本記事は、美濃部哲也氏の著書『仕事の研究』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています
戦略とは捨てること。略して戦うこと
27歳の頃、電通で仕事をしていた私は、念願だったマーケティング部門に異動が叶い、そこで仕事を始めました。その時の上司が、「戦略とは捨てることなんだよね」ということを何かの機会に教えてくれました。「捨てることを決める」「捨てる人を決める」ということだというのが戦略だということです。選ぶためには捨てる。そんな考え方です。
「選択と集中」という言葉が経営戦略の議論の際によく使われます。それと同じような意味なのですが、捨てることを決めなければ選択ができません。「選択と集中」と聞くと、ちょっと大変そうですが、「捨てることをどんどん決めていきましょう」と聞くと、少し楽な気持ちになります。また、ターゲット論の中でも、「リードターゲットを決める」と聞くと、ちょっと大変な感じがしますが、「万人を相手にしなくていいので、相手にしない人をどんどん決めていきましょう」と聞くと、同じく楽な気持ちになります。
「戦略」という言葉自体、「略して戦う」と書きますから、優れた戦略はシンプルなものだということです。「筋がいい」戦略とは、ゴールイメージから左脳と右脳の両方を使って逆算して作られたシンプルでわかりやすいストーリーがある戦略ということです。たとえば、マーケティング・コミュニケーション戦略もシンプルな筋をストーリーとして組み立てていきます。それは、ゴールイメージが具体的な映像になっていて、そこにたどり着くための起承転結が一本の筋になっている内容です。そのようなシンプルな一本の筋になっている戦略を採ること、理想のゴールにたどり着きやすいのです。
「世界で一番大切な、たったひとり」は、この「戦略とは捨てること」という考え方から生まれています。多くの人の心を動かしたければ、「たったひとりの心(本能や感情)に突き刺さっていく」ことをしていくことが大切です。その人の心を射抜いて、その他多くの人たちの心も動いていく「共感の連鎖」を生み出す構造をつくっていくわけです。
この「世界で一番大切な、たったひとり」を決めていく際は、一次情報のインプット量が重要です。特に、観察による一次情報の種類の多さと量が大切です。それがまだ蓄積されていないうちは、その人を選ぶことができなくても、「そうではない人」を選ぶこと、つまり、選ばない人を決めること(=捨てること)はできます。なので、可能な限り捨てていくのです。「迷ったら捨てる」もしくは「51%違うと思ったら切り捨てる」ぐらいの感覚で捨てていきます。そうして残っていった人が「世界で一番大切な、たったひとり」に近い人であることが多々あります。
事業戦略をつくる時は、いろいろと考えてしまうのですが、2段階の「捨てること」を実践します。
まずは、迷いを振り払う感じで、「カスタマー」を最優先して、他のステークホルダーのことを一度忘れます。
その次に、「カスタマーになっていただきたい人」を、「ひとりだけ」決めます。
これが「世界で一番大切な、たったひとり」です。顧客が抱えている課題を解決していくことがマーケティングだということが一般的に言われます。それは既存市場でシェアの奪い合いをする場合の話です。一方で新しい市場をつくる際は、多くの場合、「顧客が抱えている課題」というのが顕在化していません。ですので、顧客の心の内にある言葉にはなっていないニーズ」を「インサイト」を通じて洞察していく必要があります。
「顧客」のことを考える際に、お客様になっていただきたい人たち全員のことを考えると、十中八九、潜在的ニーズを喚起するような切れ味の良い戦略は見出せません。戦略を考える時には、顧客は「たったひとり」に絞りきることが肝要です。そこから生まれたインサイトから、打ち手を打って、共感が連鎖することによって、多くの顧客が生まれていくのです。
ソウルドアウト社の「中小・ベンチャー企業が咲き誇る国へ」というタイトルから始まるミッションステートメントは、会社の経営戦略自体の軸になっています。このステートメントが生まれる時に想定した「たったひとり」は、「自社の強みを生かした社会的意義のある事業を通じて2年間で3倍程度の成長をしていきたいと考え、日々奮闘している創業オーナー社長」という設定をしていました。
その社長の不断の営みに伴走していくスタイルでデジタル支援をしていく会社がソウルドアウト社ですというスタンスを明確に打ち出しながら、日本全国の中小・ベンチャー企業の皆さんと共に覚悟して共に挑みながら、日本を豊かにしていきたいという意志を表示しています。
仕事の法則 「捨てること」を辞さず「たったひとり」決め、起点にする
これからのマーケティング活動の目的
今とこれからの時代、マーケティング活動において「売上を上げる」「お客様を増やす」ということは「目的」ではなく「結果」だという捉え方をした方が、最終的には売り上げとお客様が増えていくように思います。マーケティング活動はどのようなことを目的とすべきか? それは、「商品・サービスの本質的な価値と人の人生との関係の間に意味をつくる」ということだと考えています。
どんな機能的な商品であっても、「使ってもらいたい人の生活や人生や生き方との関係性を直観的に感じてもらえるようにしていくこと」が大切です。「人の生活にとっての意味」が生まれるようなマーケティング活動を通じて生まれるさまざまなアウトプットが「気づき」「発見」「ときめき」を生み出していきます。
今までのWEBマーケティングで展開される広告は、ダイレクトメール(DM)のような必要性も欲求も顕在化している「顕在層」をどう取り込んでいくか? ということに止まり、市場創造型ではなくシェアの奪い合いになっているところに限界を感じます。インターネットがこれだけ人の生活の中に溶け込んでいるわけですから、WEBマーケティングの概念が変わっていくことで、「人の人生を豊かにしていく気づきや発見」が増えていく、つまり、何かとの新しい偶発的な出会いが生まれる機会が増えていくことを、私自身の生活者の一人として願っていますし、そう信じています。
「変革をする」「創造をする」ことを経営や事業でしていく際には、「すでに起こった未来」に照準をあわせていくということがとても重要です。「すでに起こった未来」では、「人生」と「仕事」が共存していくライフスタイルになっていきます。物質的な欲求がある程度満たされている中で、すべての商品やサービスは、その「暮らしにとっての意味」、つまり、「暮らし、人生、仕事、生き様との関係性をどうしていきたいのか?」というスタンスが問われています。
そして、そもそも、「誰」の「暮らし、人生、仕事、生き様との関係性」なのかということが起点になります。「世界で一番大切な、たったひとり」が重要です。その「たったひとり」の「まだ言葉になっていない欲求」つまり「インサイト」を「一次情報」から見出していかなければなりません。
このように書くと、なんだか難しく聞こえてしまうかもしれませんが、要は、「ヒューマニティーに対するリスペクトを忘れてはならない」ということなのです。頭じゃなくてハートなのです。
人が意思決定をする際には、言語を理解することができない部分の大脳辺縁系が指令を出しています。理性から生まれるすべてのロジカルな情報(数字、ロジック、言語)は、感情脳の参考情報にしかなっていないのです。「理屈じゃないんだよね……」という局面は、読者の方々の人生の中で、何度か(もしくは何度も)かもしれません。誰かが誰かを好きになる時。海で溺れそうになった子供を助けようとする時。1年ぶりに留学先の遠く離れた地から帰ってきた娘に再会した時。旅先で知らない人に親切にしてもらった時。
そこに流れるのは、喜怒哀楽の感情で、理性は姿をすっかり消しています。人が行動する時や大きな意思決定をする時は、直観が優先されます。私は、いつも「しょせん、人間だから。しょせん、日本人だから。」ということを前提にしています。「人間性に対するリスペクト」と「言葉と言葉の間を読み取るような文化のある感受性の高い日本人に対するリスペクト」を大切にしています。
少し話題を拡張しますが、WEBマーケティングは、ロジカルにやりすぎているところに、自らの可能性に限界を設けてしまっているように思います。テクノロジーでできることを最優先した結果、見たくないような広告に追いかけられたり、同じ類の不快になるような広告が何度も登場したりという状況が今です。そんなことよりも、ちゃんと見てくれた人の心が動かされ、共感が生まれ、誰かに言いたくなる。記憶に残る。そうすれば、拡散されていきますし、近いうちに、指名検索をして、また戻ってきてくれます。心で感じ取ったことの記憶は残ります。そのことに対するリスペクトがある企業や商品・サービスがお客様を創り、ファンを創っていきます。
最後に、「商品と生き様との関係性」の中に「意味」を創っている事例を一つご紹介します。CREOというコンタクトレンズです。この商品は、一流ブランドの商品に劣らない機能性を備えながらも価格を抑えて市場で展開されています。その商品が生まれた背景には、「目にやさしいコンタクトレンズを誰でもが使えるように」という会社の強くやさしい想いがあります。「今とこれからを、どんなことがあっても、やさしく強く生きていく人」の人生を支えていきたいという意志が込められています。「世界で一番大切な、たったひとり」の生き様とCREOのそれが重なり合っていきます。そのような世界観を商品とコミュニケーションで生み出しています。
仕事の法則 商品・サービスと、暮らしや生き様との関係性の中に意味を創る
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