「お片づけ」の救世主~「250円倉庫」で一挙解決
家の中の荷物を片づけたいときに便利なサービス「minikura(ミニクラ)」。インターネットで申し込むと、段ボール箱が送られてくる。そこに20キロまで詰めることができる。詰め込んだら荷物を送るだけ。送料は無料だ。
荷物が届いた先は東北地方のある倉庫だった。箱単位で預かる倉庫は他にもあるが、ここは預かるだけではない。スタッフが箱を開け、中身をすべて取り出して、それを写真撮影。撮った写真を、すぐさまパソコンに取り込み、一点一点にタグまでつけて管理する。
送り主は専用サイトで、預けたものを写真で確認できるようになっている。必要になった時には、クリックするだけで1点から送ってくれる。そのままネットオークションに出品することもできる。落札後の配送も「ミニクラ」にお任せだ。いたれりつくせりのサービスで1箱月250円。年間3000円で自分の倉庫が持てるのだ。
このサービスを展開しているのが東京・品川区に本社を構える寺田倉庫。倉庫といえば、企業や個人から預かった荷物を保管し、それを出し入れするだけというのが一般的なイメージだが、寺田倉庫は従来のイメージとはまったく違うという。
魅惑の倉庫に小池栄子が初潜入
「カンブリア宮殿」を収録しているテレビ東京・天王洲スタジオから目と鼻の先にあるその倉庫を、小池栄子が取材した。
足を一歩踏み入れると、まるでホテルのラウンジ。本来は契約者以外、入れない。セキュリティカードをかざして貴重品保管庫の中へ。センサーが光っているセキュリティの高いサービスともなると、生体認証など10段階に及ぶ。
「どういう人が貴重品を預けているのか」と尋ねると、「公開はできないですけど、会社を経営している人や、個人でも大事な書類とかジュエリーなどの貴金属を、こちらの金庫に入れている方が多いです」(プレミアムストレージグループ・渡辺まりえ)と言う。
続いて案内してもらったフロアは美術品専用の倉庫。温度20度、湿度50%という美術品にとって最適な環境に保たれている。
特別に、横浜美術大学教授でコレクターの宮津大輔さんに、借りている倉庫を見せてもらった。25年間で収集した400点のコレクションが収まっている倉庫の広さはおよそ5畳。費用はワンルームの家賃程度だという。
「当時は美術品を倉庫に預けることを、個人のコレクターはあまりしなかったと思うんです。でも私は、やはり湿度と温度の管理と、日本は地震が多いということを含めて、自分の集めた物をきちっとしたところに置きたい」(宮津さん)
ここには美術品を取り扱う専門のスタッフもいる。その手を借りて見せてもらったのは世界的な画家・草間彌生の『南瓜』(1981年)だ。20年ほど前に買ったそうだが、今や数億円の価値があると言われている。
最高の環境で預かるだけでなく、美術館に貸し出す際の梱包や運搬なども安心して任せられる。それが選ぶ理由だと宮津さんは言う。
「アートをきちんとした環境の中で長く残す。私達が今美術館で素晴らしい作品を見ているのと同じことを、次の世代に恩返しする」(宮津さん)
続いてはワインセラー。借り手の多くは専門業者やコレクターだという。もちろんここも、温度14度、湿度70%という最適な環境に保たれている。
「お高そうなものばかり。1本3000円のワインとかは入れちゃいけないんですか」と聞く小池に、渡辺は「全然大丈夫です。そういったものでも熟成するので、保管環境を整えるとワインの価値も高まっていきます」と答える。商談などができるラウンジもあり、専属のソムリエまでいる。
倉庫街をオシャレに変身
そんな寺田倉庫のCEO、中野善壽(74)は毎週、飛行機で通勤している。「ホテル住まいなので、家はどこもないですね。一応住所を置いてあるのは台湾なので、住民票を取れと言われたら、そこで取ります」と言う。
2012年にトップとなった中野には、ものの価値をとらえる独自の目線がある。
「これは工事現場から拾ってきたもの」というのはオフィスの壁に飾られていたもの。「アートじゃないんです。僕が勝手に自分のアートにしているだけ」と言う。
寺田倉庫は、東京・品川区の天王洲と呼ばれるエリアにおよそ30万平米の倉庫を持つ。中野はその倉庫を生かし、天王洲という町そのものを生まれ変わらせた。
倉庫のひとつはイベントスペースに。この日開かれていたのは100の店が並ぶ「天王洲ハーバーマーケット」。全国から新鮮で珍しい食材などが集まった。外には心を和ませる運河や、四季の花々を眺めながら休憩できるスペースがある。運河には船も浮かべた。イベントやパーティーに使われていて、この日は手作りの雑貨が並んだ。
かつては人が寄り付かない倉庫街だった天王洲。それを中野は独自の目線とアイデアで、人が集まる人気スポットに生まれ変わらせたのだ。
「『当たり前だ』とか『そんなの常識だ』とか『今までやってこなかったから難しい』と言っていたら、革新は起きない。『難しい』という言葉は要らない」(中野)
天王洲の人気の理由は、中野がこの町を常に進化させていることにもある。
「年に6回くらい絵を描きかえている」というのはビルの壁。キャンバスとしてアーティストに開放しているのだ。
大型クレーンに乗って絵を描いていたのは、大型作品に挑めるチャンスだとやってきたスペインのアーティスト、ARYZ(アリス)さん。三味線を弾く女性がテーマで、日本の浮世絵に触発されて描いたという。
「ずっと日本に来たかったんだ。今回は素晴らしい機会をもらえて本当に嬉しいよ」(ARYZさん)
制作の過程見たさに人が集まる。これも中野の狙いだ。
異色経営者の大改革~社員を14分の1に?
寺田倉庫は1950年、政府の米倉庫として天王洲で創業した。その後、文書保管やトランクルームといった倉庫業本体に加え、運送業、印刷業など、様々な分野に事業拡大。しかし、どれも特色がなく、資金力のあるライバルとの価格競争に苦戦していた。
そんな状況に危機感を抱いた創業家2代目の寺田保信前会長が改革を託したのが、古くからの友人である中野だった。
中野は、「伊勢丹」のバイヤーを振り出しに、当時ファッション界をリードしていた青山ベルコモンズの「鈴屋」で海外出店を手掛け、専務まで務めた。その後、台湾の巨大企業・遠東集団で経営に携わるなど、日本と海外、双方の経営術を身に着けてきた。
「会長だった寺田さんが、かなり会社に対して危機感を持っていて、『ちょっと見せてください』と言って調べてみたら、『これはヤバいんじゃないか』と思った。1個としてトップ3に入る事業がないんです」(中野)
寺田倉庫がトップになるには、他にはない特徴を作り出すことが必要だ。そこで中野は、勝ち目のない事業の売却を決断する。それは1000人以上いた社員を、一気に14分の1にまで減らすという、荒療治だった。
次に、本丸の倉庫業では海外の富裕層に目を付けた。彼らにとって日本はどこよりも「安心・安全な国」。そのうえ天王洲は、羽田空港からモノレールで15分と近く、海外からのアクセスも抜群だ。
そこで、何でも預かる倉庫から、付加価値の高いワインや美術品などを預かる倉庫にシフト。単にモノではなく、物の価値を預かるビジネスに、かじを切ったのだ。
さらに天王洲に人を集めるため、よそにはない店もつくった。そのひとつ、画材屋の「ピグモントーキョー」に入ると、目を奪うのは壁のディスプレイだ。絵の具の元となる顔料で、なんと4500色。はけや筆も600種類が揃う。
敷居を低くするため、誰でも参加できる初心者向けの講座も開いている。この日は、好きな顔料を自由に使って、自分だけのオリジナル絵の具を作っていた。どろんこ遊びのようなこねる作業に、はまる人も多いとか。
こうしたさまざまな仕掛けで、天王洲に人とカネを集めることに成功。改革前、坪あたりの稼ぎは5千円だったが、今ではその5倍稼ぐ町になったのだ。
中野流ユニーク人材育成~コイン査定
中野が「会社と社員は対等」という寺田倉庫には、ユニークな制度がある。
プレミアムストレージグループ・吉元真希のもとに、後輩の経営管理・黒木保葉が歩み寄ると、「この前はありがとうございました」と言って何かを手渡した。「契約書の件、過去案件の情報がすごく役立ちました」と書かれたメッセージだ。
「『過去こんなことがあったんです』と類似案件を教えてくれて、『それなら契約書をこうつくった方がいいな』と仕事のヒントをもらえたので、感謝の気持ちということで」(黒木)
重要なのは、メッセージに包まれていたコイン。「これはブロンズのコイン。賞与に反映されるんですよ」(黒木)という。
これは社員同士が、お互いの仕事を評価するためのコイン。評価の度合いによって値段が違う。コインは人事部から配布され、社員同士でやりとりしたコインの合計額が、年2回のボーナスになるのだ。
中野はこの仕組みの狙いを「下の子の目は正しい。同僚の目はもっと正しい。『あいつはサボっている』『頑張っている』というのが、成果が出てなくてもわかるんです」と説明する。
もちろん、いい評価ばかりではない。ドクロコインをもらうと、せっかくもらったコインの額から5000円差し引かれてしまうのだ。
不動産事業グループ・木村隼人は「去年、一年の振り返りで『もう少し効率よく業務をやりなさい』と。それでスピーディーにと心掛けたら、逆にケアレスミスでドクロコインがいっぱいになっちゃった」と、頭をかいていた。
新発想の「倉庫」サービス
去年12月、久々に指揮台に復帰した小澤征爾氏のコンサートで、密かに話題になったものがある。
それが譜面台。「GVIDO(グイド)」と書かれている。実は寺田倉庫が手掛けた「電子楽譜」なのだ(18万円、税別)。紙の楽譜のように、開くと2画面になる。この中に楽譜1万6000ページ分のデータが入る。
クラシックの楽譜はとにかく分厚くて重い。例えばベートーベンの第九は300ページ以上。モーツァルトの全集は一冊平均500ページに及ぶ。これを1万6000ページ分重ねると、高さおよそ1.3メートル、重さは30キロになる。これだけのデータが660グラムの「グイド」に入ってしまうのだ。
演奏家のために便利な機能も。例えば、ページめくりはある部分に触れるだけ。両手が空かなくても、無線のフットスイッチでページをめくることができる。
さらに譜面に書き込むこともできるうえ、指揮者やリーダーの指示をほかのメンバーと共有もできるのだ。
「グイド」について、スタジオで中野は「保管するという意味で、脈絡のない事業ではない。他人のやっていないことをやりたい企業なので、これもそのひとつです」と語っている。
~村上龍の編集後記~
倉庫には、ミステリアスな趣があった。何かが積まれていて、やがてどこかに運ばれていく。だが、中野さんは、その概念を変えた。
「一時的保管」から「付加価値の高い保存」となり、美術品やワインを預かる。移動の一過程ではなく、理想に近い状態を維持し、動かさない。
顧客はおもに富裕層だが、そのカウンターとも言えるようなminikuraという一般向けのビジネスもはじまった。
変貌を遂げたわけだが、よりミステリアスになった気がする。ITを駆使した保管と移動。それに、リアルな保存庫が共存しているからだろう。
<出演者略歴>
中野善壽(なかの・よしひさ)1944年、東京生まれ。伊勢丹を経て鈴屋にて代表取締役専務に。パリ、ニューヨークに駐在し、海外出店を推進。その後、台湾に渡り、中国力覇集団百貨店部門代表、遠東集団董事長、及び亜東百貨COO。2012年、寺田倉庫代表取締役。
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