(本記事は、岩下 智の著書『面白い!のつくり方』CCCメディアハウスの中から一部を抜粋・編集しています)

社会の変遷と「面白さ」の可能性

日本はこれまで「失われた20年」などと言われ、経済的に低迷した期間が続いています。

私自身もその真っ只中を働き続けてきましたが、個人的な肌感覚としては、社会全体が「頑張っていなかった」という印象は、まったくありません。むしろ「頑張りすぎていた」のではないかと思っています。だからこそ「余裕」がなくなってしまい、「歯車」がギチギチになってうまく回らなかったのではないかと考えています。

その背景には当然、デジタル化をはじめとするテクノロジーのめざましい進歩があります。デジタルに関して言えば、まさに「ムーアの法則」に従うように、幾何級数的に急速な発展を遂げてきました。そして、今も発展し続けています。

世の中はどんどん便利になり、製品やサービスが消費されるサイクルも加速度的に速くなる一方で、景気は低迷の一途を辿っていたわけです。日本はそんなオーバーヒート状態の中で、世界の変化に何とかついていくだけで精一杯だったのではないでしょうか。いや、もしかしたら、もう完全に取り残されていたのかもしれません。

大量生産・大量消費の社会が疑問視されて、社会全体の意識が変わってきたにもかかわらず、企業は資本主義社会の原則に従って、常に右肩上がりに成長しなければならない、というジレンマに悩まされています。そうした結果、世の中全体として、さらに「余裕」を失ってしまっているのではないかと考えられます。

これはあくまでも私見ですが、よく言われる「日本でiPhoneが生まれなかったのはなぜか」ということの理由も、実はこのあたりにあるのではないかと考えています。

当時のガラケーというものは、常に「電話」の延長線上にありました。だからこそ、「電話にはプッシュボタンが絶対に必要である」というバイアスから逃れることができなかったのです。それに対してiPhoneは、名前こそ「Phone」となっていますが、それが提示した新たな文脈は、「電話機能が付いたモバイル・コンピューター」でした。

この発想は、「携帯できる電話」という視点からは生まれないものだったのではないでしょうか。そこから逆算するなら、日本にはiPhoneのような面白いものを生み出すだけの「余裕」と「よそ見」が足りなかった、という風にも考えられるのです。「正しさ」や「効率」ばかりを追い求めていると、突拍子もない新しい視点に気づかないものです。

世の中のあらゆる所で「イノベーションを起こそう!」と叫ばれていますが、本当に世界を大きく変えるほどのことなど、そうそう簡単に起こせるものではありません。そんなことは、心の底では誰もがわかっているはずです。しかし、「それでもやらなきゃいけないんだ!」と躍起になって、焦ってばかりいても仕方がありません。よけいに空回りしてしまうだけです。

本当に世界を変えたいのであれば、まずは自分自身の「いま」の生き方や考え方をシフトするところから始めなければ、何も変わるはずがないのです。つまりは「余裕」を持って「視点を変える」ということです。

イノベーションを起こして未来を変えたいのに、普段と同じような生活をしていては、視野が広がるはずもありません。「いま」の延長線上にある「未来」を変えるためには、まず自分の「いまの視点」をずらす必要があるのです。

よく、競争の激しい市場を指してレッド・オーシャン、反対に、まだ誰も参入していない市場のことを指してブルー・オーシャンと呼んだりします。現在では、あらゆる分野においてブルー・オーシャンなど既にないのではないか、とも言われています。

しかし、レッド・オーシャンだって深く潜ってみればまだ青いかもしれませんし、海がダメなら山に行ったって、宇宙に行ったって構わないのです。ここでも既成概念や常識にとらわれず、大胆に視点を変えること、大胆に「よそ見」をすることが、本当の意味で「イノベーション」のスタート地点になるのではないでしょうか。

さらに言うならば、そもそも「イノベーション」という言葉自体の意味も、疑った方がいいのかもしれません。多くの場合、イノベーションというのはテクノロジーの進歩によってのみ達成されること、という風に思われている節があります。しかし、本当に人間のあるべき未来を考えるなら、「便利な世の中」だけが全てではないはずです。

例えば、「歩きスマホ」という社会問題を解決することができたら、それはそれで十分イノベーションです。それは、少し昔に戻って人間らしさを取り戻すということなのかもしれませんが、何も新しいモノを作ることだけが進歩ではありません。世界を変えるために、まずは自分のできることを考える。それこそが、本当の意味でのイノベーションにつながるのです。

ちなみに、スマホにハマりすぎている人に「余裕」がないことが「歩きスマホ」の原因ではないかと、前にも書きました。私個人としては、もし仮にこの本を読んだ人によって「歩きスマホをやめてまわりを見渡す余裕を持てば、もっと毎日が面白くなる!」という考えが広がって、歩きスマホをする人が少しでも減少したら、これほど嬉しいことはありません(そんな簡単なことではないのも、重々承知していますが...)。

また、未来に関連して言うならば、「AI(人工知能)」の発達によって、近い内に人間の職業の多くが奪われるのではないかというのも、よく聞く話かと思います。これに関しては様々な意見や予測があるかと思いますが、少なくとも近いうちに起こることではないと、私は考えています。ゲームAI開発者の三宅陽一郎氏と、私の大学の先輩でもある森川幸人氏の共著『絵でわかる人工知能』の中では、このように書かれています。

言うなれば、ほとんどの人工知能は「頑固な専門家」です。与えられた問題の枠の中では、おそるべき優秀さで休まず作業しますが、それとよく似たちょっと違うことでさえ、興味どころか、指一本動かしてくれません。人工知能には人間のような比喩(メタファー)の能力がないのです。人間の脳は有限ですが、比喩の能力によって物事の類似性を捉え、一つの問題のソリューションを、他の問題に広げていきます。   *三宅陽一郎・森川幸人『絵でわかる人工知能』SBクリエイティブより

つまり、人工知能は「関連づけ」も「ずらし」も苦手、ということだと考えられます。

「面白さ」のように数値化できない概念については、AIはそもそも得意ではないのです。

多くの人が言うように、創造的な分野においては、まだまだ人間に分があるということでしょう。

つまり「面白さ」を活用するということは、どんな職業においてもこれから先、必要とされることなのかもしれません。「面白い」ということは、極めて人間的な価値観によるものであり、無限の可能性を持っているのです。

面白い!のつくり方
岩下 智(いわした・さとる)
1979年東京生まれ。筑波大学芸術専門学群視覚伝達デザイン専攻を卒業後、2002年電通に入社。以来、アートディレクターとしてグラフィック広告のみならず、TVCM、Webサイト、アプリ開発、プロダクトデザイン、サービスデザイン、ゲームデザインなど様々な仕事に携わりながら、自らイラストやマンガも描く。
主な仕事に「Honda FIT」「KIRIN のどごし夢のドリーム」「bayfm SAZAE RADIO」など。国内・海外の広告賞受賞多数。筑波大学非常勤講師。
著書に「EXPERIENCE DESIGN」「IDEATION FACTORY」(どちらも共著/中国伝媒大学出版社)。
https://s-iwashita.myportfolio.com

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