2015年1月1日以降、新しい相続税法により基礎控除額が引き下げになった。どのように変わったのか、なぜ変わったのだろうか。今回は基礎控除額の改正の内容と背景について見ていこう。
中央大学法学部法律学科卒業後、㈱ドン・キホーテ、会計事務所勤務を経て2012年税理士登録。「ZUU online」「マネーの達人」「朝日新聞『相続会議』」などWEBで税務・会計・お金に関する記事を多数執筆。著書「海外資産の税金のキホン(税務経理協会、共著)」。
相続税の基礎控除改正にかかわるQ&A
相続税の基礎控除はいつ改正になった?
相続税の基礎控除の計算方法は2013年度税制改正で変更された。実際の適用は2015年1月1日以降に生じた相続や遺贈で取得した財産に課される相続税が対象となっている。つまり、改正時点と実際に施行された時点は異なるのだ。
相続税の基礎控除の計算方法は2013年度税制改正で変更された。実際の適用は2015年1月1日以降に生じた相続や遺贈で取得した財産に課される相続税が対象となっている。つまり、改正時点と実際に施行された時点は異なるのだ。
基礎控除額はどのように変更された?
改正前、つまり2014年12月31日までに生じた相続・遺贈に関する基礎控除額は「5000万円+1000万円×法定相続人の数」だった。しかし、改正により2015年1月1日以降に生じた相続・遺贈に関する基礎控除額は「3000万円+600万円×法定相続人の数」となった。
改正前、つまり2014年12月31日までに生じた相続・遺贈に関する基礎控除額は「5000万円+1000万円×法定相続人の数」だった。しかし、改正により2015年1月1日以降に生じた相続・遺贈に関する基礎控除額は「3000万円+600万円×法定相続人の数」となった。
基礎控除改正による影響は?
税制改正で基礎控除額が以前より2400万円以上下がったことで、納めるべき相続税の額は改正前よりも増えた。さらに、改正前には相続税の納税義務がなかった世帯も、基礎控除額の引き下げにより相続税が発生し、申告・納税をしなくてはならなくなった。
税制改正で基礎控除額が以前より2400万円以上下がったことで、納めるべき相続税の額は改正前よりも増えた。さらに、改正前には相続税の納税義務がなかった世帯も、基礎控除額の引き下げにより相続税が発生し、申告・納税をしなくてはならなくなった。
相続税の基礎控除とは
最初に相続税の基礎控除について解説しよう。
●基礎控除額は「相続税の非課税枠」
相続税の基礎控除を簡単に言うと、「相続税の非課税枠」だ。所得税や贈与税には「受け取った金額が一定額以下なら税額0円」という枠がある。相続税にも「相続人全員が受け取った額が一定額以下なら税額0円」という枠があり、この「一定額」が基礎控除額となる。
●「相続税の基礎控除≧正味の遺産総額」なら相続税は申告不要
相続税の対象である課税遺産総額は「正味の遺産総額-基礎控除額」で算出する。この算式で0円以下ならすべて0円だ。課税対象が0円なら当然相続税も0円になり、相続税の申告は不要だ。
相続税の基礎控除が改正になった背景
基礎控除が改正された背景には次のような事情がある。
●バブル崩壊後の地価の下落
かつて「2000万円+400万円×法定相続人の数」で算出した基礎控除額はバブルによる地価高騰に伴い徐々に引き上げられた。既述の算式の額は1994年以降から2014年末までのものである。しかしバブル崩壊後地価が下落したのにもかかわらず、基礎控除額は高いままだった。このままだと課税の不公平が生じるため、基礎控除額が引き下げられたのだ。
●国民を納得させるための「金持ち課税強化」
背景には、「金持ちへの課税を強化して中間層以下の国民の理解を得よう」という意図もある。2014年に消費税が5%から8%に引き上げられ、一般庶民の国への不満が一気に高まった。ここで広く理解を得るには「金持ち課税」の代表格である相続税の増税を行い、課税の不公平感をなくす必要があったのだ。
●社会保障の財源確保
この課税強化の最大の理由は「少子高齢化による財源不足」だ。社会保障費の増大で例年日本の公債残高は年々増加し、税制改正が行われた2013年時点で普通国債残高は700兆円を超えていた。課税強化は「国の借金を先送りしない」対策の一つだったのだ。
改正前と改正後で基礎控除額はどう変わった?
ここで基礎控除額が改正でどう変わったかを確認する。
●改正前と改正後の変化
2013年度税制改正で、相続や遺贈で取得した財産に対する相続税に関する基礎控除額は次のようになった。
改正前 | 改正後 | |
---|---|---|
時期 | 2014年12月31日以前 | 2015年1月1日以後 |
基礎控除額 | 5000万円+1000万円×法定相続人の数 | 3000万円+600万円×法定相続人の数 |
●法定相続人とは
法定相続人とは民法に定める相続人のことだ。遺言書による指定のない財産は遺産分割協議で配分を決めるが、この協議に参加できるのは法定相続人だけだ。被相続人の配偶者は常に法定相続人になれるが、血族は次の順番で決める。
・第一順位……直系卑属(子どもや孫など。子どもがいなければ孫が代襲相続する)
・第二順位……直系尊属(父母や祖父母)
・第三順位……兄弟姉妹(兄弟姉妹がいなければその子どもであるおい・めいが代襲相続する)
第一順位となるべき子どもや孫がいなければ第二順位が、第二順位になるべき父母や祖父母がいなければ第三順位が法定相続人になる。養子は民法上実子と同等に扱われるが、基礎控除額の計算上は実子がいれば1人まで、実子がいなければ2人までが法定相続人の数に含まれる。法定相続人が相続放棄をしていても、基礎控除額の計算上、放棄がなかったものとして扱われる。
●税率構造はどう変わった?
各法定相続人の取得金額 | 税率(改正前) | 税率(改正後) |
---|---|---|
1,000万円以下 | 10% | 10% |
1,000万円〜3,000万円以下 | 15% | 15% |
3,000万円〜5,000万円 | 20% | 20% |
5,000万円〜1億円 | 30% | 30% |
1億円〜2億円 | 40% | 40% |
2億円〜3億円 | 45% | |
3億円〜6億円 | 50% | 50% |
6億円〜 | 55% |
(参考 : 国税庁 相続税改正 より)
相続税の基礎控除の改正はどう影響した?
基礎控除の改正で相続税は実質的に増税された。これは次の2点に表れている。
課税対象者の増加
一つは課税対象者の増加だ。以前の基礎控除額の場合、正味の遺産総額が5000万円程度なら相続税の申告・納付は不要だった。しかし今は納税義務者となる。
この例からも分かるように、基礎控除額の改正により、今まで相続税を納税する必要がなかった世帯にも、相続税がかかる可能性が出てくるようになったのである。
この事態を如実に表す数字がある。国税庁が公表している数値、相続税を納めた世帯の割合を表した統計である。
【2014年度以降の課税割合の推移】
年度 | 相続税を納めた世帯の割合 |
---|---|
2014年度 | 4.4% |
2015年度 | 8.0% |
2016年度 | 8.1% |
2017年度 | 8.3% |
2018年度 | 8.5% |
この統計によると、改正前の2014年度(平成26年度)の課税割合は4.4%だったが、改正された年の2015年度(平成27年度)には8.0%まで上がっている。翌年の2016年度(平成28年度)は8.1%、2017年度(平成29年度)は8.3%、2018年度(平成30年度)は8.5%と、8%台で推移しているのである。
これらの数字を見ても、基礎控除額の引き下げによって、相続税が課税される世帯は確実に増えていることが分かる。
相続税額の増加
もう一つは相続税額の増加だ。相続人が1人だけで正味の遺産総額が1億円ならば課税対象となる遺産総額は4000万円で済んだが、今や6400万円になってしまう。相続税は課税対象額が大きければ大きいほど税率も引き上げられるので、課税財産額が高いとそれだけで納税額も増えるのだ。
事例で見た法改正の影響
先ほどの影響を「配偶者1人、子ども1人」という事例で見てみよう。このケースだと改正前は「5000万円+1000万円×2人=7000万円」が、改正後は「3000万円+600万円×2人=4200万円」が基礎控除額になる。
●改正で相続税を申告しなくてはいけないケース
正味の遺産総額が5000万円の場合、改正前なら基礎控除額を差し引くと0円になるので申告は不要だった。しかし改正後は差し引いた金額が800万円になるため、相続税の申告と納税が必要になる。
●改正で納める相続税額が増えたケース
正味の遺産総額が1億円だと改正前の基礎控除を差し引いた額は3000万円になり、相続税の総額は(3000万円×1/2(法定相続分)×15%)×2人=450万円だ。しかし改正後だと差引後の金額は5800万円になり、(5800万円×1/2×15%)×2人=870万円が相続税の総額となる。
基礎控除を超えるのか?正味の遺産総額の考え方
「正味の遺産総額が基礎控除額以下なら相続税は申告不要」と既述した。正味の遺産総額は次の順で計算する。
1. 財産を取得した各人分の正味遺産額を次の算式で計算する。
相続・遺贈で取得した現預金などのプラスの財産+生命保険金などみなし相続財産-お墓などの非課税財産+相続時精算課税制度で生前贈与された財産-債務・葬式費用+相続開始前3年間に贈与された財産
2. 1.で計算したものを合計し、正味の遺産総額を算出する。
相続税を払うことになった際に使いたい節税策3選
「基礎控除額を超えたら相続税か……どうしよう」という声が聞こえてきそうだが、相続税の対象になったとしても、次のような節税策を使えば相続税を低く抑えることができる。
●小規模宅地等の特例
小規模宅地等の特例は亡くなった人の自宅や事業用のオフィスビルや店舗、賃貸アパートなどを相続したとき、その敷地の評価額を下げる制度だ。自宅の敷地であれば330㎡まで80%、賃貸以外の事業用建物の敷地であれば400㎡まで80%、賃貸事業用の建物の敷地であれば200㎡まで50%、それぞれ評価額が減額される。
●配偶者の税額軽減
配偶者の税額軽減の制度とは、配偶者が相続や遺贈で実際に取得した正味の遺産額が「1億6000万円」「配偶者の法定相続分」のいずれか多い金額以下なら、相続税がかからない制度だ。この制度を使えば、老いた妻や夫の相続税の負担が軽くなる。
●生命保険で納税資金を準備
相続の大半が不動産だと多くの相続人は納税資金に苦しむ。このような世帯には生命保険契約が有効だ。保険料負担者の死亡により相続人が受け取る生命保険金は相続税の課税対象だが、「500万円×法定相続人の数」の非課税枠がある。節税しながら資金を遺すことができるのだ。
相続税対策をするときに検討したい生前贈与策3選
生前贈与を活用して生きている間に子どもや孫に資産を少しずつ移しておけば、課税財産額を減らして節税ができる。特に次の3つは知っておくとよい。
●110万円ずつ贈与すれば非課税に
生活に直接必要のない財産をあげると贈与税がかかるが、毎年1月1日から12月31日までの1年間に受け取った財産の合計額が110万円以下なら贈与税はかからない。「(1年間に贈与された財産の合計額-110万円)×税率」で計算するからだ。この課税制度を暦年課税制度という。
●届出を出せば累計2500万円までの贈与は非課税に
このほか、贈与税の制度には「相続時精算課税制度」がある。この制度の対象となる贈与については、贈与累計額が2500万円になるまで贈与税はかからない。
非課税のメリットは大きいが、条件がある。贈与する年の1月1日時点で贈与者が60歳以上の父母か祖父母、受贈者が20歳以上の子どもか孫でないといけない。また、対象となる贈与をしたら、翌年3月15日までに贈与税の申告書と「相続時精算課税選択届出書」を提出する必要がある。
この制度で贈与税が非課税になっても、制度の枠内で贈与した財産はすべて相続税の課税対象となるので注意したい。
●贈与税の非課税措置を使った贈与
教育や生活に必要な資金をその都度ではなく一括贈与すると贈与税がかかるが、次の制度を活用すれば非課税になる。
・教育資金の贈与税の非課税措置
・結婚・子育て資金の贈与税の非課税措置
・住宅取得等資金の贈与税の非課税措置
それぞれの活用条件には注意したいが、「子どもや孫の将来に財産を使いたい」と考える親や祖父母には一考の価値があるだろう。
「相続税はもう金持ちだけの問題ではない」と知ろう
今回見てきたように、かつて金持ちの問題だった相続税は今や多くの世帯に関係している。都市部に住む世帯は、相続が始まると自宅の評価額が予想外に高く、基礎控除額を超えて相続税に慌てることが少なくない。持っている財産を洗い出す、評価できそうならやってみるなどの対策をして、今から目星をつけておこう。
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