(本記事は、岩下 智の著書『面白い!のつくり方』CCCメディアハウスの中から一部を抜粋・編集しています)

「正解」との戦い

コップ
(画像=Africa Studio/Shutterstock)

私たちは、学校の勉強では常に「正解」の求め方を学んできました。しかし、それがそのまま社会では必ずしも通用しないということを、多くの人が知っています。特に「表現」においては、これという正解はないのです。

例えば、コップのデザインをするとしましょう。「コップをデザインしなさい」という課題に対して、ここでの「正解」はおそらく「下がややすぼまっている円柱形のコップ」で間違いはないでしょう。「コップ」と聞いて誰もが頭の中に思い浮かべる、あの形です。

コップの機能だけを考えるならば、デザインの条件は次のようなことです。

・水を溜めることができる
・持ちやすい形状と大きさ
・水平な面に置いたときに倒れにくい安定感
・喉を潤すのに適した分量の水が入る容積
・重ねることができる

これらを最もシンプルに解決するデザインを突き詰めると、いわゆる「正解」であるところの、あの典型的なコップが誕生するわけです。しかしこれでは、あまり面白くはありません。コップのデザインにだって、もっと自由度があってもいいはずです。

キレイな模様をつけてもいいかもしれないし、取っ手を付けたっていいかもしれません。

形状だってグニャグニャしていてもいいかもしれませんし、いろんな色のバリエーションがあってもいいでしょう。

つまり、「表現」に100点満点の「正解」はないのです。むしろ、120点や150点だって取れる可能性があるかもしれないし、200点だってありえるかもしれないのです。これが「表現」の難しいところです。しかし、これも考えようによっては、「だからこそ面白い」とも言えます。

若い人と仕事をしていると、稀に「最短距離でたどり着ける正解を教えてください」というようなことを言われることがあります。「まったく最近の若いものは......」なんて小言を言うつもりは毛頭なく、むしろ、その気持ちもわからなくはないのです。

「効率化」のためには、正解を教えてあげた方がいいのかもしれません。でも、それでは面白くないのです。そもそも、そんなものがあれば最初から教えていますし、「私が考える正解」と「あなたが考える正解」は違っていてしかるべきなのです。そして、仕事の依頼をしてくれている「クライアントの考える正解」や、それを見たり使ったりする「ユーザーの考える正解」もまた、無限に存在するのです。

これはもはや「正解なんてない」と考えた方が、ある意味では正しいのかもしれません。

しかし、そこは逆に「正解なんて無限にある」と考えた方が、作る側の気分としては少し希望が持てる気がします。

そして、表現を目的とするならば、最終的にはどこかで必ず決断をしなければいけません。結局は、「正解は自分で決める」ということでしかないのです。

誰にも正解が決められないからといって多数決のような決め方になってしまうと、それはそれで面白くなくなってしまいます。つまりそれは、何度も言うように「予定調和」ということです。誰もが間違いなく「面白い」と思うようなものは、実は「つまらない」可能性があるのです。

グラフィックデザインにおける「レイアウト」も同様です。デザインには、ある一定の作法があります。パッと目を引くようにキャッチコピーをあるべき場所にレイアウトし、順序立てて読みやすいように情報の整理をし、「グリッドシステム」にならって揃える所をピシッと揃えてあげれば、「清く正しいレイアウト」が出来上がります。

しかし、それが取扱説明書のような「正しさ」のみを要求されるものであれば問題はないのですが、多くの人とコミュニケーションを取るための「表現」なのであれば、それだけでは「正解」とは言えないのです。

見る人にとって、より魅力的に「面白い」と思わせるためには、一定の正しさを残しつつも、少し崩してみたりすることが必要になります。一見不要とも思えるようなエッセンスをちょっとだけ加えてみたり、気持ちのいいホワイトスペースを大胆に取ったりするような「ずらし」が必要なのです。この「ずらし」に関しては、次項で詳しく説明します。

結局、最初から決められた正解なんてものは存在しないということです。自分がたどり着いたところが自分の正解だと、決めてしまえばいいだけなのです。

自分の中での正解というゴールを目指すことは、例えるなら山登りのようなものです。

目的は頂上に立つことですが、そこにたどり着くためのルートはいくつも存在します。そしてそれは、決してスピードや順位を争うような競争ではありません。焦らず、じっくりと考え、ときには休憩し、無理だと思ったら引き返せばいいのです。一番まずいのは遭難してしまうことです。調子が悪いときは無理をせず、別の山を目指したっていいのです。

面白い!のつくり方
岩下 智(いわした・さとる)
1979年東京生まれ。筑波大学芸術専門学群視覚伝達デザイン専攻を卒業後、2002年電通に入社。以来、アートディレクターとしてグラフィック広告のみならず、TVCM、Webサイト、アプリ開発、プロダクトデザイン、サービスデザイン、ゲームデザインなど様々な仕事に携わりながら、自らイラストやマンガも描く。
主な仕事に「Honda FIT」「KIRIN のどごし夢のドリーム」「bayfm SAZAE RADIO」など。国内・海外の広告賞受賞多数。筑波大学非常勤講師。
著書に「EXPERIENCE DESIGN」「IDEATION FACTORY」(どちらも共著/中国伝媒大学出版社)。
https://s-iwashita.myportfolio.com

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