いまなぜか再ブレーク~進化するケンタッキー
去年11月、東京・町田市にオープンした都内最大のアウトレットモール「南町田グランベリーパーク」。人気の店が200店舗近く入っているが、その中に、開店前から200人以上が列を作る店がある。
平日ランチタイム(80分間)大人2178円、小学生1078円で50種類の料理が好きなだけ味わえるビュッフェスタイルのレストラン。だが、ほとんどの客のお目当てはフライドチキンだ。ケンタッキーフライドチキンが関東に初めて作った食べ放題の店。たくさん食べる時に嬉しい、チキンを浸して味を変える特製スープカレーなどもある。
ケンタッキーは今、新しい業態の店を続々と開発している。例えば、東京・北区のKFCビーンズ赤羽店は、フライドチキンを肴にお酒が飲めるバル・スタイルの店舗。「飲めるケンタッキー」を売りにして、チキンと相性のいいお酒を15種類取りそろえた。チキンたっぷりの「ご馳走サラダボウル」(830円)などメニューも豊富で、会社帰りの「チョイ飲み」でも使われ始めている。
一方、東京・台東区のKFC御徒町南口店には、全国でも11店舗にしかない幻のメニューがあると言う。「ケンタ丼」(700円)だ。
全国で1132店舗を展開するケンタッキー。その生みの親はカーネル・サンダース。最初はガソリンスタンドの食堂から始め、一人で工夫を重ねて9年がかりでフライドチキンを作り出した。
そのケンタッキーが日本に上陸したのは1970年。大阪万博のアメリカ館の中で販売されて大評判となり、その年のうちに日本1号店を名古屋にオープン。それからちょうど50年。カーネルが生み出した味「オリジナルチキン」は日本中に広がり、老若男女に愛されるようになった。
食べた人が口をそろえて言う「癖になるおいしさ」には秘密がある。ファストフードは仕込みをセントラルキッチンで行うのが常識だが、ケンタッキーのオリジナルチキンは、それぞれの店で全工程を店内調理している。
前もってセントラルキッチンで下ごしらえをすると、それだけで肉の鮮度が落ちてしまう。だから使う分だけその都度、直前に仕込むスタイルを守り続けている。
味の決め手が衣となる粉。カーネルの苦心作で、中には11種類のスパイスが入っている。その中身と配合は、世界でも数人しか知らないトップシークレットとなっている。
ただし、この粉が手に入ったとしても同じ味にはならない。全ての工程でカーネル流の細かいこだわりを守って初めてあの味になると言う。
例えば、余分についた粉を肉から落とす時は、まず1回上下に振り、その後で1回叩くのだが、よく見ると、叩く時は肉同士がぶつからないように手首だけを当てている。味の特徴であるスパイスを落としすぎないよう、こんな細かなことまで決めて作っている。
肉を揚げるのに使うのは、ケンタッキーフライドチキン専用に開発された圧力鍋。秒単位で油の温度を変えながら、およそ15分で揚げている。80年も前にカーネルが生み出したスパイスの配合と調理法を厳密に守ることで、「癖になる味」は今に受け継がれた。
食べ放題&激安ランチでクリスマス依存を脱却
実はここ数年、ケンタッキーの売り上げは伸び悩み、苦戦が続いていた。しかし2年前を境に逆襲が始まった。
ケンタッキーのファンイベント。お客さんの本音を聞き出すため、4年前から行っている交流会だ。そこで客に「普段から店に来てもらえるように工夫しているがどうすればいい?」などと質問をしていたのが、日本ケンタッキーフライドチキン社長、近藤正樹(65)だ。
「実際にお客さんがどういう形で食べて、どういう印象を持つのか目に見えない。できるだけこういう機会にお客さんの生の声をお聞きしたい」(近藤)
客や現場の声に向き合うのが近藤のやり方。「食べ放題」や「バル・スタイル」といった新業態の店舗も、客の声を聞いて作ったのだ。
12月24日、ケンタッキーにとって勝負の日だ。CMでもおなじみ、いつからか日本のクリスマスはケンタッキーになった。今年度もクリスマス期間(12月20~25日)の売り上げは71億円に上った。しかし近藤は「クリスマスのイメージがちょっと強すぎる。ありがたいことではありますが、ふだんのちょっとした時に買われる方が少なかった」と言う。
そこで「クリスマスのケンタッキー」から抜け出すCMを開始。「今日、ケンタッキーにしない?」をキャッチコピーに、「普通の日にもケンタッキーを」と打ち出した。
さらに、「ちょっと高い」というイメージを払拭し、気軽に来てもらおうと、500円のランチセットを始めた。すると、それまでは暇だった昼時の客数は約20%アップした。
その一方で去年11月には、東京・新宿区のイトーヨーカドー食品館 新宿富久店の中に持ち帰りの専門店を作った。店舗の面積は通常の3分の1ほど。調理スペースも狭いが、メインメニューを定番の3種類だけに絞って対応している。出店のハードルが低く、今後は駅構内などへの進出ももくろんでいる。
こうしたさまざまな取り組みで、近藤は来客数を10%アップさせた。
ハンバーガーで新規客を~ケンタッキーが大失敗
近藤の社長就任は2014年。親会社である三菱商事出身の門外漢に、業績が悪化していたケンタッキーの再生が託された。
その就任会見の席で近藤は、ケンタッキーを誰もが認めるチキンのトップブランドにすると、経済記者たちの前で宣言した。しかし、社長になって8カ月後、近藤が世に送り出した商品は、牛と豚の合いびき肉のハンバーグだった。
「新しいメッセージが必要だと。ケンタッキーはいろいろやっている、おいしいものは何でも作れる。そういうイメージができれはいいかなと思ったのです」
ハンバーグは目新しさから客が飛び付いたが、それも最初だけだった。その後も、焼きチーズのハンバーガーやサーモンフライなど、チキン以外の商品を続々と投入。だが、どれもこれも売り上げは伸びなかった。
さらに、新商品の相次ぐ導入で現場は大混乱に陥った。
「お店としては、ハンバーグサンドは作るのが大変な商品だったんです。だからプラスの意見はなかった」(直営営業部地区長・篠田圭介)
それは社内の対立まで生んでしまう。
「新商品が出た時、開発スタッフは『想定通りに作らないから売れないんだ』と、現場は『おいしくないから、企画がダメだから売れないだ』と。これでは責任のなすり合いじゃないですか」(直営営業部地区長<当時>・福井健太郎)
迷走する近藤のケンタッキー。業績はズルズルと悪化していく。客数は前年より大きくマイナスの月ばかり。深刻な客離れが起こっていた。
「新商品を出してもあまり反応がなかった。焦りはありましたね」(近藤)
近藤は対策を打つために現場の声を聞いて回ったが、みんな考えていることはバラバラで、コンビニやマクドナルドなど、人気のあるライバルを気にしてばかり。客が求めているものが分からなくなり、進むべき道を見失ってしまった。
そして2017年のクリスマス。ケンタッキーにとって一番の稼ぎ時だが、そこで利用したお客から最悪の声が届く。「まずい」「固い」と絶対の自信を持っていた看板商品、オリジナルチキンにクレームが相次いだのだ。
「原点回帰」で大復活~失敗社長の逆転劇
業績は悪化し続け、2017年度の売り上げは、社長就任以来、最低まで落ち込んだ。ここで近藤は、ある決断を下す。
「やはりこれは思い切った施策を打たないとまずい。もう一度原点回帰をして、カーネル・サンダースの思いに戻ろうと」(近藤)
自分たちの最大の強みであるオリジナルチキンのおいしさで勝負する。「原点回帰」の戦略を選んだのだ。早速、カーネルから受け継いだ調理法の徹底に動いた。
この日、人財開発・サポート部の羽鳥裕昭は、さいたま市のKFCイオンモール浦和美園店を訪れた。羽鳥は社内に二人しかいない「オリジナルチキンのマイスター」という資格を持つ。全国の店舗を回り、正しい調理法の再教育に取り組んでいる。誤った調理法の店舗を見つけては地道に改善している。指導を受けたパート従業員の池田美香は「手の入る位置が違うだけで、出来上がりの味が違うと聞いて、衝撃でした」と言う。
同時に始めたのが「500円ランチ」のキャンペーン。客を見事に呼び戻したが、実はもう一つ狙いがあった。
近藤の本当の狙いは、オリジナルチキンが次から次へと運ばれ、客の元に届けられるようにすること。回転率が上がれば、多くの客が出来たてのチキンのおいしさを体験できる。それこそがオリジナルチキンを打ち出す原点回帰の戦略になると考えたのだ。
実際、客の評価は「おいしくなった気がする」と、大きく変わってきている。
年末年始の売り上げも絶好調。就任からおよそ6年。自らの失敗で窮地も招いたが、近藤は見事、ケンタッキーを復活させた。
「時には奇をてらったこともしてきましたが、そうではなく、お客様がケンタッキーに何を求めているかを認識し、それを磨き上げることが重要だと改めて感じました」(近藤)
ライバル店が続々オープン~激化するチキン戦争
復活を果たしたケンタッキー。しかし今、新たなチキン戦争が始まっている。
例えば、3カ月前に神奈川・相模原市にオープンした「から好し」西橋本店。運営にあたるのは「すかいらーく」だ。
客を呼び寄せているのは、特製の醤油ダレ風味の唐揚げ。ご飯と味噌汁がセットになった「から好し定食」が649円で味わえる。この唐揚げチェーン店はただ今出店攻勢中。約2年で70店舗にまで拡大した。
とんかつの「かつや」も唐揚げ専門店の出店を加速。居酒屋の「ワタミ」も唐揚げ戦争に参戦してきた。
一方、コンビニの「ローソン」は揚げたての唐揚げが味わえるマシーンを開発。「唐揚げが儲かる」と。業種を超えてチキン戦争が激化しているのだ。
ケンタッキーもライバル達と差別化を図る店舗を作った。大阪・東大阪市のKFC長田中央大通店。売り場の隣は調理が丸見えのオープンキッチンになっている。カーネルから受け継いだライバルにはまねのできない調理法。そのこだわりを多くの人に見てもらいアピールする店舗だ。
「こうやって手間暇かけて作っているのを見ると、おいしい理由がわかる」と、客の評判も上々だ。こんなやり方で、ケンタッキーはチキン戦争を生き抜こうとしている。
~村上龍の編集後記~
なじみ深いので改めて気づく人は少ないだろうが、ケンタッキーフライドチキンは、2つの点で特別だ。店頭に創業者の等身大の像がある。そんな店は他にない。そしてメニューが、ほぼチキンに限られる。
カーネル・サンダースは、ケンタッキー州知事からカーネルという名誉称号を得た。全世界にビジネスを展開したが「アメリカ南部の家庭料理」からぶれることがなかった。
近藤氏は「原点回帰」を打ち出した。カーネルおじさんのホスピタリティを取り戻す。どの国のものだろうが、おいしい家庭料理は、決して飽きることがない。
<出演者略歴>
近藤正樹(こんどう・まさき)1955年、兵庫県生まれ。1978年、早稲田大学卒業後、三菱商事入社。1985年、コロンビア三菱商事に出向。2008年、ブラジル三菱商事社長就任。2010年、三菱商事理事に就任。2014年、日本ケンタッキー・フライド・チキン社長に就任。
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