(本記事は、久慈直登の著書『経営戦略としての知財』株式会社CCCメディアハウス2019年4月20日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
急成長に必要なことはすべてやる
中国の企業戦略は、中国の国家戦略と同期する。国内での消耗戦を回避するため国内で一強を作り、その企業が海外への進出時に国の様々な支援を受けて他の国のライバルに対して比較優位に持ち込むようにする。その参考となる例は、かつての韓国企業が海外に進出したときの手法である。
21世紀初頭の韓国企業は、日米欧の企業に比べて技術力も販売力もブランド力も著しく劣っていたが、国の指導で業界に一強の企業を作り、国内で儲けさせ、その後の輸出時には国をあげて徹底的に支援し、海外で一定のシェアを得ることに成功した。支援内容は、海外のどの法律事務所が訴訟に強いか、費用はどの程度かなどの情報調査提供と同時に、もし紛争が生じたら国のあらゆる外交ルートを使って相手国と交渉する。つまり、本来民間企業が独自で行うことの多くを国が代行した。
日本では、国がそのような支援はできない。日本企業同士が海外においてもライバルだからで、一方に国が加担するわけにはいかない。
現在、中国企業がグローバル市場で躍進している背景にあるのは、この韓国パターンの踏襲である。
中国企業は政府による支援策をできるだけ使おうとし、政府の言うことは何でも素直に聞く。政府の支援施策が手厚いので、その施策を最大限に利用する。
中国企業は、戦後すぐの日本企業がそうであったように、経営者が知財をよく勉強している。したがって、経営戦略に知財の機能を使うことが組み込まれ、不可分一体として扱われていることが多い。中国で急速に成長している企業の経営者は、知財戦略をうまく作ることが、遅れてグローバル競争に参入した不利を解消することだと知っている。
今の日本企業はといえば、グローバル市場で一定の成功を得た後、知財活動は専門に特化し、経営者自らが知財を理解することはやや少なくなった。企業が成熟すると、専門的な業務はその部門に任される傾向が生じるが、欧米でも歴史の長い、伝統ある企業はだいたい同じで、一般的にはそれで十分なのである。
この10年で、中国企業のグローバル知財戦略は進化した。
例えば中国企業は、あるときからアルファベット表記をすることが急に多くなったが、このことはグローバル産業競争に参加している企業が増えたことを示している。海外に輸出するときに中国語表記のまま押し通すには限界があるであろう。例えば、ZTE(中興通信)、TASLY(天士力)、AIGO(愛国者)、HUAWEI(華為技術)などのアルファベット標記の名称は、すでに世界で認知されている。
中国企業の知財戦略で、日本企業にとって参考になるのは、新興国企業が知財活動を急いで強化したいと必死になるとき、どのような手法を使うかというものである。
蓄積がないなら買えばいい
例えば、知財を第三者から買ってくることは、知財強化として即効力がある。
日本企業は、自社の保有特許の蓄積やNIHシンドローム(Not Invented Here syndrome:独自技術症候群)があることにより、買うことにはあまり熱心ではなかったが、中国企業の手法を見て、今、改めて勉強している。それは自社の不足分を補うのに、手頃な手法である。
これまでの知財の売買は通信、ソフトウエア、半導体領域で急成長した欧米の新興企業が、手持ちの保有特許があまりにも少なく、また発明を生み出す力も弱かったために、急場しのぎで採用した手法であった。
買う側の常連企業は、グーグル、サムスン電子、アップル、楽天のような急成長した企業であり、さらにインテレクチュアル・ベンチャーズ、アカシア・リサーチのように保有特許を多くして訴訟を仕掛け、一儲けしようとする企業であった。売り側の常連企業はIBM、AT&T、ノキア、ヒューレットパッカードなど、歴史の長いエスタブリッシュメントで、多すぎる保有特許を整理したいというニーズがある。
中国企業が急成長する過程で、保有特許を増やすために買う側になるのは当然のことである。日本企業、特に電機の会社は多すぎる保有特許を整理するため、売り側になる。
相手の顔を知るのは大切
日本企業は今のうちに、同業種で将来グローバル競争に参戦してきそうな中国企業の力を知っておき、さらに中国企業のキープレーヤーとの人脈形成をしておくことが、将来役に立つ。
私は、国内外のシンポジウムのパネルディスカッションで一緒になった外国企業の知財の責任者たちと知り合うことが、その後仕事で役に立っている。パネラーとして発言するとき、前もって他のパネラーの企業の事情も調べておくため、何だか親近感が湧き、帰国後もメールでパネルディスカッションの続きのような質問をする。そのような相手を各国に持つことは、グローバルビジネスをうまく行うコツである。情報量が増えるのである。
中国、韓国、台湾の企業からも最近は、国際的なパネルディスカッションに参加する人が増えているので、そこで知り合うことは役に立つ。パネラーにならなくても、ネットワーキングの時間が多くの場合設定されているので、そこで知り合えばいい。
グローバル産業競争においては、ライバル企業の責任者や担当者の顔を知ることは非常に重要である。性格や人柄を知っていると、どのような判断をするか予測がつきやすい上、直接対話による解決策を探りやすい。
中国企業で、すでにグローバル産業競争に参加しているところの経営者の発言を聞いていると、日米欧企業の知財戦略と遜色ないレベルで知財戦略を策定している。その上、チャレンジャーとしての新鮮さがある。
彼らの戦略目標は外国市場での成功であり、日米欧の先進企業に追いついた上、そこで勝とうとする。そのためより広く柔軟に、使える手法には何にでも関心を持つ。チャレンジャーであるだけに、新しいものに抵抗感が少ない。
対抗する日本企業がもし古典的な知財活動を続けているようであれば、知識と経験は、短時間で逆転されるであろう。
日本政府の知財戦略は、地方企業、中小企業や大学などへの支援と日本国内で審査を早くするという国内制度整備が中心になっている。海外に進出している日本企業の競争力を支援するような競争に直接影響のある施策は、少ない。少ないながらも、特許庁からジェトロの海外拠点への知財専門家の派遣は、日本企業へのサポートとして役に立っている一つである。ただし、一般的には世界で戦う日本企業は、自力で海外の知財活動の経験と知識を蓄積しなければならない。
日本市場で、同じ業界に大中小の多数の企業がひしめきあう産業構造は、過当競争によりほとんど利益が出ない結果になる。そのため、日本のグローバル企業の多くは日本市場を単なるテスト市場として扱い、海外で利益を得るようにビジネスの構成をシフトすることになる。
日本と同様に、欧米でも国が企業の知財戦略に介入するということは基本的にはなく、その意味ではひるがえって日米欧は企業の自由度が高く、成功も失敗も自己責任であると割り切って言えるかもしれない。