(本記事は、博報堂 ヒット習慣メーカーズ、中川 悠の著書『カイタイ新書 -何度も「買いたい」仕組みのつくり方-』秀和システムの中から一部を抜粋・編集しています)
ヒミツは脳の仕組み①
人間は動物脳に支配されている
なぜ、人の頭の中には、意識と潜在意識の2つが存在しているのでしょうか。そのヒミツは、脳の仕組みにあるようです。人類が進化するのにともない、脳の領域も段階的に進化してきました。その結果、人間の脳は、原始的な部分を、進化によって生まれた新しい部分が包みこむような構造になりました。内側の原始的な部分を「動物脳」、外側の新しい部分を「人間脳」と呼ぶことでわかりやすく区分しています。
脳の内側にある動物脳は、扁桃体や海馬などからなる大脳辺縁系を指します。本能的で反応スピードが速く、感情や直感で判断するのが特徴です。
一方、脳の外側にある人間脳は、前頭葉や側頭葉などからなる大脳新皮質を指します。理性的で反応スピードは遅く、意識しないと働きません。この領域が人間に知性を与え、考えたり、想像したり、言語をあやつったり、計画を立てたりします。
冒頭の話に戻ると、脳の内側の動物脳が潜在意識をつかさどり、外側の人間脳が意識をつかさどっているのです。
ここで大事なポイントがあります。早起きしようと思っても寝坊したり、ダイエットしようと思ってもケーキを食べてしまったり、人間の行動においては、動物脳のほうが人間脳に勝りがちです。その理由は、そもそも動物脳のほうが古くから働いており人間脳より強く人間の行動に関わっているからです。さらに、脳の意識的な思考はキャパシティがかなり限られているので、隙あらば人間脳はサボってしまいます。つまり、動物脳がついやり続けてしまうことが「習慣化」の鍵となっているのです。
習慣化を促す重要な要素である「触媒」が、この潜在意識をつかさどる動物脳を刺激する役割を担っています。
ヒミツは脳の仕組み②
意識を繰り返すと無意識になる
1990年代に、マサチューセッツ工科大学の「脳と認知科学研究棟」で習慣に関する研究が行われました。彼らは、動物脳が習慣に関わっているという仮説を検証するため、ラットで実験を行いました。手術でラットの頭の中に脳の活動を測る装置を組み込んで、T字型の迷路にラットを置きます。このT字型の迷路を左に曲がったところに報酬としてチョコレートを置きます。最初は右に曲がったり、左に曲がったり、立ち止まったりとラットは迷います。チョコレートの匂いをかぎながら、ラットはせわしなく動きます。そのとき脳が反応していることがわかりました。そして、実験を何百回も繰り返すと、次第にラットは迷うことが減り、ゴールにたどり着く時間も短くなっていきました。そして、脳にも変化があらわれます。最初は活発に動いていた脳の活動が徐々に低下し、無意識の行動になっていきまた。ラットは、どんどん「考えなくなっていった」のです。スタートからゴールにたどり着く行動が習慣化したということです。
つまり、習慣化とはまずはあれこれ考えて意識的に行動を起こさせるけれど、それを繰り返すうちに徐々に無意識の行動にシフトさせていくことだと考えられます。例えば、帰ったら手洗いやうがいをするという習慣も、最初は意識してやりますが、毎日繰り返していくうちにだんだん意識せずに自然とやるようになります。これこそ意識的な行動から無意識的な行動へのシフトです。
先ほど第4章で説明した「習慣化ループ」で考えるとわかりやすいと思います。最初は「報酬」を得るべく、「きっかけ」から「ルーチン」を人間脳が意識的に行っています。まだこの段階は、嫌になってやめてしまったり、うっかり忘れてしまったりするので、続ける辛抱が必要です。でも、繰り返すうちに、動物脳を刺激する「触媒」(ラットの場合はチョコレートの甘い匂い)の中毒性が高まってきて、次第にそれを無意識的に欲してくる。そうすることで行動が自動化して、習慣として定着していくのです。
触媒とは「ついついスイッチ」
ついついやってしまう触媒の魔力
脳の仕組みと習慣の関係がわかったと思いますが、ここであらためて、歯磨き粉のミントに代表される「触媒」の特徴を整理します。
特徴(1) 触媒とは、ついついスイッチ
触媒は、習慣化にはなくてはならない要素で、無意識のうちについついやってしまう中毒性を演出するものです。いうならば「ついついスイッチ」。触媒を感じることで、このスイッチが押されて、無意識のうちにまたやりたいという気持ちが湧き上がるのです。
特徴(2) 触媒とは、動物脳を刺激するもの
触媒は、直感的、感情的な判断をする動物脳を刺激するものです。だから、人間に限らず、チンパンジーも触媒によって習慣化することができるかもしれません。
特徴(3) 触媒とは、行動の最中に感じるもの
触媒は、行動の事前や事後ではなく、最中に感じるものです。習慣化されているものを分析すると、商品そのものだったり、商品の提供方法だったり、使い方だったり、さまざまな演出が組み込まれています。だから、行動するたびに感じて、徐々にそれがクセになり、習慣化につながるのです。
特徴(4) 触媒は、報酬の演出
触媒は、習慣化ループでいう報酬が感じやすくなる演出です。歯磨き粉の報酬は「歯が美しくなる」「歯が健康になる」ということ。でもそうなるには、時間がかかるし、1回歯を磨いただけでいきなり見違えるほど美しくなるわけではありません。だから、その効果を助長し、毎日の歯磨き体験でも報酬が感じやすくなるための触媒として「ミント」が含まれていています。
特徴(5) 触媒は、1つではなく、複数組み込むと強くなる
ロングセラーの商品を分析すると、触媒が1つではなく、複数組み込まれているケースが見られます。歯磨き粉も、ミントだけではなく、泡立ちだったり、真っ白な色だったり、適度な粘りだったり、複数の触媒を組み込んで、五感にフルに働きかけることで、使い続けたいと感じるようになるのです。また、顧客がやみつきになる触媒を特定するのはなかなか難しいので、複数組み込んでおくと、習慣化する確率を高めることができます。
大まかに、触媒の重要性について理解できたと思いますが、まだぼんやりしているのではないでしょうか。次節以降では、もう少し具体的に、触媒とはどういうものか、どのように生み出すのかについて、詳しく解説していきます。
触媒をどう組み込むか?①
触媒を具現化するための演出方法の例
ここまでで、触媒のメカニズムはある程度理解できたはずです。では、具体的にどのように商品やサービスに触媒を組み込むのでしょうか?
触媒は、体験の最中に報酬をより強く感じてもらう演出なので、いかに体験をリッチにしていくかという視点で考えるといいでしょう。
(1)原材料に触媒を組み込む
歯磨き粉のミントや柔軟剤の香料など、直接は報酬につながりませんが、体験時に五感を刺激し、効果の実感を高めてくれる素材を加えます。効果効能だけを追い求めて合理的につくると見落としてしまう不要なものですが、この一見無駄な素材を加えるという最後のひと手間を、商品設計の追い込み段階で忘れずに意識しましょう。
(2)デジタル演出で触媒を組み込む
これはデジタルサービスの話ですが、電子決済の決済音やデジタルカメラのシャッター音など、機能としては不要なものですが、それがあることで、体験の手ごたえや安心感が得られる演出です。もともとアナログでやっていたことをデジタルに置き換える際に、アナログでの体験における快感要素をあらためて洗い出し、それを付加するようなイメージです。
(3)パッケージに触媒を組み込む
商品リニューアルや新商品投入のときに、パッケージの形状を大胆に変えるのは、少し注意が必要です。人は慣れ親しんだ習慣を変えることに抵抗感があるので、大胆にパッケージが変わると面倒に思うもの。缶ビールやビンビールも微修正はあれども、長らく形状が変わっていません。だから、パッケージを変えるときは、素材を透明にしたり、形状を少し長くしたり、穴を少し大きくしたりと、まずは小さな変化で大きな成果を狙いましょう。
(4)提供方法に触媒を組み込む
ハイボールはジョッキで提供することによって、生ビールを飲むときのようにゴクゴク飲んで爽快な気分を味わえます。これは、もともとやっていた習慣の行動プロセスをそのまま新しいサービスに転用させてしまう方法です。このように、提供する器1つで、体験価値が大きく変わるのです。
(5)ネーミングに触媒を組み込む
これは、設備投資や原材料費に全く影響を与えない最も賢い触媒の組み込み方です。「濃厚チーズケーキ」や「ゴロゴロ野菜のチキンカレー」など、商品名にシズルワードを入れるだけでおいしそうに感じてもらうことができます。
戦略から制作まで、リアルイベントからシステム開発まで、多様な専門性をもつ精鋭メンバーが揃った組織横断型のチーム。
大学卒業後、電機メーカーにエンジニアとして入社。携帯電話の設計に携わる。その後広告会社を経て、2008年に博報堂入社。
ストラテジックプラニング職として、商品開発、ブランド戦略、コミュニケーション立案に携わる。
2015年に統合プラニング局のチームリーダーに就任。クリエイティブ・ストラテジストとして、戦略から戦術まで一貫したディレクションを行う。
2017年にヒット習慣メーカーズを立ち上げ、顧客の習慣化による事業成長の仕組みづくりを実践している。
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