本記事は、美濃部哲也氏の著書『仕事の研究』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています

ゴールイメージは映画のスローモーション

映像
(画像=razihusin/PIXTA)

「ゴールから逆算して仕事をする」ということは、優秀なビジネスパーソンのほとんどがやっていることだと思います。多くの場合、タスクを管理したり、プロセスや進行スケジュールをマネジメントする際に重要視されています。手前から進めていくのではなく、ゴールから逆算して段取りを組み立てていくことが大切です。仕事を成功させるコツを表現する際に「段取り8割」ということが言われることもあります。私は8割とは思いませんが、とても大切だと思います。

「良い仕事は人の心を動かすアウトプットである。」そう考えている私の場合は、ゴールとはゴールイメージのことです。ゴールイメージとは何か? それは簡単に言えば「理想の姿」ということになりますが、この表現でとどまると表面的な理解に周囲も自分自身もなってしまうことが多々あります。

では何かというと、ゴールイメージとは、「映画のスローモーションのワンシーン」です。たとえば、商品やサービスをつくり届けるような仕事の時は、一番理想的なお客様がその商品やサービスを利用している時に、どのような表情をしていて、どのようなことを感じていて、どのようなことを言っているのかというのがスローモーションの映像になっている状態です。それがゴールイメージです。

実は、私がクリエイティブのアウトプットを創っていく際は、この思考回路でクリエイティブディレクター(CD)と話し込むことをしているのです。スローモーションのワンシーンのゴールイメージが生まれるためのキャッチコピーやメッセージは何か? それに必要なビジュアルは何か? という感じで話し合っていきます。そもそもこのスローモーションのワンシーンに出てくる人(私は「世界で一番大切な、たったひとり」と呼んでいます)が誰なのか? ということが外れていては元も子もないのですが、そこはマーケッターやブランディングディレクターとしての腕の見せ所になるわけです。

クリエイティブを創る際に、CDを中心とするクリエイティブチームが思い切りクリエイティブジャンプができると人の心が動く感動的なものが生まれます。クリエイティブジャンプをする際のロケットの発射台の打ち出し角度が1ミリもずれていないことがとても大切です。少しでもずれていると優秀なクリエイティブスタッフほど大きくジャンプすることができるので、そのずれ幅も大きくなります。ゴールイメージが具体的であればあるほど、打ち出し角度はずれにくくなります。

優れたCDと仕事をする際は、どのようなクリエイティブをつくるのか? ということに関してはあまり言及しないほうが良い場合がほとんどです。表現はCDに任せることが大切です。むしろ、具体的なゴールイメージのスローモーションの中に誰がいて、どのような表情で、どのような気持ちになっているのか? なぜその人の心が動かされるのか? そもそもその人はどうしたいのか? などを話し込むことが、マーケッターやブランディングディレクターの役割です。

Tabioという「靴下屋」という靴下専門店を全国展開している会社でマーケティングとブランディングの仕事をしていた時のことです。「父の日のギフトに靴下を贈りましょう」というキャンペーンを展開しました。その際は、「ひこうき」をやっているお父さんの足と小さな娘さんのビジュアルとともに、「空を飛ばせてくれたお父さんの足へ。父の日に靴下を贈ろう。」というキャンペーンを展開しました。

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(画像=『仕事の研究』より)

その際にCD兼コピーライターの武藤雄一さんと話した「映画のワンシーンのスローモーション」は、こんな感じでした。長野県で生まれ育ち県立高校を卒業して東京の私立大学に入り社会人になった女性。彼女が職場で出会った先輩と結婚することになり、結婚式で「お父さん、お母さん、私を生んでくれてありがとう。27年間育ててくれてありがとう」という手紙を読み、30歳になった年に初めての子供(娘さん)が生まれ3歳になった。

その彼女が長野に住むお父さんに父の日に何かプレゼントを贈ろうかな。食べ物でもいいけど、お酒かな、でも好みがわからないな。洋服かな? でもサイズも好みもわからないな。どうしよう? と思っている。その彼女が靴下屋の父の日のキャンペーンを見た瞬間に、お父さんに対する感謝の気持ちが人生史上一番高まるぐらいの気持ちになって、お父さんが自分に抱いていた愛情を思いだして、お父さんと一緒に過ごした時間や思い出が走馬灯のように駆け巡り、お父さんに長生きしてほしいという気持ちが高まって、「靴下屋に週末に行こう!」と思うような表現を考えましょう。

このような感じの会話でした。そのためのクリエイティブを一緒に考えていき、前述したアウトプットに至ったわけです。メンズソックスが驚くほど売れ、これをきっかけにその先もメンズの売れ行きが上がっていきました。ほとんどの日本人があたりまえのように履いている靴下。特別なものでも華のあるようなものでもない靴下が、心を豊かにすることや、親子の絆を確かめ合う機会をつくることさえできるのです。

仕事の法則
映像化されたゴールイメージから逆算してシナリオを創る

神は細部に宿る

仕事において理想を追求していると、この言葉が自分の中でも大切なものになっていきました。「細部が見えてくれば見えてくるほど、何をどのようにしていけば、理想のゴールの近づくことができるのか? これが見えるようになる」ということを実感します。理想は、遠くにあったり、見えないものの先にあったり、うっすらと見えているけれど、はっきりとは見えていなかったり、です。細部まで見えてイメージの解像度が上がっていくと、物事が進めやすくなったり、大きな判断をする際も、勇気が湧きやすくなります。

「ゴールイメージは映画のスローモーション」であり、(仕事の法則33 映像化されたゴールイメージから逆算してシナリオを創る)ということで、仕事の成功確率が上がっていきます。
「ゴールイメージが細部まで見えている状態」
「そのプロセスにおいて、どのような動きやアウトプットが必要になってくるのかが見えている状態」
「理想のゴールイメージが生まれるようなアプトプットを創るためには、たとえば、○○さんのようなスペシャリストが必要だということが見えている状態」
このように、細部が見えていれば、ビジネスプロデュースやブランディングの仕事においてリーダーとしての機能を果たすこともできます。

今まで私自身が30年にわたって最前線に身を置きながら仕事をしている中で見てきた、本当の意味で優秀な人たちは皆さん細部まで見えている人たちでした。留意しておくと良いことがあります。それは、「物事は大所高所に立って見て考える」「長期的な視点で考える」「目的は何かという視点を考える」ということが声高々に言われることがありますが、その際、「考える」という言葉の前に「細部まで」という言葉を付けて解釈することです。すると、「大所高所」「長期的」「目的」という言葉がミスリードを招き、抽象的なことを考えたり議論することに止まってしまう罠に陥らなくて済みます。

抽象的なことに止まると、「……で?」となり、具体的なアクションに結びつきにくくなります。場合によっては、結論の先送りになってしまうこともあります。本質を追究していく時に行う「WHY?」の繰り返しと理想を追求していく時の「SO WHAT?」の繰り返しも、俯瞰して大きく長期に見ながら、同時に、細部まで視てそこにある人の喜怒哀楽を想像すると、本質も理想も具体的なイメージとして見えてくるようになります。

「センスとは『具体と抽象の往復運動』」であると一橋大学ビジネススクール教授の楠木建氏が著書の中で言っています。具体と抽象を紐付けながら行き来しながら「WHY?」で本質を追究していき、同じく、具体と抽象を紐付けながら行き来しながら「SO WHAT?」で理想のゴールをイメージしていくのです。

先日、創業経営者2名と私の3人で、「スマートシティー」の件で打合せをしました。打ち合わせをする前は、経営者同士だから大きな話や考え方の話で合意形成が生まれるのかな、と思っていました。ですが、その予想は打ち合わせが始まって2分も経たないうちに覆されました。国の方針や外国のある国の政府の方針といったような大きな話から、オペレーション時に発生するような細部の話が飛び交うわけです。

「実証実験をするのだったら、○○○県の○○市の○○さんに話をするのがいい」「ドローンを活用するのであれば、○○○空港の○○さんに相談してみよう」「○○○社の○○さんにも相談して協力していただきましょう」「必要な土地は、50メートル四方あれば問題ない」とか、とにかく具体的で、2人の頭の中には映像が浮かんでいるわけです。その国の方針やその国でのスマートシティーの話から○○○県での実証実験のオペレーションや充電スタンドの数の話まで、とても具体的です。

細部へのこだわりをもって物事を進められるということは、ゴールイメージが具体的に見えている、つまり、これからの展開が具体的に見えていることの証でもあります。建築家、料理人、華道家。一流のひとたちは、それぞれの最終的なゴールイメージかはっきりとみえているゆえの逆算で考えています。だからこそ、作品を創り上げていく際に細部までこだわることができます。

また、理想的なゴールイメージが細部まで見えていると、そこへの行き方が想像できますし、そこに行きたい、いけるかも、という気持ちも高まっていきます。人種差別撤廃運動を率いたマーティン・ルーサー・キング牧師が1963年8月28日にワシントンで行われた演説の中にある有名なフレーズ「I have a dream that one day……」の中で語られることも、ものすごく細部にわたる具体的な未来像の描写がされています。

その演説がワシントンに集まった25万人の人たちの心を動かし、その運動は全米に波及していくことになります。本質を考える時にも、理想をイメージする時も、そして、大切なことを誰かに伝える時も、掲げる理想の実現に向けて多くの人に賛同してもらう時も、細部へのこだわりを大切にすることで、結果がついてきます。

仕事の法則
細部まで見えていれば、思い切りいける

仕事の研究
美濃部哲也(みのべ・てつや)
(株)エムアンドアイ 代表取締役/XTech(株)パートナー。1993年電通入社。2000年より(株)サイバーエージェント常務取締役、(株)テイクアンドギヴ・ニーズ取締役、タビオ(株)執行役員、(株)ストライプインターナショナル執行役員、(株)ベクトル執行役員、ソウルドアウト(株)取締役CMOなどを歴任。テイクアンドギヴ・ニーズ社では売上高53億円から464億円までの急成長期を取締役営業統括本部長として牽引。タビオ社では靴下屋のリブランディングによって、出店加速と同社の顧客基盤を強化。ストライプインターナショナル社ではKOE事業を立ち上げ。ソウルドアウト社のコーポレートブランディング遂行、デジタルホールディングス社のコーポレートブランディング遂行、PR TIMES社のミッション策定など、経営と事業とブランディングに一本の筋を通すことで会社の成長に伴走。現在は、事業主側の経営視点で、アドバイザリー業務、マーケティング・ブランディングのアドバイザリー業務、ブランディング活動のプロデュースを行う。経営とマーケティングを繋ぎ、経営の情報参謀機能を果たし、ステークホルダーとの間に共感と共創関係が生まれるブランディングを創造。事業会社で、カンヌライオンズ、スパイクス・アジア、ACC、広告電通賞など、受賞多数。

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