三年間はすべて「はい」と答えなさい
新人の頃に求められるのが、素直な心を持つことだ。もっと言うと、三歳ぐらいの子どものような無垢な心であってほしい。
僕が講演などのプロデュースを担当している居酒屋「大庄」の創業者である平博さんは「三歳心」とおっしゃっているのだが、三歳ぐらいが一番無邪気なときで、どんなことでも楽しんで遊んでいる。そして、言われたことを素直にすべて吸収する。そんな素直な心で物事を見られることが求められるのだ。
就職するにあたって父から「入社した三年間は、すべて『はい』と答えろ」と言われた。そんな理不尽な訓(おし)えは、普通なら反発するだろう。「なぜ二年じゃダメなの?」「三年の根拠は?」などと思うかもしれないが、これは理屈ではない。
実際、「三日、三週間、三カ月、三年」というのが、人が何かのミスをしたり、続けるときの壁になったりしている。入社して三日続けば、その後一週間、二週間は続く。三週間近くにまたミスしてしまったり、続ける壁があったりするが、三週間を越えると一カ月、二カ月は続く。そして、三カ月を無事に越えられると、次の壁は三年になる。
どんな仕事であっても、プロとしてその仕事で稼げるようになるための基礎を身につけるのは五年ぐらいかかるので、まずはこの「三年の壁」を越えなければいけない。だから三年は続ける必要があるのだ。
僕の場合、実家は歴史ある家で、親の言うことは絶対と小さな頃から教え込まれていたので、特に理不尽だとか、おかしいと思わず、父の言いつけどおり三年間はすべて「はい」と答えていたものだ。そのおかげで、新しいこともどんどん吸収できたし、多くの人にかわいがってもらえ、今の立場の土台づくりになった。
早く成長したいと思うなら、新人の頃はすべてに「はい」と答え、素直に話や指示、命令を聞くことだ。いろいろな知識や今までの経験から反発があるかもしれないが、とりあえず「やってみろ」と言われたことを素直にやってみてほしい。
僕がそうした教えに対してまったく違和感がなかったのは、料理屋という職人の世界で、料理の世界に入ったばかりの若い人たちへの厳しい教育を見ていたこともあるだろう。
店と家が一緒なので、自分の部屋からリビングやダイニング、風呂場などに行くには、必ず店を通って行かなければいけない。そのため、毎日毎日、若い料理人が叱られ、怒鳴られ、口答えは一切許されず、ただ黙々と鍋洗いなど基礎的なことをやらされていたのを見ていたのだ。これが「当たり前」だと思っていた。
料理の世界でも仕事をする基準に「五年」という一つの区切りがある。五年勤めることができたら、「その店は卒業」ということで、あえて他の店に行かせるのだ。
たとえば、寿司屋とか割烹に行かせたり、地域を変えたり、和食でも違うジャンルのところに行かせるようにする。そして、他の店で五年は勤めてもらうのだ。そうやって、料理人としての幅を広げてもらう。
その後、うちの店に帰って来たいという人は戻ってきてもらう。そこからはもう永久就職という扱いだ。そういうわけで、日本料理の職人はうちの店とよその店、併せて一〇年の修業でようやくスタートラインに立つことになるのだ。
中学卒の一五歳や高校卒の一八歳の若い人が店に修業で入ってきたときに、やはり自分と同じように、言われたことに対して一切口答えせず、疑問を持たず「はい」と全部聞きなさいと教えられていた。
鍋洗いや野菜の皮むきなど、どれだけ雑用だと思うことでも、とにかく言われたことを「はい」と言ってきちんとやる。たとえば、野菜や魚を洗っているだけでも、何度も食材に触れていくことで、肌感がわかってくるし、食材そのものについての理解も深まってくる。逆にこの時期にしっかりと食材に触れておかないと、大きな成長は望めない。
言われたことを「はい」と答えてきちんとやっていた人が、最後はみんな立派な料理人になっていくのを何度も見てきた。だからとにかく「はい」と答えてやることに、疑問を持たなかったのだ。
残念ながら、五年が我慢できず店を途中で辞めてしまった人は、料理人を辞めていたり、飲食に携わっていても、居酒屋チェーンの厨房に立っていたりする。酷なようだが、一度道からそれてしまうと、もう一流の料理人にはなれないのだ。
この差はどこからくるのか。やはり仕事に対して我慢を重ね、言われたことは有無を言わずにとにかくやり抜く一定の期間が必要なのだ。雑用といった仕事をやっている時期に、どれだけ素直に教えに従って働くことができるかが問われているのである。
社会人になって基礎を築く最初の三年間を、「つまらない」「面倒だ」「なんでこんなことをしなければいけないのか?」と思って過ごしているようでは、仕事の楽しさを理解できる日は来ないだろう。そしてこの先いくら仕事を続けても、一流と呼ばれるレベルに達することも、まずないのである。
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