カンブリア宮殿,エームサービス
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進化する社員食堂~マグロの解体ショーに居酒屋も

大阪・梅田の一角にある話題の人気スポットに、朝11時から長い行列ができていた。およそ50人が順番待ち。お目当ては12階のビルの最上階にあった。明るい光が差し込むレストラン「プレミアムマルシェオーサカ」。200ある席はすぐに満席状態になった。

ここは農機具メーカー「ヤンマー」本社の社員食堂。毎週土日は一般に開放している。客を呼び込むメニューはお得感いっぱいの週替わりランチ。この日の一番人気は「牛肉の煮込みブルゴーニュ風」(1080円、フリードリンク付き)だ。

店の中庭ではミツバチが飛んでいる。大阪・梅田周辺で蜜を集め、それで自家製ハチミツを作り、カレーに添えて出しているのだ。農機具メーカーのヤンマーだけあって、自社農園や契約農家から集めている野菜も新鮮。そのサラダがついた「プレミアムマルシェカレー」(980円、フリードリンク付き)も人気の一品だ。

一方、東京・田町にあるエンタメ企業「バンダイナムコ」未来研究所。お昼時に従業員が詰めかける社員食堂は最上階の13階にある。毎日およそ800人が利用。座席のスタイルもさまざまで、掘りごたつ風の席まである。

女性陣に人気なのが、野菜たっぷりの5種類のおかずの中から2種類を選び、さらにメインディッシュは肉か魚を選べるワンプレートの「デリセット」。この日はアジの南蛮漬け。ヘルシーなこのランチがご飯と味噌汁つきで500円だ。

いずれの社員食堂も、運営しているのは給食の大手のエームサービスだ。その取引先は全国3900カ所に及ぶ。それぞれの要望にきめ細かく応えるのが一番の売りだ。

バンダイナムコから求められたのは「遊び心、エンターテインメント的な刺激ある料理を出してほしいと言われています」(料理長・森谷貴之)。その遊び心を、この日はラーメンで表現していた。

森谷が用意したのはブツ切りの花咲ガニだ。カニみそもたっぷりの北海道根室産の花咲ガニを、豪快にスープに投入していく。1時間煮込んで、カニの風味が活きるスープが完成。遊び心でカニもトッピング。滅多に食べられないスペシャルメニューの「花咲ガニラーメン」は1杯600円。麺はスープが絡みつく中太麺だ。

東京・虎ノ門。日本たばこ産業、「JT」本社の社員食堂もエームサービスが運営する。ここで受けた要望は「毎日利用する従業員を飽きさせないで」というものだった。そこで定期的に行っているのが社食イベントだ。

行列ができていたのはそばのコーナー。直前にはそば打ちが行われていた。北海道産のそば粉を使い100人前を用意した。「手打ちもりそば」は500円。ツユもだしから引いた手作りだ。

「ふだんのそばとは香りも食感も違う。人気のイベントです」(調理長兼支配人・影山敦司)

エームサービスにはこうしたそば打ちなど、専門技術の習得プログラムがある。他にもマグロの解体ショーや都道府県の郷土料理フェアなども行い、社食を盛り上げている。

社員食堂をエームサービスに任せたJT人事サポート室の兼田敦さんは「社員の利用数は減らずに高い利用率をキープしている。評判が良くて、担当者としてはうれしい限りです」と言う。

社員食堂を利用する理由のひとつに、その安さがある。一般のレストランの場合、値段には食材費、人件費、賃料や光熱費、そして利益が含まれる。一方、社員食堂は取引先の場所なので賃料や光熱費がかからない。さらに、その料金を福利厚生で補助する場合も多い。だから安くておいしい料理を提供できるのだ。

JTの社員食堂の個室スペースは、夜は居酒屋として営業中だ。社食をコミュニケーションの場にしたいという要望に応え、リーズナブルな価格で営業している。

社員食堂ナンバーワン企業~現場力で売上げ1800億円

カンブリア宮殿,エームサービス
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エームサービスの本社は東京・赤坂。従業員はおよそ4万4000人。企業相手の社員食堂の売り上げではトップを走る。

重要な役割を担う場所が、本社の中にあるテストキッチンだ。ここで新作メニューが作られ、月に1回の試食会で合格すると、レシピが全国の事業所に配信される。試食会から生まれたメニューのレシピは5000にも及ぶが、大事なのは、それぞれの取引先の要望に沿った形にレシピを活かすことだと言う。

エームサービス社長・山村俊夫(61)は、「ベースになるレシピの情報が約3900の事業所に配信されて、現場の調理師がそこにひと手間、ひと工夫を加えてそれぞれの独自メニューを作ってもらえれば、それが一番ありがたいです」と言う。

その現場力こそが最大の強みなのだ。

岩手県北上市にできたばかりの半導体の「東芝メモリ岩手」北上工場。この巨大施設の社員食堂をエームサービスが手がけることになった。食堂のデザインもエームサービスの社内デザイナーが担当。要望に応えリラックスできる明るい空間を実現し、椅子やテーブルなども調達した。

ここでの取引先の要望は「地元と一緒に事業をやっていかなければならないので、地元の食材をぜひ使っていただきたいと思います」(総務部・高橋洋文さん)

この要望に応えるべく動いたのが、エリア担当のスーパーバイザー、古田泰司だ。地元の使ってみたい食材を探し、農家を回った。そこで見つけたのがゴボウに似た黒ニンジン。中は紫色で、味は「甘い。野菜じゃないみたい甘さです」(古田)という。他にも、地産地消を実現する野菜を発掘した。

「お客様の食欲を湧かせると料理としての価値が上がります」(古田)

5月にオープンした社員食堂。すでに工場は稼働し、昼時には工員たちが続々と社員食堂へ集まってくる。調理も担当する古田は、黒ニンジンをシーザーサラダの上にトッピングし、「彩シーザーサラダ」(120円)に。本社のレシピにひと手間かけるやり方だ。

ハンバーグは国産牛と岩手のブランド豚、白金豚の合挽き。古田は新鮮なタマネギを使ったソースを添えた。この「格之進の金格ハンバーグ」(620円)も、「社員食堂の素材とは思えないぐらい、肉々しくてうま味がある」と、大評判になっていた。

この社員食堂の隣にはスタバもある。実は会社や工場内にスターバックスを置けるのは、日本の給食会社ではエームサービスだけ。しかも会社の福利厚生で街のスタバより格安だ。

エームサービスが手掛けるのは社員食堂だけではない。その取引先は学校、病院、介護施設、野球場、刑務所まで。相手の要望に応え続けことで、業績は右肩上がり。売り上げ1800億円を叩き出す。

「我々の仕事で一番大事なのは現場力。調理師であれば調理の腕ですし、栄養士であれば献立の作成能力です。何よりもお客様ひとりひとりとしっかりコミュニケーションが取れる。これが現場力の原点だと思います」(山村)

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大人気のスタジアムに変貌~選手プロデュースの球場メシも

広島東洋カープの本拠地「マツダスタジアム」。今や年間200万人以上を動員。カープ女子などの流行語も生み、地域で愛されている人気球場となった。

かつての広島市民球場時代には閑古鳥が鳴く寂しい光景も見られたが、2009年、その球場を魅力ある場所に変えた一人が山村だ。

「日本のそれまでの野球場は、言葉を選ばないで言うと、サラリーマンの聖地みたいなところでした。家族三世代が一緒に楽しめたり、みんなが非日常的な時間を過ごせる夢の空間を作りたかった」(山村)

そこで山村たちが考えたのは、観戦しながらバーベキューが楽しめるコーナーや、家族で寝転がって応援できるスペース。そして360度グルリと回れるコンコースに29軒の店舗を並べ、さまざまな味を提供した。そこには広島名物のお好み焼きやスイーツ専門店など、他の球場とは違った店が並ぶ。エームサービス一社が全店舗の運営をしているので、料理の重なりをなくすことができたのだ。

長い行列を生む人気店で売られているのは、広島カープの選手がプロデュースに当たった特別メニューだ。ヘルメット型の容器に入っているのは「ジャパチキバーガー」(850円)。巨人から来た長野久義選手プロデュースのチキンバーガーだ。

日本に社員食堂が広まったのは、昭和の初期。最初は労働者のまかないから始まり、仕出し弁当、食堂へと発展していった。社食がビジネスになるといち早く目をつけたのが総合商社の三井物産だった。1976年にエームサービスを設立した。

社員食堂第1号は、東京・千代田区にある親会社、三井物産の新社屋に作った。そこでは和洋中からスイーツまで、いろいろな料理を回転ずしのように出していた。その後、企業や役所の食堂、学食や病院の給食などを請け負って成長する。

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調理師試験合格率100%~知られざる刑務所の世界

2003年には三井物産にいた山村がエームサービスの取締役となり、さらなる分野を開拓していく。その新しい取引先の一つが栃木県さくら市にある喜連川社会復帰促進センター。いわゆる刑務所だ。

1250人が服役するこの施設は、出所後の就労支援に力を入れているのが特徴。クリーニングや介護など、出所後に役立つ仕事の職業訓練を行っている。ここでエームサービスが行っているのは、受刑者の調理の手伝いと、調理師になるための指導だ。

ここにはエームサービスのスタッフ10人が勤務。この日のお昼は、ひき肉と野菜のカレー風味炒めだった。スタッフのひとりは「ここに入っている受刑者は、調理経験がほとんどない方なので、分かりやすく、間違いなく調理ができるように、指導者全員で教育をしています」と言う。

ただし刑務所ならではのルールも。調理に使う包丁は凶器にもなりうるため保管は厳重で、先の尖っていない特別性を採用する。料理の味見は指導員と刑務官のみ。たとえ味見でも、一部の受刑者だけ多く食べられるとなると妬みを生み、トラブルに繋がりかねないからだ。食事中は私語厳禁、食べる音だけが響く。

受刑者はここで2年間働けば、調理師試験の受験資格が得られる。食後に行われていたのは調理師の筆記試験のための勉強会。エームサービスのスタッフが指導する。夏の調理師試験に向け、現在5人が勉強中。この8年で48人が受験し、全員が合格している。

一昨年、調理師試験に合格した男性は「私たちのように犯罪を犯してしまった人間に指導することは、抵抗があるんじゃないかと思っていたのですが、自分たちとしっかり向き合ってくれて仕事を教えてもらい、『自分でもまだまだこれからできる』と思いが芽生えました」と語っている。

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あのフィギュア女子選手も~超一流アスリートをサポート

カンブリア宮殿,エームサービス
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エームサービスの本社で始まったのは新人栄養士たちの研修会。今年の新入社員はおよそ600人。そのうち8割以上が栄養士の資格を持っているという。その中の一人は「スポーツ栄養に興味がありまして、そのチャンスがつかめると思い入社しました」と言う。アスリートを食の面から支える「スポーツ栄養士」。これもエームサービスの得意分野だ。

千葉・船橋にあるラグビー・トップリーグに所属する「クボタ・スピアーズ」練習場。ハードな練習の後は、「クボタ」京葉工場の社員食堂でエネルギーを補給する。

食事中の選手たちに話しかけているのはエームサービスのスポーツ栄養士、西山英子だ。選手たちが食べるメニューはすべて西山が考え、管理している。この日のメニューは豚丼。さまざまな副菜等もついて、1食で約20品目、1700キロカロリー。成人男子向けメニューのおよそ2倍あるが、栄養バランスもとれている。

「勝つためにはラグビー選手にふさわしい体にしなければいけないので、それに見合った食事を提供して食べてもらうことが、一番大事だし、難しいことだと思います」(西山)

西山の仕事は他にもある。月に一度の測定会で西山が測るのは、選手たちの皮下脂肪の厚さ。ラグビー選手は体重も必要だが、脂肪が多すぎると動きに影響が出る。だから7カ所でデータを細かくとり、体の状態を把握しているのだ。

「各個人に目的があり、それに向けて食事のアドバイスをする参考になります」(西山)

選手の方も、体のどこを鍛えるべきか、筋トレなどの参考にしている。

その西山が今度は都内のホテルに現れた。待っていたのはフィギュアスケートの坂本花織選手だった。去年12月、坂本選手は全日本選手権で見事初優勝。実はその勝利の陰にもエームサービスの存在があった。坂本選手は2年前にエームサービスと契約。西山に栄養指導を受けてきた。

食べた物を毎日3食、スマホから写真で送ってもらい、その都度西山がアドバイスしてきた。「『疲労回復にはビタミンB1が多い豚肉がいい』と伝えると、それを料理に使ってくれて、身についているなと思います」と、西山。優勝した全日本選手権の時も、会場に同行してサポートしていた。

「全日本の時は感情とかもいろいろあって、そばでサポートしてもらって優勝という結果を残せたので、本当に感謝しています」(坂本選手)

エームサービスには5500人の栄養士がいて、それぞれの分野で健康をサポート。東京オリンピック・パラリンピックの選手村の食堂も、エームサービスが運営にあたる。

カンブリア宮殿,エームサービス
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~村上龍の編集後記~

エームサービス、新鮮味が薄れつつある飲食業において「給食」という業種を定着させた。1日総計120万食、3900の施設からの受託、衛生管理ではミスは許されない。

東京五輪選手村の飲食、マツダスタジアムではパフォーマンスも演出、派手な印象もある。だがシステムがあまりに複雑に見え、業務運営の方法は謎だった。

「実は、本当に地味なことをコツコツやっているだけなんですよ」

山村さんの一言で、理解できた。トップダウンでは無理だ。現場の個々の人々が運営の一翼を担う、先端的・普遍的なオペレーションである。

<出演者略歴>
山村俊夫(やまむら・としお)1957年、東京都生まれ。1981年、早稲田大学政経学部卒業後、三井物産入社。2003年、エームサービス取締役就任。2015年、代表取締役就任。

放送はテレビ東京ビジネスオンデマンドで視聴できます。

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