府と中銀の景気下支え策の効果発現などにより+5.7%成長まで回復すると予想する(図表6)。
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(1)5月31日、米トランプ大統領がインドを一般特恵関税制度(GSP)の対象から除外することを発表した。GSPは途上国の経済発展を促すことを目的に米国への輸入にかかる関税を一部免除する制度である。GSP除外により、インドから輸出される自動車部品や化学薬品、食器類に最大7%の関税が課されることになる。
(為替の動向)ルピー弱含みが続く
インドルピー(対米ドルレート)は昨年前半、原油価格の急落や米FRBのハト派化により、ルピーを含む新興国通貨を買い戻す動きが広がったほか、総選挙でインド人民党が圧勝したことが好感されてインドへの資金流入が続くなかでルピーは安定して推移、RBIはドル買い介入で外貨準備を積み増していった(図表7)。8月には米中貿易戦争の激化を背景に新興国通貨の下落圧力が強まり、ルピー安が急速に進んだが、同月下旬から政府が矢継ぎ早に景気刺激策を公表、特に法人減税発表はルピー相場の安定に寄与した。その後も景気刺激策による回復期待から海外資金が流入する一方、景気減速の長期化と財政悪化懸念などが通貨安圧力となるなど方向感に欠ける展開が続いて概ね横ばいで推移した。
先行きもルピーの軟調な推移が続くだろう。新型肺炎や米中貿易摩擦の長期化を背景とした世界経済の減速によって新興国からの資金流出圧力が高まる展開が予想されるほか、昨年実施した法人減税と今後の景気回復の遅れで財政赤字が拡大して財政赤字目標の達成が困難になる恐れがある。このほか、RBIの追加緩和策や為替介入などが加わり、ルピー相場は軟調な推移が続くと予想する。もっとも足元では新型肺炎の世界的な感染拡大を受けて米国で金融緩和が実施されたほか、19年の米国経済が減速すると予想されるため、米ドルの弱含みによりルピーの下落が限定的に止まる可能性もあるだろう。また原油価格は世界経済の減速や米国でのシェールガスの生産拡大などが押し下げ要因となり、引き続き伸び悩む見通しであるほか、足元で貿易赤字が縮小していることはルピー相場の安定に寄与するだろう(図表8)。
(物価の動向)春頃から農業生産が回復して食品インフレは静化
インフレ率(CPI上昇率)は、昨年初に食品価格の下落を受けて前年比+2%を付けた後、夏場までは食品価格のデフレ圧力が弱まって上昇したが、原油価格の停滞やルピー高、国内経済の更なる減速などから概ね+3%前後の安定的な推移が続いた(図表9)。しかし、9月以降は急速な物価上昇が続き、12月のCPI上昇率は同+7.4%を付け、中央銀行の中期インフレ目標(+2.0-6.0%)の中央値を上回るまでに達した。この物価上昇は昨年の南西モンスーン初期の雨量不足(6月は平年を30%以上下回る降水量)による作物の生育の遅れや、その後の豪雨による洪水を受けて作物被害により、野菜(同60.5%増)や豆類(同16.7%増)などの食品価格が急上昇した影響が大きい。インド政府はインド料理によく使われるタマネギ価格の高騰を受けて輸入量を増やすなどインフレ対策を迫られる事態となった。なお、変動の大きい食料品と燃料を除いたCPI上昇率は景気減速を受けて低下傾向が続いた後、10月の同+3.5%を底に上昇に転じたが、1月が同+4.2%と安定した推移となっている。
先行きのインフレ率は当面、食品価格の高止まりが続くものの、豊作が見込まれる乾季作物の収穫が3月に始まると食品インフレが和らぎ、中央銀行のインフレ目標圏内まで後退、20年秋以降は足元の食品インフレの反動減により物価目標の中央値を下回るまで低下するだろう。しかし、21年初には緩やかな景気回復による需給改善が上昇要因となってインフレ率が底入れ、その後は上昇傾向で推移しよう。CPI上昇率は19年度の+3.7%から20年度が+5.0%に上昇、21年度が+4.3%と予想する。
(金融政策の動向)インフレ沈静化を機に追加利下げ実施へ
インド準備銀行(中央銀行)は昨年、景気減速が続くなか、2月から5会合連続で利上げを実施した(図表10)。政策金利(レポレート)は従来の6.50%から5.15%まで引きげられ、2010年以来の低水準に達した。しかし、その後は中銀の物価目標を上回る物価上昇への警戒感から、12月以降は政策金利が据え置かれている。
先行きについては、当面は緩和的な政策スタンスを継続するだろう。RBIの金融政策スタンスは昨年6月に採用した「緩和的」を維持しており、追加的な利下げに含みを残している。これまでの積極的な利下げにもかかわらず、景気減速に歯止めがかかっていないこと、厳しい外部環境から輸出停滞が当面続くと見込まれることから、RBIは年前半に農業生産の回復でインフレ率が目標圏内(4±2%)まで低下したタイミングで0.15%の追加利下げを実施すると予想する。その後は、景気回復の遅れから、政策金利を低水準に据え置くだろう。
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斉藤誠(さいとう まこと)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 准主任研究員
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