(本記事は、大久保 豊、西村 拓也、稲葉 大明、尾藤 剛、小野寺 亮の著書『人工知能と銀行経営』きんざいの中から一部を抜粋・編集しています)

アリババのえげつないキャンペーン

2015年3月、中国NO.1のプラットフォーマーであるアリババ(Alibaba)は、驚愕の、そしてあまりに“えげつないキャンペーン”を敢行しました。

アリババアプリを開き、町に出よう!
スーパーでほしい商品のバーコードをそのアプリで読み込もう!
さすれば、同じ商品のいちばん安いネットショップをお見せしよう!
そしてわれわれはその値段がさらに半額となるよう補填しよう!
ただしその半額補填には上限がある!早い者勝ちだ!
即座に購入しよう!
さすれば、明日には自宅に届くだろう!

午前9時の出来事でした。老若男女がさまざまな店舗に我先にと突入しました。“店舗での実物確認”により「体感情報」を収集し、アリババ・ネットショップで「価格情報」や「製品情報」「評判情報」を得て購入し、そしてそれが翌日にはデリバリーされ、アリババの電子マネーで資金決済されたのです。それも、“スマホで2タップ(撮る、買う)”で実行されたのです。

ほしい商品を実物確認のうえ、いちばん安く、それも驚きの割引での“最大幸福の買い物体験”を社会革命としてもたらしたのです。

スーパーや小売店舗に壊滅的な打撃とショックを与えました。

キャンペーン開始後、わずか10分で38万人が参加し、その売上が1日のスーパー10店舗分の売上になったと報道されています。

多くの商品が即座に売り切れになりました。実店舗ではありません。アリババのネットショップでの出来事です。

デジタライゼーションはみえないものですが、この出来事はみる以上の“体験”を、それも通常の満足感を超越した“最大幸福”にして、全国民に“みせつけた”のです。

 デジタライゼーションは、経済取引を『情報収集』『デリバリー』『資金決済』『反復継続』に“因数分解”することを可能としました。
 この因数分解からのさまざまな新結合により、満足感を超越する“お客様の最大幸福”を創出する『ビジネス構造(経済取引の構造的シーン)の最適新形成』を科学的に担保する技術革新をもたらしたのです。

Online(インターネットでの商取引)では、店舗代・人件費が、まったくかからないのですから、実店舗は価格競争においてはどうしても勝つことはできません。

さらに特に重いもの、かさばるもの、買い溜めがきくものに関して、スーパーより安く、かつ自宅に届くのですからなおさらです。衣服や靴に関しても、現在のネットショップでは、試着後に合わなければ返却自由です。また、複数のサイズがオーダーでき、フィット感を実際に体験したうえで、不要な商品を返却できるサービスも充実しています。

そのような返却取引ができない、大型商品である冷蔵庫や冷暖房機などは、家電量販店に行き、店員から詳細な説明と操作性等を確認した後、最も安いネットショップを探して購入する行動がもはや一般的です。

デジタライゼーションの世界においては、ほしい商品が決まったら、街を歩き続け安いところを探さなくても、瞬時に電子一覧で選ぶことができます。デジタライゼーションは「価格に関する情報の完全性」をもたらしました。

また、購入を希望する商品・サービスの情報や評判(口コミ)をテキスト情報のみならず、写真・ビデオ映像で詳細に確認できるようになりました。

 デジタライゼーションは、経済取引における『情報収集(価格・製品情報・評判)』に関して、その完全性をもたらしたのです。

プラットフォーマーにとって唯一弱い情報が“体感情報”でした。それをいかに収集し、ネット販売につなげていくか。その新機軸の方法が、前掲のえげつないキャンペーンだったのです。“価格や基本情報はネット”で、“実物確認は実店舗”で、そして最終的に購入する店舗はいちばん安いところで、という「経済取引の構造的シーンの最適新形成」が、デジタライゼーションにより革新生起されたのです。

デジタライゼーションは、デリバリーに関しても、“因数分解”を可能としました。「この商品は重いから宅配にしよう、歯磨き粉1本だがまったく急いでいないからこれも宅配にしよう」といった具合です。購入シーンや状況に応じて、デリバリーができ、購入者はとても幸福な選択肢を得ました。

そして、その宅配スピードが“驚き”なのです。地図情報の電子化や物流システムのIT革命によって、プラットフォーマーは“事前に不断の販売予測をし、各地の配送センターに適切な在庫を配備”しているのです。宅配時間の限界までの縮小を常時目指しています。それはデジタライゼーションによって形成された大規模データからAIによって導き出されたものです。

いまでは時間指定、即日配達は当たり前で、“時間短縮”での物流革命となっています。アリババが独創した独身の日(双11)である11月11日は、中国最大のネットセールの日です。2018年の取引額は過去最高の5兆円を超えたと報道されています。たった1日です。そして、その数億にも及ぶすべての商品の宅配をすべて3日以内に成し遂げています。

別のプラットフォーマーの京東による同様のキャンペーン(6月18日)では、スマホ注文から自宅のドアがノックされるまで、“わずか7分”の事例が発表されています。7分です。AIによって、その購買(反復継続性)がすでに予見されていて、購入者の自宅が配送センターの至近にあったことによるものです。

今後はドローン配送が行われていきます。特に過疎地域において有効です。中国はドローン製造において、すでに世界一の座を獲得しています。デジタライゼーションは経済取引において、資金決済に関しても、“因数分解”を可能としました。

Suica、楽天Edy等の電子マネーか、あるいはクレジットカードか、はたまたデビットカードか、どれも幅広く選択できます。また高額商品にはWebローン(電子約定)も提供されます。さらに電子決済事業者のポイント制度やキャッシュバックの大競争が展開されており、

 “資金決済自体がショッピングの一部”となっています。
 同じ商品の購入においても、資金決済の選択次第で値段が大きく変わるということです。
 金融業は“動的共鳴の多次元一貫”という『フィナンシャル・デジタライゼーション』として形態進化していくのです。

デジタライゼーションは経済取引において、反復継続に関しても、“因数分解”を可能としました。もはや“すべてのお客様は一見さんではなく得意先”となりました。継続的な商取引の基盤がデジタライゼーションによって形成されました。1回1回の消費の場面で、長期的な視点で“特典”を付与することにより、“動的なロイヤリティ”の形成を可能としたのです。これにより、商取引から得られるものは、「顧客満足」という概念を超え、『信頼』を獲得できる世界へと“次元の超越”を果たしたのです。

前掲のアリババのえげつないキャンペーンは、経済取引を、「情報収集」「デリバリー」「資金決済」「反復継続」に“因数分解”し、その要素要素の革新的な新結合により、顧客満足度を超越する“驚きの最高幸福体験”を創出する「ビジネス構造」をデジタル科学にてイノベーションしたものです。

デジタライゼーションの荒波の結果、百貨店やスーパーマーケットに残るのは“生鮮食品”だけといわれています。

生鮮食品は、野菜でも果物でも魚介類でも、さすがに実物を手にとり確認したいし、食べたい時が買いたい時だからです。しかし、この領域においても、大きなデジタライゼーションの“大波”がやってきています。そのケースを第8章「“最先進国”中国より学ぶ」で考察します。

 デジタライゼーションは、経済取引を、『情報収集』『デリバリー』『資金決済』『反復継続』に“因数分解”することを可能としました。この因数分解により、『お客様の最大幸福を創出する事後検証可能な科学手法』をもたらしたのです。
 “お客様の最大幸福”を創出する『ビジネス構造の能動的最適形成』を科学的に担保する技術革新をもたらしました。
 これらの結果、Online(インターネットでの商取引)とOffline(実店舗)での商取引の相互エンパワメントによる“融合”が引き起こされました。
 これからの経済世界は、インターネット上にとどまらず、OnOff一体での電脳化となります。デジタルはツールではありません。私たちはすでに“デジタルの一部”であり、リアルこそがもはやツールなのです。

アリババの“えげつないキャンペーン”は、スーパーの軒先をアリババのショーウィンドウにし、価格の裁定取引を仕掛けたものです。アリババの行動は裁定取引にとどまりません。大手スーパーへは仕掛け続けていますが、中小の小売店には大変感謝される異次元のデジタライゼーションを行っています。

次にその事例であるOnlineとOfflineでの商取引の相互エンパワメントによる“融合”に関して、考察を深めます。

アリババは、独身の日(双11)とは別に、12月12日(双12)にも毎年壮大なキャンペーンを展開しています。

「双11」がアリババTmall(天猫)でのキャンペーンなのに対し、「双12」は、アリババTaobao(淘宝網)でのものです。

 近年は“OtoO”としての社会運動となっています。OtoOとは、『Online to Offline』の略で、インターネットから各種イベントにより“刺激”を与え、実店舗へお客様を誘致することです。

アリペイ(QRコード)で決済すれば5割引、100万を超える商店、16の国々、400の都市にて、200億円の販促資金を投入し、現金割引、クーポンの発行を行いました。

このキャンペーンで、おじいさん、おばあさんもスマホの特訓勉強という社会現象を生み、さらにお客様が中小・零細の“実店舗”に殺到し、あっという間に商品が売り切れる天国のような世界を創造したのです。参加者は1億人を優に超えています。一度実店舗で幸福体験したお客様は、購入可能な商品を再度インターネットで注文する「Offline to Online」という相乗効果を生みます。

日本のソフトバンクがそれを見習い行った、「PayPay100億円あげちゃうキャンペーン」は記憶に新しいことでしょう。インターネットから“電子刺激”を送り、リアル店舗への招客を生起させ、その後、ネットショップでの継続購入へと連続するマクロ・マーケティングです。

アリババは、津々浦々の零細商店への“リアルな集客”を生起させ、コスト削減と利益拡大を現実のものとしました。

そして、それが一過性のものではないのです。零細商店の“経営のデジタル化・科学精密化”を成し遂げ、未来を切り拓いたのです。

「双11」「双12」という人類史上驚きの経済イベントは、中国のみにとどまりません。東南アジアにおいても大変多くの人々が参加しています。もはや地球規模での祭典です。

そこで売れている商品の上位にくるのがパナソニック、ソニー、ホンダ、資生堂、花王、ユニ・チャームなどの日本商品です。ユニクロは10億元以上(≒160億円)の売上をあげるダントツの人気で、開始わずか35秒で1億元を超えたと報道されています。“秒殺”=一瞬で売れてしまう現象という社会用語もできました。

 深く正しく理解すべきは、デジタライゼーションはもはやインターネット上での現象ではなく、リアルな実店舗と融合し、両者が相互に刺激し合いながら“電脳化”する世界なのです。ネットもリアルもまったく同じように1つの世界となるのがデジタライゼーションです。そして、そこにおいてファイナンスが同時一体にて付帯されていきます。

買いたいものがあり、手持ちのキャッシュ(もちろんこれも電子マネー)がなければ即座にワンタップで借入れができ、購買となるのです。売り手の状況も即時モニタリングされており、ネット仕入れは当然のこと、店舗従業員増員手当ての資金も、3分で融資です。

これらがすべて“スマホで完結”です。貸出のみならず、各種保険、倉庫サービス、スタッフ育成サービスも提供されています。アリババはこう主張します。

零細・小企業の経営を、デジタルにより精密科学化することによりエンパワメントし、売上増強、コスト削減、利益を具体的にそれも動態にて増進させる。

スマホがOnlineとOfflineの架け橋となり、すべての世界を変えたのです。机上のパソコンでビジネスを行う売り手、買い手の人たちが、パソコンをもってまでして町に出て経済取引はしない、そのような20世紀の旧世界を完全に超越させたもの、それが“21世紀の神器”であるスマホなのです。

アリババは、“秒殺”の人類史上未知の領域での経済取引を担い、ファイナンスを同時付帯するフィナンシャル・デジタライゼーションの高度化と戦っています。その頂上決戦が「双11」であり、「双12」なのです。

コンピュータが膨大かつ瞬発的な取引量でダウンしないよう、またそこで人工知能が問題なく機能するよう、ITおよびAIを革新強化しています。毎年毎年、大キャンペーンで経済を煽り、自らを窮地に追い込み、それを無事にこなしていく“驚きのイノベーション”を不断に意図的に能動実行しているのです。

その過程で、「脱IOE(IBM、オラクル、EMC)」を成し遂げ、独創のクラウド・コンピューティングであるアリババクラウド(阿里雲)を開発しました。

 デジタライゼーションは、経済世界を“異次元”へと超越させたのです。全国津々浦々の『個人』『個人事業主』『中小企業』『中堅企業』『大企業』は、すでに“巨大な電脳世界”にて、常時電子連結、多次元相互、即時共鳴しながら、経済活動を営んでいます。
このような世界において、金融商品はもはや単品での販売は不可能となります。金融商品は単品ではなく、『ポイント制』『キャッシュバック』『受発注・相見積り等』の商取引と構造化された“パッケージされたビジネス”となるのです。そしてそれが、スマホ(PC)さえあれば、24時間365日、いつでもどこでも提供されるのです。
金融業は、“動的共鳴の多次元一貫”というフィナンシャル・デジタライゼーションとして形態進化していくのです(図表1-2)。

図表1-2
(画像=人工知能と銀行経営)
人工知能と銀行経営
大久保 豊(おおくぼ・ゆたか)
西村 拓也(にしむら・たくや)
稲葉 大明(いなば・たいめい)
尾藤 剛(びとう・つよし)
小野寺 亮(おのでら・りょう)


※画像をクリックするとAmazonに飛びます