本記事は、牧口晴一氏の著書『日本一シンプルな相続対策』(ワニブックス)の中から一部を抜粋・編集しています。
家族信託で「遺言書」への抵抗感が和らぐ
家族信託の契約書には実質的に遺言書になる部分がありました。実家と管理用と入居一時金に充てる、まとまった預金を子どもに信託し、死んだらそのまま引き継げるのです。「遺言書」はまさに「死」のイメージです。しかし「家族信託」なら、柔らかいイメージですね。まさしく、親が生きている間に役立つ目的を達しながら、子どもたちに迷惑をかけず、信託が終わるとき、すなわち亡くなったときは、受託者である子どもに渡すよ……という契約書なのです。
だから、親の「遺言書」への抵抗感も相当に和らいでくるのです。そこで、「家族信託」では対象にしなかったその他の財産については、まだ対策がされていませんので、誰に相続させるのかを「遺言書」で明らかにします。
このとき、家族信託をした場合の特徴的な書き方があります。家族信託の歴史が浅いなか、専門家に任せず自分でしたのですから、万が一の不備に備え、家族信託した財産についても、遺言書で〝ダメ押し〟をして、もう一度書いておきます。
たとえば、親の財産が、実家の他に、少し離れたところで駐車場を持っていたとします。
預金のうち、2,000万円を信託財産として子ども名義にしましたが、他の預金や株券などが5,000万円あったとします。
実家と2,000万円の預金は家族信託で対策して、生前も財産凍結されず安心です。その他の財産は、まだ認知症ではないのですから、駐車場の売上げも、株の売買も自由に使えるようにしてあるわけです。
そこで、「遺言書」で、実家と信託預金は、受託者たる長男に相続させ、駐車場の土地とその他の預金の○○万円は次男に、株券は長女に相続させる…などと書いておくのです。
一番のもめ事「遺留分」に配慮して書く
シンプル相続で重要なのは、もめ事をなくすことです。
生前のもめ事は、認知症になって、財産凍結を引き起こし、介護費用や老人ホームの入居一時金をめぐって子どもたちの負担が生じ、さらには、実家の売却ができずに、その維持管理の負担……これを「家族信託」で回避しました。
死後のもめ事は、なんといっても遺産分割をめぐるものです。
そのうち、一番強力なものが「遺留分」です。「遺留分」とは、相続人の最低限の取り分です。それは「法定相続分の半分」と考えれば簡単です。たとえば、相続人が兄弟2人のケースで、「全財産を長男に相続させる」という遺言書の通り遺産分割をしたときは、兄弟の法定相続分は2分の1ずつですから、その半分、つまり4分の1は弟の遺留分となります。だから弟が「私には最低限の取り分である遺留分がある!」と請求して来たら、これは絶大な力を持っているため、それに従うしかなくなります。しかし、もめ事になるには違いありません。
そこで、「遺言書」を書くときには、各相続人の遺留分を配慮して、最低でも「遺留分」を相続させるように書くのがよいのです。
余話
別の方法として、生前なら「遺留分の放棄」という手段もあります。結構な手間がかかりますが、「仲良し家族」だからこそ必要なときがあります([(11)不平等に遺産分割をしたいときは遺留分放棄をセットする]参照)。
ちなみに、「相続の放棄」は、相続が発生してからしかできず、生前にはできません。
一方で、「遺留分の放棄」は、生前にしかできません。もっとも、相続が発生した後に「遺留分」を請求しなければ、実質的に放棄したのと同じです。反対に、生前に「遺留分の放棄」をしておくと、相続が発生した後に、「遺留分」の請求はできなくなります。
しかし、生前に「遺留分の放棄」をするためには、それに相当するくらいの、生前贈与をしておかないと、家庭裁判所が放棄を認めてくれません。