(本記事は、久慈直登の著書『経営戦略としての知財』株式会社CCCメディアハウス2019年4月20日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

綻びがたくさんできてしまった

破綻
(画像=MIND AND I/Shutterstock.com)

知財制度の基本である特許権や商標権などの制度と、出願や権利化は各国別で自国から他国へ出願するときに優先日を認めるというコンセプトは、150年も前の欧州の産業の状況に合わせて設計された制度であり、現在の産業の状況に適用すると、いたるところで綻びが生じている。

かといって、新しい知財制度を国際ルールで作ろうとしても、自国の産業への有利不利の計算が東西南北で対立してしまうことにより、条約締結はほとんど不可能に近い。少しでも自国の不利益になることには必ず反対する国が現れて、まとまらないのである。

特許権は、自然法則を利用した新規かつ高度な発明に対して、出願から20年間独占権が与えられる。国によっては、自然法則を利用しているという条件をつけずに有用な発明であればいい、という国もある。そうした国では有用でさえあれば特許になるため、アイデアだけのビジネスモデルも特許権の対象となる。

日本の制度は、今も自然法則に頑なに結びつけている。自然=natureは何とも曖昧な言葉で、量子力学の最先端の内容は、ここでの自然法則には当てはまらず、それらはすべて無視して、19世紀までのニュートン力学を自然法則としている。

実用新案または小特許制度は、小発明や物品の形状、構造、組み合わせによる考案について、出願から一定の期間、独占権を与える。これは、特許出願の多くが巨額の研究開発投資の可能な大企業からなされる傾向が強いのに対し、中小企業や町の発明家による発明などの、簡単なアイデアレベルの小規模な発明を保護するためと言われる。

実用新案は実質的な審査をしない国も多く、権利期間は特許権に比較して短期間である。また、この実用新案は、戦後の日本企業がまだ研究開発の力が弱い時期には、ちょっとした改良で権利になるということで重宝された時期がある。その後、大企業は実用新案の不安定さを嫌い、現在ではあまり使われていない。ちょっとした改良に独占権があるとしてしまうのは、今の時代に合わない。誰でも思いつくようなレベルのものは、ある程度のライセンス料を払えば、みなが使えるようにしておくほうがいい。

意匠権は、日本では美感、独自性のある物品の形状、模様、色彩に関するデザインについて、登録になってから20年間独占権が与えられる。商標権は、商品や役務(サービス)に使用するマーク(文字、図形、記号、立体的形状)を保護し、権利期間は登録から10年であるが、希望する限りさらに10年更新することができ、その後も同様である。

意匠権と商標権の選択という問題がある。

意匠権は登録から20年間有効で更新はできないが、市場に定着する企業イメージはデザインによることが大きい。独特のデザインを持つ商品はユーザーから愛着をもって迎えられ、何年経っても同じデザインであることが求められる。スーパーカブのように60年経ってもほとんど同じデザインで販売されるものもあるが、今の意匠制度では全くそれをカバーできない。意匠権が満了した後、他社から同じデザインの商品が市場に投入されるのを防ぐには商標を利用するという手があるが、立体商標の登録はあまりに狭き門である。

著作権は、著作物を保護の対象とするもので、伝統的には小説や論文、絵画、写真、音楽、映画(ビデオ)などが対象であった。そのため、著作権法の日本の行政の管轄はアカデミアと直結する文部科学省になっており、コンピュータプログラムやインターネットビジネスのような産業競争の成果の扱いであっても、文部科学省管轄の下の著作権法にしたがわなければならない。

著作権が意匠権を駆逐する

さて、ここで問題です。

チアリーダーのユニフォームのおしゃれなデザインを思いついたとして、どの権利で保護すればいいでしょうか?

現在の答えは、著作権である。

米国の2017年の判例で、著作権として保護されたのだ。デザインを意匠権で保護しようとして、うっかり意匠出願をすると20年で期限が切れるし、各国に出願しておかなければならない。著作権であれば、わざわざ出願しなくても世界中で権利主張ができ、多くの国で70年保護される。

米国の判例だけではなく、2013年のドイツの判例では誕生日列車という子どもの楽しげな木のおもちゃ、2015年の日本の判例では幼児用のデザインの素敵な椅子が著作権で保護されることになった。このように著作権が芸術文化だけではなく、プロダクトデザイン、つまり製品のデザインを保護し始めているのが最近の世界の傾向である。

そこで、次の問題です。

意匠権と著作権の保護要件は、違うでしょうか?

意匠権は新規性と創作非容易性、つまり公知のものからその分野に詳しい人が簡単には創作できないことが要件であり、著作権は個性があって他と異なるような創作であればいいとされている。ここで書いた表現は解説書の中に書かれているフレーズだが、実質的に考えると、どうやら同じである。

侵害判断の仕方も同じである。

意匠権は、美的観点の全体観察により共通点が差異点を凌駕しているかどうかを判断し、著作権は本質的特徴の一致点があれば、侵害を構成する。こちらも慣用的に使われている表現は違うが、中身は同じである。

製品のデザインは著作権によって保護される以上、保護要件や侵害判断のレベルは意匠権と同じであることが、結果的には合理的である。つまり、著作権のほうが緩やかであれば、もう意匠権などいらないという答えが出てしまう。

世界で意匠出願の多い国は、群を抜いて中国と韓国である。ただし世界の優れたデザインは、中国発や韓国発のものはほとんどないことに気がつかなければならない。

日本の意匠出願件数は、2017年では3万1961件であるが、同年の韓国の意匠出願は6万7374件であり、中国の意匠出願は62万8658件である。韓国は日本の2倍以上、中国は20倍近い出願件数である。

この両国の意匠出願が世界で際立って多い理由は、デザインを真似するのが常態だからであり、世界中のいいデザインを真似て自分の名前で中国や韓国で出願しているのが、いかに多いことか。海外のモーターショーで新車デザインが発表された翌日には、中国でその新車の意匠出願が、中国企業の名前で申請される。それが常態であるため、意匠出願が急増する。

他方で、日米欧の企業は他社のデザインに近づいた商品は、自社ブランドの低下を招くという理由で、お互いにそれを近づかないために防御のための意匠出願をする必要がない。

実際に欧米の自動車会社は、自社の自動車の意匠出願を自国ですらほとんどしていなかった。中国製の模倣車が続々と世に出てきたときに、欧米の自動車会社は手持ちの意匠権がなく、大慌てであった。

ともあれ意匠権と著作権が近づいて、ほとんど同じようになってきたが、それでも自分の権利としてはっきりした形で登録できる意匠権は、たとえ他人のデザインのパクリであっても、自分のものとして宣言できる。権利主張しやすいということでも重宝され、そのような国では出願件数が増えることになる。

デジタル時代の悩ましい著作権

著作権の2018年の法改正では、デジタル時代の権利者の不利益の度合いの分類をし、それぞれに柔軟に解釈できるようにした。

内容としては、著作権侵害の3つの例外を設定する。

まず著作物の本来的利用には該当せず、例えば技術開発のための試験など権利者の利益を通常害さないと評価できる行為類型、次にインターネット情報検索など権利者に及び得る不利益が軽微な行為類型、さらに教育、障害者用、報道など公益的政策実現のために著作物の利用の促進が期待される行為類型の3つである。

ここに至るまでの検討過程では、社会の変化に合わせて違法かどうか判断することを司法に任せる米国型フェアユースを主張する側と、できるだけ法律に定め権利者と実施者のバランスを考えて具体的な文章として表現すべき、とする側との激しいバトルがあった。

成文法を作る大変さは、いろいろな事例を想定して解決できるかどうか、議論を尽くさなければならないことである。

デジタル時代を考えると、著作権には強い光と影が現れる。光としては、デジタルツールによる創作や利用や改変が著しく簡単になり、誰もが著作権を創出し国際的に発信できる。一方、影としては、大量に高品質の海賊版が瞬時に匿名で世界に拡散することである。

バトルは、3つの例外の類型を示すことで、しばらくの間は収まったように見える。収まったかどうかは、みなさんが自分で著作権法を読んでみればいい。

それにしても、日本の著作権法の文章はいくら読んでもわからない、迷宮入りの文章である。

経営戦略としての知財
久慈直登(くじ・なおと)
日本知的財産協会専務理事。元本田技研工業知的財産部長。
1952年岩手県久慈市生まれ。学習院大学大学院法学研究科修士課程修了後、本田技研工業株式会社に入社。初代知的財産部長を2001年から11年まで務めた。
11年よりIP*SEVA(日米独の技術移転ネットワーク)ASIA代表、12年より日本知的財産協会専務理事、知財関連の5団体の理事、14年より日本知財学会(IPAJ)副会長を務めている。
著書に『知財スペシャリストが伝授する 喧嘩の作法』(ウェッジ)がある。

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