iDeCo(個人型確定拠出年金)の初期設定で、予め投信を設定しようという動きが起こりつつある。りそな銀行が2018年5月から確定拠出年金の初期設定を「定期預金」ではなく「投資信託」に変える方針を表明した。証券会社にも追随の動きが起こるだろう。

米国の確定拠出年金では7割が投資信託などのリスク資産に対する投資だ。ところが日本では元本確保型の比率が高い。初期設定を変化させると、98%の人々がプログラムに参加するケースさえある。初期設定の変更により、人々の資金は投信に向かうことになりそうだ。

iDeCoの初期設定が「定期預金」問題点はどこにあるのか?

ideco, 定期預金, 投資信託
(画像=PIXTA)

iDeCoとは自分で積立てた資金を、自分で運用商品を選択し60歳以後の老後資金に備える資産形成の制度だ。運用益が非課税であることに加え、掛金が全額所得控除になるという大きなメリットがある。

ところが、日本ではこの制度を導入していても、特に何も指定をしなければ、資金の向かう商品は「定期預金」となっているケースがほとんどだ。投資でなく、元本型に向かう結果、利子よりもiDeCoの保有コストの方が高いため、毎年の運用は数千円のマイナスとなるケースが多い。

米国では確定拠出年金の7割が投信になっている背景に、こうした初期設定が「投資商品」になっていることが影響していると考えられている。

<初期設定の影響力は絶大 28%と98%の違い>

初期設定=デフォルトが意思決定に及ぼす影響は絶大だ。行動心理学の著書で引用される、初期設定の違いで、その後の意思決定に大きな違いが出る事例を紹介する。

欧州で「臓器提供」の意思がある人の割合を調査し2003年に発表された結果では、オランダは28%で隣国のベルギーは98%という違いが出た。実はオランダは臓器提供を促すように努力を行ってきたが、結果は28%であった。両国の間での文化や国民性の違いには、大きな違いは無いとの意見が多い。しかし、なぜこのような違いになったのだろうか?

オランダの臓器提供の意思は 「参加する人はチェックして下さい」となっているのに対し、ベルギーの臓器提供の意思は「参加しない人はチェックして下さい」となっているのだ。 ベルギーの初期設定=デフォルト設定は「参加することが当たり前」になっている。「チェックすることで参加しない」というベルギーの前提では、チェックをしない「98%が参加」となっているものだ。

初期設定「ターゲット・イヤー型」の注意すべき点

今回のiDeCoの拠出金を投信に向ける方針に、筆者は基本的に賛成している。預貯金の比率が高い日本では、リスクを取った運用をすべきだと思っているからだ。そして、iDeCoの拠出金は最大でも年間で81万6千円、多くの会社員は年間20万円程度であり、これから資産形成をする部分に非課税メリットがあるため、ある程度高いリスクで運用することがメリットを享受する方法との考えがあるからだ。

しかしながら、ある銀行の初期設定では「ターゲット・イヤー型」となっているものがある。このターゲット・イヤー型の注意すべき点を考察する。ターゲット・イヤー型というのは、年齢を重ねるにつれてリスクを下げ、債券型の比率を高めるといった商品設計のものだ。一例で、日本国債に投資する部分を考えると、日本国債のリターンよりも、このターゲット型のコスト=信託報酬の方が高いならば、日本国債部分は損失を産み出す部分になってしまう。 日本の10年債のリターンが0.053%、信託報酬が0.4536%とするならば、日本国債で運用する部分はマイナス0.40%と考えられる。

また別の事例で、国債だけでなく社債を含んだ日本債券のリターンが0.50%程度、コストが約0.24%の場合、コスト差引で0.26%程度のリターンが得られる。しかし資産配分のうち約50%が日本債券であれば、この部分のリターンは極めて限定的であることがわかるだろう。

初期設定に限らない商品選択と金融知識の充実

初期設定で「バランス型」を設定する場合も予想される。上記の「ターゲット・イヤー型」同様にバランス型でも日本の債券部分を多く含んだ内容では、リターンが限定的であろう。 信託報酬というコストが高い場合には、債券部分はリターンにほとんど寄与しなかったり、逆にその部分のリターンがマイナスとなるケースすら考えられる。

実際に企業型の確定拠出年金のセミナーの内容でいえば、投資初心者には「バランス型を」実質的に勧めている場合も多い。投資教育は始まったばかりで、金融機関が無料で開催している研修がほとんどであるからだ。 企業型の確定拠出年金制度を担当する、人事・総務の担当者は大多数が「年金制度」や「運用商品」の専門家ではないだろう。よくわからなければ、「金融機関のおススメ通りの内容で」となってしまう場合もあるかもしれない。しかし、会社が決定したラインナップによって、「従業員の運用コスト」の選択肢が決められてしまうことも事実だ。

是非コストの面に注意をして欲しいと思う。そして、長期運用では初期の導入コストよりもむしろ毎年の運用コストの差が大きな違いとなるのだ。

自身の長期の運用となる投資家は、コストとリターンの関係をしっかりと理解して欲しい。また企業の人事・総務担当者は、年金制度の商品選択において、運用コストにも注意をして商品ラインナップを選択して欲しいと思う。今後、充実した投資教育の研修を実施する企業が増加し、金融経済知識を備えた投資家が増えることで、初期設定に限らない商品選択ができる投資家が増えて欲しい。そして、貯蓄から資産形成へ資金が向かう日を心待ちにしたい。

安東隆司(あんどう・りゅうじ)
RIA JAPANおカネ学株式会社代表取締役。元プライベートバンカー、CFP®、海外ETF専門家、立教SS大学講師、TVコメンテーター。日米欧の銀行・証券・信託銀行に26年勤務後2015年独立。顧客の投資成功には高い手数料は弊害、証券関連手数料を受取らない内閣総理大臣登録「投資助言業」経営。著書。『個人型確定拠出年金iDeCo プロの運用教えてあげる!』等。