本記事は、坂上雅道氏の著書『世界最先端の研究が教える すごい脳科学』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

脳
(画像=tadamichi/stock.adobe.com)

脳は「ニセの食欲」を生み出す

「あれほど、お腹いっぱいだったのに、つい目の前においしそうな食事があると食べてしまう……」なかなか食事の量を減らせないという人の中には、脳内が太りやすい脳の神経回路になっているケースが少なくありません。

太りやすい脳の神経回路とは、一体何のことなのでしょうか? その前に、脳が味覚をどのように処理しているのか、ちょっと調べてみましょう。

私たちは舌で味を感じとると、主に脳の中で2つの部位によって、味覚が処理されます。

1つは、一次味覚野みかくやと呼ばれる部位です。これは大脳皮質だいのうひしつとそれに隣り合わせになっている前頭葉に存在する味を感じる部位です。私たち人間は舌の細胞から甘味、塩味、苦味、酸味、うま味の5つの味を感じとることができます。

一次味覚野みかくやでは、食べ物の粘度や脂肪の質感、温度、カプサイシンの辛さなど口の中の刺激を信号化して感じとるニューロンも存在しているのです。味覚と口の中の食感を感じとることはできます。しかし、嗅覚刺激や視覚刺激には反応しないとされています。一次味覚野は、いわゆる風味を感じとることはできないようです。

脳の中には、もう1つ味覚を感じとる部位があります。これが二次味覚野です。二次味覚野は、オックスフォード大学のエドモンド・ロールズ博士らによって発見されました。ロールズ博士たちは、一次味覚野の手前の数ミリのところにある眼窩がんか前頭皮質で二次味覚野を見つけました。一次味覚野で感じた5つの味は二次味覚野でも感じとられます。

二次味覚野で感じとられた味の情報は、視床下部や扁桃体まで送られます。二次味覚野や視床下部では、具体的な味の識別が行われています。これは眼窩がんか前頭皮質や視床下部が食べ物を食べたときの報酬価値、おいしいとか栄養価が高いなどを評価することに役に立っていると考えられます。また、料理の風味もこの部位で感じることができるのです。

ここで評価された食べ物を食べたときの快の気分や心地よさが、満腹感と密接に関わっているのです。さらにこの部位の評価が食べる量とも大きな関係があることがわかってきました。このため、食事に快を求める行動がいったん習慣化されると、空腹になったら、食べる量が制御できないということも起きてしまうのです。

同じ味を食べ続けると、私たちはその料理に飽きを感じてしまいます。実はこのときに味だけでなく、料理の香りを感じる嗅覚や料理がおいしそうに見える視覚の能力が低下することがわかっています。そうすると、脳内の満腹中枢が反応して、「もう、満腹です」という信号を出します。このことが感覚特異性満腹です。

しかし、このときに甘味と塩味を一緒にとると、味覚の刺激が複雑になり感覚特異性満腹が起きにくくなくなり、もっと食べたいというニセの食欲が出てしまうのです。甘味と塩味よりも、さらに大きな食欲を引き起こすのが、甘味と酸味の組み合せです。ショートケーキやオムライス、ピザといった組み合わせは、ニセの食欲を増幅させるのです。

ニセの食欲を増幅させないためには、感覚特異性満腹をよく感じられるようにしておくことが大事です。強い甘味や強い塩味、強い酸味を避けて、薄味に慣れることです。

実は、私たちは料理を味だけで判断しているのではありません。香りや見た目、食感などを総合的に感じているのです。だからこそ、出汁をうまく活用して、うま味を多く感じられるだけでなく、香りも感じられる日本料理のような料理を好んで食べるのが、ダイエットの最短の道なのかもしれません。

満腹になると、食べた料理の匂いが感じられなくなる

空腹の状態で目の前に料理を出されると、料理の匂いを敏感に感じられたのに、満腹になると同じ料理でもあまり匂いを感じられないことがあります。

この現象を「感覚特異性かんかくとくいせい満腹」といいます。私たちの脳の中には、○○店の○○料理がおいしいなど、食事に関するデータベースが存在しています。そのデータベースの目印をつけるような役割を果たしているのが、食べ物の匂いです。

実は食べ物の匂いは記憶の形成だけではなく、満腹感を生み出すスイッチにもなっているのです。

食べ物の匂いに反応するのは、眼窩がんか前頭前野という部位です。ある料理を食べて、おいしかったとか、まずかったと判断するのは眼窩前頭前野の役割です。この情報が視床下部に送られて、実際に食べようとか、食べないという行動が選択されるわけです。実際に食べようとか食べないという行動の選択は、脳の報酬系という神経回路で行われます。このときの報酬評価をするのも眼窩前頭皮質です。報酬評価というのは、食べたときにどれだけの報酬(おいしさ、栄養価など)を判断する評価のことです。

感覚特異性満腹の特性を研究したオックスフォード大学のジョン・オドハティ博士らの興味深い実験があります。それは、バナナとバニラの匂いを比較する実験です。

実験協力者に対して、バナナを満腹になるまで食べてもらい、その後にバナナとバニラの匂いを嗅いでもらって、脳の部位のどこが反応するのかを調べる実験です。

実験結果では、次のようなことがわかりました。まず満腹まで食べたバナナの匂いについては、匂いを感じる眼窩がんか前頭皮質の活性が低下しました。しかし、食べていないバニラの匂いについては眼窩がんか前頭皮質の活性化は減少しませんでした。つまり、感覚特異性満腹がバナナに対して発動しているということがいえます。

よく、デザートは別腹といいますが、別腹にするために、別の食品の匂いの感度は減少させないという脳のはたらきがあるのかもしれません。ちなみに、バナナの匂いの感度が減少するのは、嗅覚の慣れとは違うとオドハティ博士らは論文で示しています。

空腹を感じる脳の部位は、まだ特定されていませんが、オドハティ博士らは、これまでの研究から、空腹を感じる部位も眼窩前頭皮質にあるのではないかと考えています。

食べる量を減らそうと考えている人は、満腹感が訪れたら、匂いが流れてこないようにほかの食べ物を自分のそばに近づけてはいけない、ということがいえそうです。

=世界最先端の研究が教える すごい脳科学
坂上雅道
玉川大学脳科学研究所教授。玉川井大学脳科学研究所所長。1985年東京大学文学部心理学科卒業。専門研究領域は思考と創造の神経メカニズムの解明。2000年順天堂大学医学部講師、2002年玉川大学学術研究所教授。2007年より玉川大学脳科学研究所教授。2021年同研究所所長に就任。

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