(本記事は、久慈直登の著書『経営戦略としての知財』株式会社CCCメディアハウス2019年4月20日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

大企業の本音とベンチャー企業への不満

ベンチャー企業
(画像=Milan Ilic Photographer/Shutterstock.com)

日本ではベンチャービジネスやスタートアップ(以下ベンチャー企業とする)の育成が声高らかに叫ばれているが、これからもっともっと力を入れなければならない。私は日本でベンチャー企業育成に力を入れている関係者や地方自治体の話を聞く機会が多く、その努力は尊敬し、支援したいと思う。

ホンダは2018年12月に、米国のSOSV、フランスの360Capital Partners、フィンランドのJB Nordic Ventures、中国のYunqi Partnersという4カ国のベンチャーキャピタルに出資することを発表した。世界中の技術をウオッチする手がかりを作ったと言える。私はホンダの最初の米国のベンチャーキャピタルの担当だったので、この活動がより広く世界に展開され、より進化していることをとてもいいと思う。

JR東日本では、2018年2月にJR東日本スタートアップ株式会社を設立し、同年11月にはイベントを行い、AIを利用した新幹線の混雑予測や自動改札の手荷物検査装置開発などを採択している。自らがベンチャーキャピタルとなるのは、新しい技術の芽を調べておくためには非常に役に立つ。大企業自身の手によるこのような動きは、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)と呼ばれる。

普通にベンチャーキャピタルと言うときは、他の事業会社や金融機関、機関投資家などからの資金により有望なベンチャー企業に投資し、上場した際の売却益を狙うのがビジネスモデルだが、CVCのほうは自社の成長に役立たせることを目的としている違いがある。CVCをうまく使えば、自社だけでは手が広げられない周辺技術やリスクのある研究開発を取り込むことができる。

福岡市は、日本の経済活性化のためのグローバル創業・雇用創出特区として、ベンチャー企業の支援を熱心に行っている。閉鎖された小学校の校舎をうまく使い、FGN(Fukuoka Growth Next)という名前の看板を掲げている。

各教室がベンチャー企業のオフィスで、そこにベンチャー企業が入り、次々にイベントを開催している。資金調達も年間で37億円以上と非常に活発である。校舎の中にはスタートアップカフェという広い共同利用の部屋があり、補助金や法人税の減税、人材マッチングなど各種のワンストップ開業相談を行っている。スタートアップカフェをのぞいてみると、小グループのミーティングが多数行われており、部屋中にビジネス初期特有の熱っぽい空気を感じる。

今後の日本の産業にとってベンチャー企業支援は、もっともっと力を入れるべき戦略的施策の一つである。

日本企業の技術者数は企業にもよるが、多くは全社員の2、3割の人数で、限られた研究開発予算を使い自社商品の改良開発をしている。今までは企業側で企画し、研究開発をした製品を市場に押しつければそれでよかった。しかし、市場からの声が次第に大きくなり、それに合わせて商品を揃えなければ売れなくなっている。さらに業種の境目が小さくなり、他業種との競合や経済連携協定による関税撤廃が進んでくると、自社技術の周囲に常に目を光らせておかなければ、ある日突然現れた新しい技術に足下をすくわれる事態が起きるかもしれない。目を光らせる有効な手段の一つが、ベンチャー企業を見ておくことである。

2015年の米国のベンチャー企業投資額は7兆1475億円あり、日本のベンチャー企業投資額は1302億円である。投資環境の違う米国と比較してもあまり説得力があるわけではないが、米国のGDPのだいたい4分の1程度が日本なので、それから考えると日本のベンチャー企業投資額は一桁少ない。

日本で不活発な理由は、想像がつく。

大企業にはベンチャー企業との提携を推進する部門もない上、これまでの経験では提携の必要性をあまり感じてこなかった。大企業はベンチャー企業をアイデアだけの存在と思っているところがあり、もし同じアイデアからスタートするなら自社の研究開発部門のほうが、よほど早く開発を進められると思っている。

ベンチャー企業側の事情としては、日本のベンチャーキャピタルは企業育成の経験が少なすぎて、いつまでたってもベンチャー企業を育てきれないところがある。大企業にとって、ビジネスの相手として頼りにならなかったのである。

大企業にとっては、ベンチャー企業にお金をつぎ込んだとしても、その経営に少し影響力を持つだけである。投資額にもよるが、影響力というのは情報を早く知ることができるという程度のことで、ベンチャー企業に対して業務指示や人事の指示は普通しない。まして他社がもっと大きい金額を投資していれば、相対的に自分の発言力は弱まる。したがって、ベンチャー企業の運営を見ていて、歯がゆくても手出しをするには限界がある。

投資がその程度の影響力しかなければ、むしろ投資をせずに秘密保持契約を締結してベンチャー企業と共同研究をするほうがいいという判断もありうる。

共同研究によりベンチャー企業のアイデアや情報を聞き出し、場合によっては秘密保持契約に違反しないように、つまり公知資料を探せばそのアイデアは公知であると言えるのだが、自社で開発を進めるほうが現実によほど早く成果を手にできる、という短絡的な考えもある。大企業は普段から厳しい競争にさらされているために遅いことに我慢できず、早く自分の手で成果を生み出すほうがいいと考えやすい。

ただ、大企業からベンチャー企業に対して、そのアイデアは公知資料があるので秘密性がない、ということをいくら説得しても、ベンチャー企業にしてみれば大企業にアイデアを盗まれたという死活問題になる。ひ弱なベンチャー企業相手に、大企業はそのようなことはマナーとしてしない。そのため、大企業から見れば歯がゆい状況が続く。

ベンチャー企業はともすると、人事の内紛や資金ショートにより挫折することも多い。挫折されると、ベンチャー企業への投資は無駄になる。

その場合、大企業内で担当した者は、投資した金額を取り戻せないという内容の社内稟議書を作り、その金額を損金処理しなければならなくなる。金額が大きいと失敗の理由を書き連ねて経営会議で報告するのだが、数億円つぎ込んだあとで挫折されると、さすがにため息が出るであろう。

経営戦略としての知財
久慈直登(くじ・なおと)
日本知的財産協会専務理事。元本田技研工業知的財産部長。
1952年岩手県久慈市生まれ。学習院大学大学院法学研究科修士課程修了後、本田技研工業株式会社に入社。初代知的財産部長を2001年から11年まで務めた。
11年よりIP*SEVA(日米独の技術移転ネットワーク)ASIA代表、12年より日本知的財産協会専務理事、知財関連の5団体の理事、14年より日本知財学会(IPAJ)副会長を務めている。
著書に『知財スペシャリストが伝授する 喧嘩の作法』(ウェッジ)がある。

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