(本記事は、本田直之・松尾大の著書『人生を変えるサウナ術』KADOKAWAの中から一部を抜粋・編集しています)
ソーシャル的効用① 心と身体の距離がゼロになる
バーで横並びになって飲んでいると、対面で向かい合っているときにはできないような本音の話をしてしまう。誰かとぱちぱちと音を立てるたき火を眺めていると、普段はしないような赤裸々な話をしてしまう。そんな経験はないだろうか。
サウナ室内での会話というのは、こうした会話の感覚に少し似ている。
一人でゆっくりサウナを嗜むのも良いが、たまには誰かと一緒にサウナに行くのもいい。その他の場所でするのとはまた別の、新鮮なコミュニケーションがとれるからだ。
なぜサウナがこうしたコミュニケーション空間となり得るのかというと、「裸で入る密室の空間」という要素がやはり大きいだろう。
水着で入れる一部のサウナ施設を除いて、基本的にサウナに服を着たまま入ることは許されない。バスタオルやサウナパンツといった多少の逃げ場はあるにせよ、基本的には裸にならざるを得ないのだ。
人間の通常のコミュニケーションでは、まず相手の容姿や身なりから、目の前にいる人がどういう人なのかを無意識のうちに想像し、瞬時に判断している。
高級そうな衣服に身を包んでいれば「お金持ちで社会的にしっかりしていそうな人」という印象を持つし、逆にボロボロの身なりをしていたら「お金がないだけではなく何かヤバい、ちょっと危ない人なのかな?」という印象を持って自然と距離を取るかもしれない。
従って我々が、相手からそうした悪い印象を持たれないために、きちんとした衣服を着て身だしなみを整えたり、好きな異性にアピールするために少しばかり見栄を張るのは、ごくごく自然なことだろう。
しかしサウナの中ではそういうわけにはいかない。例えば、普段はかなり高級な衣服を身にまとっている社長の男性だって、一度サウナに入ってしまえば、すっぽんぽんのおじさんだ。いくら取り繕おうとしたって仕方が無い。
このようにしてサウナの中では、物理的にも文脈的にも自分を守っていた衣服という鎧が取り払われ、先入観や偏見を持たずにまっすぐ相手と向き合えるようになる。サウナ室内では誰もが平等で、いきなり親密なコミュニケーションをとることが可能になるのだ。
こうした感覚を知っている身からすると、サウナでのビジネスミーティングは究極の時短(時間短縮)になる。普通だったら何度も取引先の元に足を運んで相手の真意を徐々に探るところが、たった1回のサウナミーティングで相手の本音の一番近いところにたどり着ける、ということがあるからだ。
だから僕らは「初めて会う相手とまずサウナで出会う」ということも多い。サウナで裸の状態で出会って、サウナから出て服を着たときにもう一度会うと、「ああ、こういう感じの人だったの」と全く印象が変わって面白かったりもする。
日本ではこれまで、腹を割って話す場としては酒の席が重宝されてきた。
僕らも楽しく酒を飲むのは好きだし、仲良くなりたいなと想う人を誘うことはもちろんある。そして盛り上がってとても楽しいこともある。
しかし、誰かに寄り添いたいとき、仲良くなりたいときが、必ずしも盛り上がりたいときとは限らない。
落ち込んでいる仲間を勇気づけたい、励ましたい、などというときの酒は、しんみりしたりやけくそになったりで、その瞬間はまだいいとしても、翌日もバッチリ体に酒が残り、つらい思いをすることもある。
その点、サウナは健康的で、後に残るのは爽快感だけだ。
サウナに入って隣に座り、どちらからともなく思いついた話をしていると、それだけで心の距離は一足飛びにゼロになる。同じサウナで同じサウナストーブを見つめ、じゅーっと音をたてるロウリュの音に隣でじっと耳を傾ければ、一気に親しくなれるのだ。
ちなみに、ビジネスにおけるコミュニケーション空間としてサウナを積極的に活用したのが、ロシアという国だ。評論家の佐藤優氏の著書『知の教室教養は最強の武器である』(文藝春秋)によれば、ロシアの大統領だったエリツィン氏は大のサウナ好きで、サウナ外交を盛んに行っていたという。
ロシアでは、真の信頼を得ると互いのプライベートサウナに呼ばれる。ウォッカで酔って一緒にサウナに入り、そこに置いてある白樺の枝で互いの身体を叩き合って親交を深める。
サウナに共に入るということは「丸腰の私はあなたを攻撃しません、あなたも私を攻撃しませんよね」という〝和平条約〞を結ぶことであり、裸と裸の対等な関係で強い絆をつくることであるのだ。
女性の社会参画にともなって少し下火にはなってきているものの、フィンランドでもビジネスの接待やミーティングの場所としてもサウナが利用されてきた。企業のオフィスのみならず国会議事堂や世界各国のフィンランド大使館にもサウナがあり、サウナで賓客がもてなされる(もちろん東京・南麻布にあるフィンランド大使館にもサウナがあり、イベントの際には一般来訪者に解放されることもある)。
また、重要な決断をするミーティングがサウナ室内で行われたり「ちょっと議論が煮詰まってきたな」という場面の気分転換としてサウナが利用されることもある。
もちろん、ビジネスの現場から女性を排除しようというつもりは全くないが、やはり同性間でのコミュニケーションには特別なものがあり、そのための空間としてもサウナは最適なのだ。
ソーシャル的効用② サードプレイスとしてのサウナ
日中は仕事が忙しく平日は基本的に職場と家の往復、休日は家に引きこもってダラダラしているうちにいつの間にか月曜日......、というビジネスパーソンも少なくないだろう。そのどちらもが最高にハッピーでいいことしかない場所ならば、その2ヶ所があるだけで十分幸せな人生を送れるはずだ。
しかし残念なことに、職場というのは、得てして良いことや楽しいことよりもつらいことの方が多い場所であるし、100%ノンストレスという家庭を持つ人もそう多くはないのが実情だ(あるいは一人暮らしをしていて、楽ではあるけれど少し寂しいなと感じている人もいるだろう)。
「サードプレイス=職場でも家でもない、第3の場所を持とう」という機運が高まっているのも、こうした現状を反映してのことだろう。そこにいけばホッとできる、そこに行けばリラックスできる場所として、カフェ、バーや居酒屋、図書館、公園、ジム、銭湯、海岸や川辺など。そういう場所が既にある、という人はそのサードプレイスをこれからも大事にしてほしい。
しかし、まだサードプレイスがなく、職場にも家庭にもどこか息苦しさを感じている、という人は、サウナをその候補にしてみるのはいかがだろうか。
なぜサウナがおすすめなのかについてはもはや言うまでもないだろう。
フィジカル的にもメンタル的にも良い効果をもたらし、疲れなければ二日酔いにもならないサウナは、もちろんサードプレイスとしても申し分ない。たった1000円ちょっとで心と身体のコンディションをととのえてくれる夢のような場所は、ビジネスパーソンにとって最も合理的なサードプレイスでもあるのだ。
ソーシャル的効用③ サウナでつながるコミュニティの輪
松尾が立ち上げたサウナーのための専門ブランド「TTNE」では、「Saunner」や「TTNE」というロゴの入ったアパレルグッズを中心に展開している(「TTNE」の語源は「ととのえ」である)。
こうしたロゴの入ったTシャツを着ていたり、PCにステッカーを貼っていると「サウナ好きなんですか?」とか「サウナーなんですか?」と、知り合いや見ず知らずの人から声をかけられることがある。
そうした問いに対する答えはもちろん「イエス」だし、その返事に続いて「ホームサウナ(最もよく通っている本拠地サウナ)はどこなんですか?」「あそこに新しいサウナができたんですよね」とサウナに関する情報を交換し合ったり、「今度一緒に行きますか」と、まるで食事や飲みに誘うような言葉が自然と発せられることもある。
こうして、突然、裸の付き合いが始まる。
いい年になった大人は、新しく友達を作る機会になかなか恵まれない。
仕事で知り合った人はたいてい「仕事仲間」だし、近所の人は「近所の人」、パパ友もママ友もやはりその域を出なくて、学校時代の友達のような、気の置けない仲間にめぐり会うチャンスはほとんどない。
しかし、サウナという共通項があれば、話は別だ。
これは、実のところ何についても言える話ではある。同じ店が行きつけだった、同じアイドルのファンだった、共通の友人がいたなど、「実は同じ」な共通点が見つかると、人は途端に親しみを覚えて急速に仲良くなる。
その中でもサウナは「ちょっとみんなに誤解されているけれど、実はすっごく良い奴」というポジションにある。だからこそ、そこに「実は同じ」な共通点が見出せたとき、一瞬で互いをわかり合えるのだ。
主張の方法には「Saunner」や「TTNE」グッズ以外にもある。
「最近、サウナ行ってるんだよね」とSNSで呟いてみたり「サウナ興味あったりする?」と思い切って聞いてみたりするのでもいい。
案外身近なところに、明日のサフレ(サウナ友達)がいるかもしれない。
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