前回の当コラム『元バークレイズ・ウェルスISSヘッドが指南 プライベートバンカーの会話術』は数多くの反響をいただいた。特にセールス・サイド(金融機関)の方々からは「ハウスビュー」に関する問い合わせが目立った。ある意味予想通りの反応ではあるが、日本では「ハウスビュー」の重要性が未だ定着していないということなのだろう。

「ある意味予想通り」と筆者が感じたのは、そもそも「ハウスビュー」を作り込むには、それなりのインフラが必要だからだ。世界規模で展開するプライベートバンクの「ハウスビュー」は、単なるリサーチのみならず、より総合的な投資提案(インベストメント・ソリューション)までが含まれる。

たとえば、「プライベートバンクは、単なる金融サービスのみならず、美術品の紹介やご家族の渡航や留学に関わる手配など、諸々の付帯サービスも行う」といった話を聞くことがある。実際にその形だけを真似て「プライベートバンクでございます」と語るところも存在するが、それら付帯サービスを動機付けとして取引を開始・継続してくれる超富裕層はほとんどいないだろう。バークレイズ・ウェルスISSヘッド時代の筆者の経験から言わせていただくと、超富裕層がプライベートバンクの選別で重視するのは「ハウスビュー」だからだ。

知的財産としての「ハウスビュー」の重要性

富裕層,資産運用
(画像=metamorworks / pixta, ZUU online)

まず、優れた「ハウスビュー」を作り込むには、それ相応のコストがかかる。ここでいうコストは「お金」という意味だけでなく、徹底的にブラッシュアップして価値を高めるための「時間(手間暇)」も含まれる。お金さえかければ簡単に作れるほど単純なものではない。

たとえば、お金さえかければマホガニーの調度品で設えられた重厚なロビーや応接室などは簡単に作ることができる。ご家族のお誕生日や結婚記念日に欠かさずお花を届けるなどというサービスも造作もない。超一流のレストランで、ビンテージ・ワインの栓を抜くことなどたかがしれている。

しかし、その一方で単にお金を積んだだけでは手に入れることができないものがある。プライベートバンクが提供する「ハウスビュー」もその1つだ。超富裕層は「ハウスビュー」の価値をよく知っている。

一方、欧米のプライベートバンクは多年の経験のなかで、知的財産としての「ハウスビュー」の重要性を理解している。「ハウスビュー」の価値を高めることが、お客様である超富裕層との信頼関係を強固なものにすることを知っているのだ。

プライベートバンクの手数料は決して安くはない。誤解を招かないように言い換えると、ネット証券のように無料に近い手数料率ではないということだ。超富裕層の場合、個々の取引ロットが大きいので法外に高い料率でなくても、絶対額はネット証券のそれとは明らかにケタが違ってくる。そうして得られた手数料収入の一部が、プライベートバンクの最大の付加価値である「ハウスビュー」の構築に充てられることとなる。

「ハウスビュー」はどうやって作り込まれるのか?

ならばその「ハウスビュー」はどうやって作り込まれるのだろうか? バークレイズ・ウェルスISSヘッド時代の筆者の経験をベースに紹介したい。

まず、リサーチ部門の組織体制は大きく分けて、マクロ・リサーチとミクロ・リサーチがある。

マクロ・リサーチはいわゆる世界経済や各国の景気見通しなど、マクロ経済学が得意とする分野を分析する。たとえば、FRB(米連邦準備制度理事会)や日本銀行など各国の中央銀行が実施する金融政策や、雇用統計、物価統計などを分析・予測するセクションだ。マクロ・リサーチでは「エコノミスト」と呼ばれる専門家がその任にあたる。「失業率が低下し、完全雇用に近づき、賃金上昇が物価を押し上げるためにインフレとなり、その過熱感を抑えるために中央銀行が金融引き締めを行うだろう」などと予測を立てるのが彼らの仕事だ。バークレイズのようなグローバルな金融機関の場合、世界各地に担当エコノミストがいて、そのとりまとめをチーフ・エコノミストが行う。

一方、ミクロ・リサーチは個別企業の収益動向を決算状況や日々の取材から分析し、個別企業や業界の動向をとりまとめる。このセクションで活躍する専門家の代表的な肩書が「アナリスト」だ。ミクロ・リサーチでは掘り下げる分野(個別企業や業界など)の高い専門知識が求められるため、たとえば自動車業界のアナリストが薬品業界を兼務することはない。

プライベートバンクの「ハウスビュー」が超富裕層に評価されるのは、上記のマクロ・リサーチとミクロ・リサーチが密接に相互補完し合っているのが1つの理由であると筆者は考えている。すなわち、マクロ・リサーチが物価上昇から中央銀行の利上げなどを予測すれば、それは当然にして為替動向や企業の資金調達に影響を与え、個別企業の収益に跳ね返る。誤解を恐れずに話を単純化すると、たとえば円高になれば日本の輸出企業はその影響で収益が圧迫されると見込まれるため、そう簡単に強気な見通しを立てることはできなくなる。半面、円高は輸入産業にとっては輸入価格の下落が収益の伸長要因となるので強気な見通しを描くことが可能だ。

一方で正反対のプロセスからシナリオを描くこともできる。たとえば、工場などの稼働率が上がれば、当然にして求人環境も強含み、失業率も低下することから物価上昇を見込むことができる。その場合、金利上昇のシナリオが浮上する。「株価は景気の先行きを映す鏡」などと言われるのは、個別企業の状況から判断されるミクロ・リサーチのデータが先行指標となり、それがやがて雇用統計や物価統計などのマクロ・リサーチのデータに反映されるためだ。

超富裕層が絶大な信頼を寄せる「ハウスビュー」

マクロ・リサーチとミクロ・リサーチが極めて密接に相互補完し合って導き出された結果として、株価や債券、為替、コモディティ、不動産などの予測が立てられる。その予測にしたがって、世界中の投資マネーが駆け巡る。そうした投資マネーの動きがマクロ景気や個別企業の収益状況に影響を与える。つまり、すべてが連携し、影響し合い、ある意味連動して動く。プライベートバンクでは、マクロ・リサーチとミクロ・リサーチの整合性が保たれた「ハウスビュー」が作り込まれる。