さまざまなリスクを想定してしまい、事業拡大に踏み切れない経営者も多いでしょう。しかし、決断を後回しにすると、損失を招く場合もあります。正しい決断をするには「事業拡大」について深く理解することが重要です。
今回は概要をはじめ、目的やタイミング、メリット・デメリットなどを解説します。また、成功事例や失敗事例を参考に理解を深め、自社に活かせる部分は取り入れていきましょう。
目次
事業拡大とは?
事業とは一定の目的でなされる同種の行為の反復継続的遂行です。営利の要素は必要ではなく、非営利目的の反復継続的遂行も含まれます。
以上の点を踏まえると、事業拡大は収益獲得や社会貢献などを目的とした継続活動を発展させることです。
事業拡大の種類
事業拡大は、既存事業の拡大と新規事業の創出に分けられます。
既存事業を拡大するときは、ターゲットを増やしたり商品・サービスの提供範囲を広げたりします。国内での需要が見込めない場合は、海外に進出するケースも珍しくありません。
新規事業を創出するときは、新商品・新サービスを開発します。場合によっては、M&Aで他社を買収して新しい商品・サービスを獲得することもできます。
事業拡大の目的とその理由
事業拡大の主要目的は、新たな収益源を確保することです。
例えば、新たな収益源を確保するために、化粧品の大手「花王」が美容膜生成機(スキンケア専用の家電)を開発したり、時計や電卓で有名な「カシオ計算機」がネイルプリンターを開発したりしています。
新たな収益源を確保することを疑問に思うかもしれませんが、一つの事業が成功していても、国内・世界の情勢が急激に変化すると突然収益が低下してしまう恐れがあるからです。
例えば新型コロナウイルス感染拡大によって、航空業界は大きな打撃を受けました。
ANAは、高い接客スキルを持つCAをコールセンターや高級食品スーパー、家電量販店に出向せざるを得ない事態まで追い込まれ、2021年度のグループ全体の決算では最終損益が1,430億円の赤字でした。航空便が激減した場合に備えて事業を拡大しておけば、赤字を回避できたかもしれません。
このような事例から、ビジネスを安定的に維持するためにも事業拡大は不可欠でしょう。
【参考】
ANA 2年連続最終赤字 感染拡大や燃料費の高騰が主な要因(NHK)
事業拡大を検討するタイミング
拡大を検討するタイミングには、以下のようなものがあります。
・需要拡大の見通しが立っている場合
・既存事業の競争が激化した場合
・大量生産によってコストを下げたい場合
・他の事業との相乗効果が見込める場合
・顧客や取引先からの要請があった場合
・従業員が活躍できる機会を創出したい場合
・土地や設備などの遊休資産を活用したい場合
特に重要なのは、需要拡大の見通しが立っているときです。例えば、商品を購入したい人がたくさんいるのに、生産・販売の体制が追いつかなければ利益獲得のチャンスを逃してしまいます。需要拡大に備えて工場の生産設備や販売スタッフを増やしておけば、利益を増やせるでしょう。
反対に、商品のブームが終わりそうな状況で生産設備や販売スタッフを増やしてしまうと、商品が売れなくなったときに赤字に陥る可能性があります。需要が拡大したからといって、慌てて事業拡大に踏み切るのはあまり望ましくはないでしょう。タイミングを誤らないよう、流行の変化を機敏に察知することが重要です。
事業拡大の代表的な戦略
代表的な事業拡大戦略は、アンゾフの成長マトリクスで区分されています。
アンゾフの成長マトリクスとは、「製品(自社が適用する製品・サービス)」と「市場(対象となる個人・組織)」の2軸によって成長戦略を区分するフレームワークです。「戦略的経営の父」として知られるアメリカ人経営学者のイゴール・アンゾフ氏によって提唱されました。
アンゾフの成長マトリクスで区分されている「市場浸透戦略」「新製品開発戦略」「新市場開拓戦略」「多角化戦略」の詳細を解説していきます。
市場浸透戦略
市場浸透戦略とは、既存の商品・サービスを既存の顧客に深く浸透させて、売上を伸ばす戦略です。新しい商品・サービスを打ち出したり、新たな市場を開拓したりする戦略ではありません。
既存の商品・サービスを、広告やマーケティング施策によって再利用を促したり新たな使い道を提案したりします。売り方を変える方法であり、開発費用を削減できる点が強みです。
市場浸透戦略の事例として、ケンタッキーが挙げられます。
「ケンタッキーは高い」「特別な日に食べる」というイメージを拭い去るために、500円のランチセットを開始しました。さらに、「今日、ケンタッキーにしない?」というキャッチフレーズをCMで流すことで日常利用を後押ししています。
新製品開発戦略
新製品開発戦略とは、既存市場に新製品や新サービスを開発して投入する戦略です。
新たなターゲットを開拓するのではなく、あくまで既存顧客に製品・サービスを提供します。必ずしも新製品や新サービスを開発するわけではなく、既存製品や既存サービスに新機能を追加することもあります。
例えば、新型コロナウイルスの感染拡大時には、多くの飲食店がテイクアウトを新しく始めていました。新製品を開発しているわけではありませんが、既存顧客に対してサービスの利便性を高めており、新製品開発戦略に該当するでしょう。
新市場開拓戦略
新市場開拓戦略とは、既存の商品・サービスを新市場に投入する戦略です。市場が飽和して売上増加が見込めない場合や、競合が強くて利益を上げられない場合などに検討します。
新市場開拓戦略の事例としてJTの海外進出があります。
JTは、1985年に日本専売公社から民営化した当時、国内にあった30以上の工場や3万人超の社員を段階的に削減して海外で積極的なM&Aを繰り返しました。
現在は国内のたばこ事業の収益は落ち込んでいますが、海外での販売本数が国内の販売本数を大幅に上回っています。
【参考】
JT、スイスに「たばこ事業」本社機能を移転へ(読売新聞オンライン)
多角化戦略
多角化戦略とは、既存事業を維持しながら新市場で新しい商品・サービスを展開する戦略です。
新たな市場で成長を目指すので、リスクが高いといわれています。しかし、既存事業で培ってきた技術や知識などをうまく生かせれば、新市場で新ブランドがヒットすることも珍しくありません。
例えばメッキ加工を行ってきた会社が、排水中の微量金属の測定技術や金属表面処理加工で培ったミネラルへの知見などを活用して化粧品事業に参入した事例があります。
多角化戦略は新たな収益の柱を確立できるので、既存ビジネスの衰退が予期される場合などに有効です。
【参考】
2017年度版 中小企業白書 事例 2-3-1 日東電化工業株式会社(中小企業庁)
事業拡大に関連するそのほかの戦略
アンゾフの成長マトリクスの4つの事業戦略以外にも、さまざまな戦略があります。自社の状況を踏まえた上で適切な戦略を検討してみてください。
ブルーオーシャン戦略
ブルーオーシャン戦略とは、これまで存在しなかった新領域で事業を開始する戦略です。競合がいない市場で価値の高い商品・サービスを低コストで提供して利益を最大化するため、利益を奪われるリスクがありません。
ブルーオーシャンの対義語として知られるレッドオーシャンは、競合が乱立して継続的に利益を生み出すのが難しい市場のことです。
ブルーオーシャン戦略の成功事例として、任天堂のゲーム機「Wii」が挙げられます。Wiiはコントローラーを振るという動作をゲームプレイに反映できるゲーム機器です。競合製品よりも直感的に操作できるコントローラーは大ヒットし、Wiiの累計販売台数は1億台を突破しました。
ニッチ戦略
ニッチ戦略とは、「市場の隙間(nitch)」を狙って一部の需要に応える商品・サービスを提供する戦略です。競合がいない市場に参入することで、先駆者として利益を独占できます。
ただし、市場が消滅したり途中から競合が参入してきたりするリスクもあります。
ニッチ戦略の成功事例として挙げられるのが、小林製薬の消臭剤「無香空間」です。芳香消臭剤市場でニーズのある香りが模索される一方で、小林製薬は一部の無香派層をターゲットとし、無香タイプの消臭剤を販売して大ヒットを記録しました。
【参考】
ニッチ戦略・小林製薬の「無香空間™」誕生秘話(小林製薬)
バリューチェーン分析
「バリューチェーン(Value Chain)」は、直訳すると価値の連鎖という意味です。価値の連鎖は、商品・サービスを提供するまでのプロセスで成り立っています。
バリューチェーンを分析して各プロセスで生じている付加価値を見直すことで、自社の新たなビジネスモデルを創出できます。
例えば、家具量販店のIKEAはバリューチェーンの要素として物流に着目し、顧客に家具を組み立ててもらう仕組みを導入して物流フローの効率化を図っています。組立前の商品を販売できるので、商品の保管スペースや輸送コストを削減できます。
バリューチェーン分析によって新たな強みを発見できれば、競合よりも有利に事業を拡大できるでしょう。
事業拡大の推進方法
事業拡大は、自社だけで進める方法とM&Aを活用する方法に分かれます。それぞれの方法について解説していきます。
自社で進める
自社で事業を拡大する場合は、新しい商品・サービスを開発したり、それを担う人材を採用・教育したりする必要があります。
事業が軌道に乗るまでに時間がかかりすぎると、市場の衰退が始まって売上が低下してしまうリスクがあります。そのため、新製品・新サービスを開発する場合には不向きです。
自社だけで事業拡大をする際には、既存の商品・サービスをベースとして推進する「市場浸透戦略」や「新市場開拓戦略」が適しています。
M&Aを活用して事業拡大する
M&Aとは、「Mergers(合併)and Acquisitions(買収)」の略称です。M&Aで他社を買収すれば、他社の事業をそのまま獲得できます。
商品・サービス、ノウハウ、人材などを獲得できるので、自社で新しい商品・サービスを開発したり人材を採用・教育したりする必要がなく、新市場に素早く参入できます。
M&Aを活用して事業拡大する際には、新しい商品・サービスをベースとして推進する「新製品開発戦略」や「多角化戦略」が適しています。
事業拡大のメリット4つ
メリットを把握しておかないと、経営上の決断が鈍って最適なタイミングを逸してしまう恐れがあります。ここからは、事業拡大の4つのメリットを解説していきます。
1.利益を増やせる
2.リスク分散につながる
3.認知度が向上する
4.人材の獲得や成長につながる
1.利益を増やせる
事業拡大によって新たな柱となるビジネスを創出することで、これまでより利益を増やすことができます。
筑波総研が2016年9月に行った『事業拡大・新分野への参入に関するアンケート』では、事業拡大の動機に関する調査結果が報告されています。調査対象は茨城県内の主要企業451社です。
「既存事業の拡大・新分野への参入に取り組んだ動機を教えて下さい」という質問に対して、全産業において「新たな柱となる事業の創出」と回答した割合は42.4%で1位でした。新事業を創出して、利益の増加を目指す企業が多いことがわかります。
2.リスク分散につながる
社会情勢の変化によって、原材料費が高騰するケースは珍しくありません。原材料費が高騰すると商品の値上げなどにつながって売れ行きが悪くなり、収益が下がってしまう恐れがあります。
もし、1つの事業のみで経営している場合、売上が低下すれば損失を補う手段がなくなり、そのまま経営赤字になってしまうでしょう。しかし、複数展開していれば、1つの事業の売上が低下したとしても損失を補えるだけでなく、ほかの事業の売上が好調であれば黒字化も可能です。
最近では、円安の影響による原材料費高騰や新型コロナウイルス感染拡大などによって、倒産の可能性がある飲食店が増えています。
そのような中、東京・春日のうなぎ料理の老舗「わたべ」は、タクシーによるうなぎの宅配サービスやキッチンカーによる屋外販売などを始めたことで、苦境をプラスに転換して新たな売り上げを創出することに成功しました。
このような事例からもわかるように、拡大によって収益を担保できる事業を増やしておけば経営リスクを分散できます。
3.認知度が向上する
特定の分野で品質の良い商品や便利なサービスを提供していても、企業の認知度が低いと購入や利用につながりにくいという一面があります。
その点、新商品や新サービスを立ち上げれば、新たな消費者や利用者を開拓できるので、たくさんの人々に企業の名前を知ってもらえるチャンスが得られます。
例えば、男性向けの事業を展開していた企業が、女性向けの商品やサービスを始めれば、新たに女性からの認知度を高められるでしょう。
認知度とともに企業への信頼感が高まっていけば、従来の商品・サービスについても女性から興味を持ってもらえる可能性があります。従来の商品・サービスを女性視点で提供すれば、新規顧客を獲得してさらに売上を高められるでしょう。
4.人材の獲得や成長につながる
自社もしくはM&Aのいずれかで事業拡大を行ったとしても、規模の拡大にともなって新たな人材獲得につながります。
新たな人材が社内に配属されると、これまでになかったアイデアが生まれる可能性があります。新たな人材のネットワークを活かして新規顧客を開拓することもできるでしょう。
そのほか、優秀な人材を獲得すれば社内の競争も活発化し、既存社員の成長も期待できます。人材の獲得・成長によって企業の商品・サービスの質の向上につながれば、結果的に売上も増加していくことでしょう。
事業拡大のデメリット3つ
事業拡大は必ずしも企業に恩恵をもたらすとは限りません。リスクヘッジのためにデメリットについても確認しておきましょう。
1.先行投資が必要になる
2.ランニングコストがかかる
3.マネジメントの負担が増える
1.先行投資が必要になる
事業拡大では、人材の雇用や新商品の開発費用などの先行投資が必要です。自己資金が不足すれば、金融機関などから融資を受ける必要もあります。
先行投資をしても人材の雇用や新商品の開発に失敗してしまえば、新たな収益の柱を確立できません。投資が無駄になり、融資を受けていた場合は負債も発生します。
成功した場合も、先行投資にかかった費用を最終的に回収しなければいけません。すぐに利益が得られるわけではないのでキャッシュフローへの注意が必要です。
2.ランニングコストがかかる
事業拡大をする際には、売上だけでなくランニングコストも増えます。店舗数が増えれば、それにともなって人件費や水道光熱費、家賃などが新たにかかるでしょう。
拡大に成功して収益が安定すれば問題はないでしょう。しかし、ランニングコストが高まった状態で経営環境が悪化すると、維持費によって利益が急速に減ってしまいます。
拡大した店舗を維持できず、最終的に店舗を減らしてしまう結果になることは珍しくありません。
3.マネジメントの負担が増える
事業拡大をすると、人員の増加によってマネジメントの負担が増えます。M&Aによって事業拡大したならば、買収した企業の従業員もマネジメント対象になります。これまでと働き方のルールや社風があまりにも異なると、新たに加わる従業員が不満を抱いてしまうでしょう。
クレイア・コンサルティングは2016年に『ビジネスパーソンを対象とした意識調査』を行いました。対象者は被買収企業で働いている(あるいは働いていた)正社員400名です。
M&A後の行動について調査したところ、M&Aの発表から3年未満に約20%の従業員が退職していたことがわかりました。
新たな従業員の労働条件を引き上げた場合、これまで働いていた従業員が現状の給与に不満を抱くリスクもあります。マネジメントに失敗して貴重な人材に離職されてしまわないように注意が必要です。
【参考】
被買収企業、M&A の発表を聞いて転職を考える人は 4 割以上(クレイア・コンサルティング)
事業拡大を成功させるためのポイント7つ
事業拡大にはデメリットがあり、失敗する企業の事例も珍しくありません。ここでは、事業拡大を成功させるためのポイントを7つ解説していきます。
1.自社のアセットを把握し適切な戦略を立てる
2.売上ではなく利益を重視する
3.マネジメント体制を整える
4.無計画に採用しない
5.ノウハウをもっている人を招き入れる
6.新規事業を立ち上げるなら小さく回す
7.積極的に資金調達する
1.自社のアセットを把握して適切な戦略を立てる
「アセット(asset)」とは、資産や財産、利点、長所などを意味する言葉です。事業拡大を成功させるためには自社のアセットを把握して、適切な事業戦略を立てる必要があります。アセットを把握する方法として利用できるのが「SWOT分析」です。
SWOT分析とは、自社の事業を「強み(Strengths)」「弱み(Weaknesses)」「機会(Opportunities)」「脅威(Threats)」の観点から分析する方法として知られています。
アセットとともに弱みや社会・市場の変化を分析するので、精度の高い事業戦略を立案できる手助けとなるでしょう。
2.売上ではなく利益を重視する
売上と利益はどちらも高いに越したことはありません。しかし、売上が高くても実際に事業がうまくいっているとは限らない点に注意する必要があります。
売上は、商品・サービスを提供して得られた合計金額です。売上が高くてもランニングコストや経費が高いほど、企業が得られる利益は少なくなります。
したがって、事業拡大を成功させるためには売上ではなく利益を重視することが大切です。
3.マネジメント体制を整える
事業拡大のペースにマネジメント体制の構築が追いつかないと、勤務環境の変化によって社員の生産性やモチベーションが落ちてしまう恐れがあります。新社員と既存社員の間で仕事の方針が異なれば、摩擦が生じることもあるでしょう。
事業拡大をするときは、全社員に対して事業拡大やM&Aに関する説明会を実施する必要があります。新社員や既存社員に対して個別面談の機会を設けたり、現場の報告体制を見直したりすることも欠かせません。
4.無計画に採用しない
事業拡大は、優秀な人材をたくさん採用すれば成功するわけではありません。優秀な人材をたくさん採用したことによって人件費が膨れ上がれば、最終的に赤字になってしまう恐れがあります。
赤字になったとしても、従業員を簡単に解雇するわけにはいきません。売上を高めるためにさらに従業員を採用しなければならず、負のスパイラルに陥るリスクがあります。
事業拡大を成功させたいのであれば、社員の採用活動は慎重に行いましょう。
5.ノウハウをもっている人を招き入れる
大手企業といえども、自社のリソースだけで新規事業を成功させるのは簡単ではありません。新分野に挑戦するのであれば、ノウハウを持つ専門家を招き入れることも検討しましょう。
具体的には、専門家のマッチングサービスを利用する方法です。多様なビジネススキルを持つ専門家をプロジェクトにアサインしてもらうことで、新規事業開発や人脈活用、海外進出などをサポートしてもらえます。
ジープラス・メディア社(フジサンケイグループ)は外国人向け情報サイトを日本で初めて立ち上げた企業であり、不動産新規事業の知見を獲得するために外部の専門家を招き、外国人が住宅を借りる際の家賃をクレジットカード支払いできる仕組みを実現しました。
新事業に適した専門家が見つかれば、事業拡大の成功率も高まるでしょう。
参考:【オープン・イノベーション事例】当社の専門家が大手企業新規事業開発を主導(株式会社サーキュレーション)
6.新規事業を立ち上げるなら小さく回す
ニーズがない商品・サービスを開発してしまえば、事業拡大は失敗に終わる可能性が高いでしょう。需要が不明確な状態で莫大な資金を投下すると、経営リスクをかなり高めてしまいます。
新規事業を立ち上げる場合は、できるだけ少ない費用や手順で「実用最小限の製品(MVP: Minimum Viable Product)」を提供して、利用者の反応を確認することから始めます。いわゆる「リーンスタートアップ」というマネジメント手法です。
SNSで数百通のDMを送付して、リアクションがあったターゲットに提案するのもよいでしょう。
既存事業を伸ばしたい場合も、資金の投下には慎重な判断が必要です。大手動画配信サービスで知られるNetflixは、2018年に映画やドキュメンタリーなどの制作に約1.3兆円を費やし、それ以降も年々制作費を増やしていきました。
しかし2022年には株価が急落し、2022年第1四半期の有料会員数は20万人減少しました。既存事業の成功確度が高いときも油断は禁物だとわかります。
【参考】
・成長が急減速するNetflix 株価は半年で70%以上下落(DIAMOND online)
・Netflix、2019年の映画・番組制作費は1.6兆円にまで拡大(exciteニュース)
7.積極的に資金調達する
事業拡大を成功させるには、事業が軌道に乗るまでの運転資金を確保しなければいけません。途中で資金が不足すれば飛躍のチャンスを失ってしまうので、さまざまな方法で積極的に資金調達する必要があります。
代表的な資金調達の方法を、以下の表に一覧としてまとめました。
資金調達の方法 | 概要 |
---|---|
銀行融資(プロパー融資) | 銀行が調達した資金を貸し付けてもらう融資 |
保証付融資 | 信用保証協会がリスクを負ってくれる融資 |
不動産担保ローン | 土地や建物を担保にして受ける融資 |
ビジネスローン | 銀行や消費者金融、クレジットカード会社が行っている融資 |
ファクタリング | 売掛金をファクタリング会社に購入してもらい現金化する債権の売買取引 |
クラウドファンディング | インターネット上で事業のアイデアを公開して不特定多数から出資を募る方法 |
補助金・助成金 | 国や自治体に事業に必要な費用を負担してもらえる制度 |
ベンチャーキャピタル | ベンチャーキャピタル(高成長が予想される企業を対象とする投資会社)から出資を受ける方法 |
事業拡大の成功事例と失敗事例
事業拡大について理解を深めるには、実際に企業が行った事業拡大の事例が参考になります。ここでは、大手企業の事業拡大の成功事例と失敗事例を解説します。
成功事例1.富士フイルム
富士フイルムは、写真フィルムや印画紙といった写真感光材料の製造を原点とする企業です。創業以来、写真フィルムで培った独自技術をベースにさまざまな商品・サービスを開発・販売してきました。
例えば2000年代に入ってデジタル化が進んだとき、写真フィルムの需要が減少したことを契機として、2006年に化粧品事業を開始しました。化粧品事業では、フィルムの主原料であるコラーゲンの研究やフィルムに塗布する成分を極小化するナノ化技術などの強みが活かされています。
主力ブランドの高機能化粧品「アスタリフト」は、発売4年目で売上高が100億円を突破しました。
参考:
・富士フイルムグループの歴史(富士フイルム)
・Works 115 タレントマネジメントは何に効く?(リクルートワークス研究所)
・なぜ富士フイルムは男性用化粧品を作ったのですか?(日経新聞)
成功事例2.楽天グループ
楽天グループは、楽天会員を中心としたメンバーシップを軸にライフシーンを幅広くカバーするサービスを提供している企業です。
1997年にインターネットショッピングモール「楽天市場」を開設しました。当時は、従業員が6人、サーバーが1台、店舗数が13という環境で小規模な事業を運営していました。
2000年には日本証券業協会に株式を店頭登録して企業としての認知度を大きく向上させ、その後は上場で獲得した資金でM&Aを繰り返して事業を拡大していきます。
例えば、検索機能を備えたポータルサイトを運営する株式会社インフォシークを完全子会社化し、2001年には総合旅行サイト「楽天トラベル」のサービスを開始しました。
2004年には口コミ就職サイトを運営する「みんなの就職株式会社」を完全子会社化し、現在も就職に関する口コミ閲覧サービス「みん就」を運営しています。
小規模のネットショップから始まった楽天の事業は着実に拡大し、2021年には売上収益が1兆6,817億円にまで達しました。
成功事例3.本田技研工業(HONDA)
本田技研工業は、二輪事業を原点としてものづくりを実践してきたメーカーです。自動車事業だけでなく航空機製造事業にも挑戦し、小型ビジネスジェット機「ホンダジェット」を開発しました。
ホンダジェットは、主翼上面にエンジンを配置しているのが大きな特徴です。胴体内部のエンジン支持構造部材をなくすことで、室内空間と荷物室を広く確保することに成功し、高い飛行性能と燃費の良さなども評価されています。
2021年に37機が納入され、同クラスで5年連続の世界首位を維持しています。自動車会社が別の乗り物に挑戦して成功した事業拡大の事例だといえるでしょう。
【参考】
・他のビジネスジェットにはない主翼上面エンジン配置(本田技研工業)
・ホンダジェット納入数、世界首位 5年連続、21年は37機(YAHOO!JAPANニュース)
成功事例4.ユニバーサルスタジオジャパン
合同会社ユー・エス・ジェイが運営しているユニバーサルスタジオジャパンは、ハリウッド映画をはじめとする世界的人気ブランドを主軸としたテーマパークです。2009年には日本経済のデフレが深刻化する中で来場者数が激減しましたが、事業拡大によってV字回復を遂げたことで知られています。
ユニバーサルスタジオジャパンは、既存のテーマパークのコンセプトを「映画の専門店」から「世界最高のエンターテインメントを集めたセレクトショップ」に転換しました。
例えば、スーパーマリオやエヴァンゲリオンなど、人気のゲームやアニメに関するアトラクションを導入しています。ゲームやアニメなどの分野に事業を拡大することで、結果として従来のテーマパークを新たな市場に展開した形になっています。
2011年にはフラッシュ・モブ(一般人を装ったパフォーマーが突然サプライズ演出を始めるエンターテイメント)が来場客から好評を博し、大金を投入しなくても大きな感動を生み出せることを実証しました。
新市場開拓戦略と市場浸透戦略を組み合わせた事業拡大の事例だといえるでしょう。
失敗事例1.セブン&アイHD
セブン&アイHDは、コンビニエンスストアや総合スーパー、金融サービスなどの事業を展開する企業グループを管理・運営している持株会社です。
セブン&アイHDは、2019年7月1日にセブン独自のスマートフォンによるキャッシュレス決済サービス「7Pay」を開始しました。
しかし、同月2日に不正利用が発覚し、サービス開始から4日で900人に対して5,500万円の被害をもたらしました。本人確認に必要な2段階認証の仕組みを採用していなかったことが主な原因でした。
新たなITシステムを導入して事業拡大するときは、セキュリティ体制を盤石にしておくことが重要だとわかります。
【参考】
7pay不正利用で露呈したセブン&アイの「ITオンチなのに自前主義」(DAIAMOND online)
失敗事例2.ユニクロ
ユニクロは、良い服を着る幸せを提供しているファーストリテイリングの衣料品ブランドです。
ユニクロは、2001年5月に野菜事業に参入することを発表しました。ユニクロで培った生産から販売までのオペレーションを活かして、品質の高い農産物を安く販売することが狙いです。
エフアール・フーズという会社を設立し、2002年にはネット販売で野菜の販売を開始しましたが高品質の野菜を安定供給できず、事業開始からわずか1年半で撤退しています。
【参考】
ユニクロ柳井正の失敗の美学(DIAMOND Chain Store online)
失敗事例3.いきなりステーキ(ペッパーフードサービス)
いきなりステーキは、株式会社ペッパーフードサービスが運営するステーキハウスチェーン店です。
ステーキの提供スピードや低価格などに強みがあり、ランチタイムでもステーキを気軽に楽しめるサービスとして知られていますが、過剰な出店が事業拡大の失敗につながりました。
同じ商圏で顧客を取り合う状態になって店舗の収益性が悪化し、相次ぐ値上げで顧客離れも進み、2020年12月期には40億円の営業赤字が発生しています。新型コロナウイルス感染拡大の影響も受け、2021年3月には全盛期の半分まで店舗数が減りました。
事業拡大するときは、自社競合状態に陥らないように注意しましょう。
【参考】
低迷の「いきなり!ステーキ」、社長が語った悔恨(東洋経済ONLINE)
失敗事例4.ソニー
ソニーは、家電製品をはじめモバイル、ゲーム、音楽、金融など幅広い事業を展開している企業です。
2005年から中国広東省広州市の工場を稼働して4,000人を現地で雇用しましたが、中国経済が減速したことをきっかけに撤退を余儀なくされます。
工場を中国企業に売却することになりましたが、従業員から補償金を求めるストライキが発生しました。ソニーは、結果として事態を収束させるために補償金を支払うことになります。
海外に進出して事業拡大をするときには、ストライキのリスクに備える必要があることがわかります。
【参考】
ソニー、中国工員スト金銭解決「供給守る現実策」(日本経済新聞)
事業拡大はメリットとデメリットを正しく把握して決断しよう
事業の拡大によって新たな収益の柱を生み出すことで、利益の増加やリスクの分散化を実現できます。しかし、ランニングコストやマネジメントの負担が増えるほか、タイミングを誤ると赤字を招くリスクもあります。
そのメリットとデメリットを正しく把握した上で、社内の意見や第三者のアドバイスなども参考にして決断しましょう。
文・常木城伸
立教大学卒。電気設備員やプログラマーなどの職種を経験し、現在はフリーライターとして活動中。第三種電気主任技術者や基本情報技術者、ファイナンシャルプランニング技能士二級などの資格を活かし、ビジネスに役立つ記事を執筆している。