「いらっしゃいませ! お、ユーノス ロードスターですね」
「時々お散歩に連れてあげないと機嫌を損ねるんでね。レギュラー満タンで」
「はい。レギュラー満タン入ります!」
夫のGSに併設するカフェで、本稿を執筆していたときのことである。彼の声に振り返ると、クラシックレッドのオープンカーが停車していた。春の日差しを浴びた艶やかなネイルのような赤ーーこの色は経年劣化で変色しやすいのだが、手入れの行き届いたその一台は古さを感じさせない。オーナーの愛情がたっぷり注がれた大切な一台なのだろう。古いクルマも良いものだと思う。
累計生産台数が100万台を突破
ユーノス ロードスターが誕生したのは1989年。宇品第一工場で初代モデルの生産開始から27年になる。2代目のフルモデルチェンジで「マツダ ロードスター」に名称を変更し、現在の最新モデルで4代目となる。
ロードスターは海外での人気も高く、これまで200を超える賞を受賞し、先月には累計生産台数で100万台を突破した。2000年に樹立した「2人乗り小型オープンスポーツカー」の生産累計世界一のギネス記録は、現在も更新中だ。
「ライトウェイトスポーツカー」というニッチな市場で、日本はもちろんのこと世界でこれほど長きにわたって愛され続けるクルマは類を見ない。しかし、ロードスターがもたらした最大の功績は、一度は消滅しかけたこのニッチな市場を蘇らせたことにある。
英国を源流とするライトウェイトスポーツカー
英国では1950年代からライトウエイトスポーツカーが次々と開発され、ブームを巻き起こした。有名どころではケーターハム、オースティンヒーレー スプライト、MGA、MGB、ロータス エランなどがある。ちなみに、ライトウェイトスポーツカーに明確な定義はないが、車重1トン前後で2L以下のN/Aエンジンを搭載し、コーナリング性能をはじめとする機敏な走りを重視したクルマを指すことが多い。
その時代、日本では1950年代半ばから高度経済成長期に入り、通産省が掲げた国民車構想のもと、スバル360を皮切りにモータリゼーションの黎明期を迎える。1960年代には、10年間で400万台の増加を遂げ、「一家に一台」と呼ばれるほどにまで普及する。ただ、その多くは大衆車であり、ホンダS360などのオープンカーも登場するものの、一過性のブームで姿を消すことになる。
一方、英国のライトウェイトスポーツカーブームも次第に下火となり、1980年にはMGBが生産終了を迎える。
ファンは「走る喜び」を求めている
それから9年後、1989年に誕生したのがユーノス ロードスターだった。当時バブル経済の絶頂にあった日本で、「人馬一体」をコンセプトに創り上げられたロードスターは、FRならではの旋回性能、高回転域までスムーズに回るエンジン、軽さとオープンカーの特性に配慮したセッティングなど、マツダならではのテイストが随所に感じられるライトウェイトスポーツカーとして話題を呼んだ。
ロードスターの素晴らしさは、ライトウェイトスポーツカー市場を蘇らせたばかりでなく、一過性のブームで終わらなかったことにある。マツダはバブル崩壊後の経営危機のなかにあっても2代目、3代目、4代目とロードスターのモデルチェンジを重ね、27年の年月を経ても人馬一体を求めるファンの期待を裏切らない姿勢を貫いた。歴代ロードスターは、決してブレることのないマツダの職人気質と呼ぶべき一貫した思想を具現化したものであり、だからこそ世界中のファンに愛され続けるのだろう。
ロードスターは、純粋に運転を楽しむためだけに創られたクルマである。それ以外の要素をすべてそぎ落としているので、決して万人受けするクルマではない。
自動車産業全体から見れば、ライトウェイトスポーツカーはニッチな領域に過ぎない。言い換えれば、このニッチな領域のクルマにファンが求めるものは今も昔も変わらない。それは「走る喜び」だ。国や文化、世代を超えて、ロードスターを運転する人が笑顔になる理由がそこにある。
ほら、口もとが笑ってるよ!
さてさて、ロードスター・オーナーさんと夫は、相変わらずクルマ談義に花を咲かせている。
「この季節にロードスターを走らせるのは最高ですよね」
「ああ、最高なんてもんじゃないよ。で、君はなに乗ってるの?」
「えっと、S13 シルビアです」
「え!?」
「いや、手放せないんですよ。もうボロボロで逝っちゃいそうですけど」
ロードスターのフロントガラスをタオルで拭く夫と楽しそうに談笑するオーナーさん。心なしか、ぽかんと開いたロードスターの口もとも笑っているように見える。そう書きながら、筆者も思わずクスリと笑ってしまう。うん、確かにこのクルマには、人を笑顔にする不思議な魅力がある。(モータージャーナリスト 池谷真子)
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