(本記事は、久慈直登の著書『経営戦略としての知財』株式会社CCCメディアハウス2019年4月20日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

アップル、グーグルと自動車会社

自動車産業
(画像=metamorworks/Shutterstock.com)

自動車は、ECU(Engine Control Unit:システム電子回路を用いて制御する装置)を約100とソフトウエアを約300使い、それらがセンサーから得る情報を利用して、アクチュエーターを駆動させて動くように構成されている。自動運転では、それが一つのGPU、すなわちグラフィカル・プロセス・ユニットとソフトウエアに置き換わって、統合コントロールされることになる。

自動車のカーナビは、今のところ常時通信により道路の最新情報を得ているわけではなく、入力済みの道路地図によって表示されている。常時通信を行い、最新情報を得るのが目的なら、スマートフォン(スマホ)のほうが優れている。

スマホでカーナビを操作しようと考えているのは、Car Play、Android Auto、Smart Device Linkである。スマホの性能がいくらよくても、アップルやグーグルは自ら自動車を製造しようとは、あまり考えないであろう。

カーナビがスマホに変わる延長線上に、自動運転がある。

目的地に辿り着くための設定をすれば、道路や周囲の景色、交通の最新状況をセンサーで把握しながら、運転者の代わりにGPUとソフトウエアでコントロールする。突然の雪や雨で景色が変わるときに対応できるかどうかは、GPUの性能次第である。

自動車関連の特許出願は、内燃機関などのパワープラントよりも安全性能や車体関連のほうが割合としては多いのだが、その技術領域はアップルやグーグルの勝負領域ではない。もし彼らがその特許網を乗り越えてまで新しく車を作ろうとしたら、どこかの自動車会社を買収することになるだろうが、一社を買収するよりも、多数の自動車会社に自社のソフトウエアを提供する取引方法を選ぶのが、ビジネスとしては現実的である。

アップルもグーグルも自社のソフトウエアはクローズドの領域であり、手放したくない。オープンソースにするなど、もってのほかである。ホンダとグーグル系ウェイモの提携交渉がうまくいかなかった理由は、どちらがそれを取るかのバトルのせいであろう。

自動運転のソフトウエアのAutowareが、名古屋大学発のベンチャーであるティアフォーにより、公開されている。これは無料で使える。ティアフォーは日本だけで活動せずに欧米の企業と提携し、実証実験を繰り返しながら進化させており、もしこれがうまくいってLinuxのオープンソースソフトウエアの市場浸透のようなパターンを辿るならば、この分野で大きな成功を収める可能性がある。

トヨタから、e-Palette Conceptが2018年に公表されている。これは、車両制御インターフェイスを開示し、他社開発の自動運転制御キットを搭載可能にするもので、アマゾンやウーバーなどと提携し、すでに実証実験を進めている。この先は、資本関係のあるマツダ、スバル、スズキ、ダイハツ、日野の日本連合で自動運転の開発を進めるであろう。

ホンダは、GMと完全自動運転のレベル5を目的として2018年10月に提携を発表しており、どちらかというと米国系連合である。

日産はルノー、三菱自動車連合なので、もともとが欧州系連合であるが、関係を継続するかどうかは、ご難続きで先行き不透明である。

日本の自動車会社は数が多いこともあり、日本で固まる必要はあまりなく、それぞれがグローバルに提携して進めるのが、サバイバルとしてはいいように思う。

自動運転の法的責任

レベル4の完全自動運転を想定して、法的責任問題の議論が世界中で始まっている。

これまでの民事損害賠償責任は、過失があることを前提にして組み立てているが、その前提を維持して運転者に責任を押し付けるとしたら、完全自動運転でも、運転者が常に状況を把握し緊急時に対応する義務があるように、構成しなければならない。そこでもし事故が発生した場合に通信障害が証明できれば、通信の基地局や業者の運営の責任を問い、GPUの作動不良やソフトウエアの不具合のときには設計者の責任を問うように構成することになる。

完全自動運転では運転者は不要なので、責任を運転者にというわけにはいかず、責任をソフトウエアの設計者に押し付けることも考えられるが、相当因果関係がどこまであるかは不明である。もし完全自動運転を社会として許容しようというなら、社会全体で損害を補塡することもありうるが、社会全体による補塡とすると交通事故に全く無関係な人々も負担する帰結になる。したがって、このあたりはもう少し議論が進まないと、法的または社会的なコンセンサスまで辿り着かない。もたもたしていると、技術の進化のほうが早い。

自動車ビジネスのキーストーン

今後の自動車ビジネスに、その昔パソコンビジネスで発生したような部品による支配という事態がありうるだろうか。

パソコンビジネスは、1990年代半ばまではIBMなどの完成品メーカーが全体設計、中核部品である半導体、ソフトウエア、販売ルートのすべてをコントロールしていたが、マイクロソフトからウインドウズ、インテルからMPUが出て、この二つ、ウインテルがキーストーンになり、部品による支配に変化した。それからあとは、パソコンメーカーはただの箱を作っているにすぎないと揶揄されるに至る。要するに、ビジネスを獲られたのである。

パソコンで生じた事態は、自動車ビジネスでもありうるかが議論されている。スマホメーカーや材料メーカー、部品メーカーがインテルのように自動車におけるキーストーンになり、全体を支配する可能性はあるのか、である。

その答えとして、可能性はあると思う。

例えば、自動運転ソフトはその一つであり、超高性能バッテリーもそうかもしれない。現在のリチウムバッテリーの航続距離は、エアコンをつけずに走ってせいぜい200キロが限界だが、例えば海中に無尽蔵にあるマグネシウムを使ったバッテリーは、理論的には1000キロを大きく超える性能があると言われる。自動車に必要なパワーがうまく発生しないなど技術的な課題はあるものの、従来技術から格段に違うレベルの技術が生まれるときに、新しいキーストーンになる可能性はありうる。

だが、パソコンビジネスの教訓は広く認識されており、自動車会社のほうが、このキーストーンを手中に収めるための連携や買収を熱心に行っている。日本の経済規模に自動車の占める割合は高いので、日本の大学やベンチャーも、結果への影響が大きいという意味で、ここに参加することはやりがいがある仕事になるはずである。

販売台数が減る

自動車の販売台数が減る可能性は、ライドシェア、カーシェアの進化によるビジネスモデルによる。自動運転のせいではない。

これはデータの利用による新しいビジネスであるライドシェア、カーシェアにより、従来ビジネスである新車を一定期間ごとに購入させるビジネスモデルが、どのように影響を受けるかという問題である。

駐車場で車が待機している時間が多いのは社会的な無駄である、という概念はわかりやすい。日本でも地方都市では車を使う頻度は高いので所有の必要性がまだ高いが、都市部では他の交通機関もあり、ライドシェア、カーシェアが身近で便利になるにつれ、新車を購入しない人はやはり増えるであろう。

これに対して自動車会社が行う作戦の一つは、できるだけ個人の所有にしたい愛着の持てるカスタマイズされた自動車を製造することである。自動車はシェア用のゴルフカートのような使いやすい車と、所有用のお洒落な車の二方向に分かれるかもしない。

私自身は、初代ホンダアコードハッチバックを見て気に入り、内定していた別の会社を辞退し、指導教授にひら謝りして自動車会社に就職したのだが、今でもスタイリングのいい、お洒落な車を持っていたいという思いは強い。

経営戦略としての知財
久慈直登(くじ・なおと)
日本知的財産協会専務理事。元本田技研工業知的財産部長。
1952年岩手県久慈市生まれ。学習院大学大学院法学研究科修士課程修了後、本田技研工業株式会社に入社。初代知的財産部長を2001年から11年まで務めた。
11年よりIP*SEVA(日米独の技術移転ネットワーク)ASIA代表、12年より日本知的財産協会専務理事、知財関連の5団体の理事、14年より日本知財学会(IPAJ)副会長を務めている。
著書に『知財スペシャリストが伝授する 喧嘩の作法』(ウェッジ)がある。

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