世の中にはブームを仕掛けて儲ける人間と、仕掛けられたブームに踊らされる人間がいる。それがテレビドラマや音楽など娯楽なら可愛いものだが、国家をあげて仕掛けられたブームだとしたら、どうだろう。

「相続税の大増税が始まる」ーーこの数年、そんな言葉を幾度となく耳にした人もいるはずだ。新聞、マネー雑誌、週刊誌にいたるまで、日本中が相続税対策というブームに沸いた。日本人はブームに流されやすい。そうしたなかで「相続増税」をうまく利用して商売している人間がいるのも事実だ。いや、国家が仕掛けたブームと言っても過言では無い。相続対策のため遊休不動産にアパートを建てることが流行し、建設会社が空前の好決算を計上している。相続をネタに仕事が増えた税理士やFP、マスコミも多いはずだ。

だが、相続増税を最も上手に利用し、儲けたのは他ならぬ銀行と保険会社ではないか。一連の相続税対策ブームと、銀行窓口で生命保険の販売が伸びているのは決して無関係ではない。事実、2014年度の銀行窓口における生命保険の販売額は6兆円を超え、過去最大に達している。

空前の相続増税ブームがやって来た

かつて銀行が取り扱う保険は住宅ローンに関連する信用生命保険や火災保険に限られていた。販売できる信用生命保険は、販売する銀行の子会社や兄弟会社である保険会社が引き受けるものに限られ、実質的には販売できる商品がなかった。そうしたなか、2001年に始まった保険の窓販が、07年に全面解禁されたことで様子は一変した。金融庁が生保会社を対象に行ったアンケート調査では、銀行窓販のシェア(2010年)は、損保分野では0.3%にとどまっているものの、生保分野で7.0%に及んでいる。生保分野において銀行窓販は有力チャネルとしての地位を確立していると言っても過言では無いだろう。

これほどまでに銀行窓販が勢力を伸ばした背景には何があるのか。そのヒントは、契約販売件数の商品別構成にある。銀行窓販では個人年金が長い間、中心商品だった。2006年度には変額年金かが49%、定額年金が19%で、両者を合わせた個人年金の構成比は 68%におよび、販売実績のほとんどが個人年金という状況だった。しかし、2008年度になると、変額年金の構成比は39%にまで低下し、医療保険等が9%、終身保険等死亡保険が5%を占めるようになる。さらに2010年度には、変額年金の構成比が7%にまで低下するとともに、終身保険等死亡保険が35%にまで急増し、構成比でトップとなった。資料の数字は少し古いが、現場で販売している実感として終身保険のシェアはさらに伸びているはずだ。

終身保険がこれほどまでにシェアを伸ばしたのはなぜか。死亡保険金の非課税の限度額という相続税における税制上のメリットが最大の魅力だ。さらに、途中解約した場合の利益は一時所得となり、金融商品を売却した際の所得税と比較しメリットが大きい。仮に投資信託で50万円の利益がでれば、復興所得税を含め20.315%の所得税が源泉徴収される。しかし、一時所得扱いであれば、50万円の一時所得控除のおかげで、税金を払う必要は無い。

銀行と保険会社がここに目を付けないわけがない。「生命保険は相続税対策に有効です。」銀行の窓口で繰り返しこんな言葉をささやかれると、その効果は大きい。相続増税だけでは無い。富裕層に対しては徹底的に保有資産の把握と課税が強化されている。2012年からは「金地金等の譲渡の対価の支払調書」が開始され、2015年からは「出国税」(国外転出時課税)も開始された。2016年からは「財産債務調書」の提出が始まる。さらに段階的に給与所得控除の上限が引き下げられ、富裕層にとっては泣きっ面に蜂だ。「少しでも税負担を軽くしたい」「子どもたちに少しでもお金を遺してやりたい」、生命保険が相続対策として有効であるというセールストークはそんな人達の心を捉えた。こうして相続税対策というブームが出来上がったのだ。

「相続」から「争族」、そして「想族」へ

相続増税が実施されれば、二匹目のドジョウよろしく業界は次のブームを探し始める。この点においては芸能や書籍のブームと何ら変わることは無い。次のブームは「争族」だ。生命保険の利点は非課税枠以外にもある。誰にどれだけの死亡保険金を遺すか自由に決められるし、相続人全員の合意がなければ引き出せなくなる預貯金と違って、相続が発生すれば早期に支払われる。勿論、遺言によって遺産の分割を決めておくことも可能だが、遺言書の作成という面倒な作業が必要ない。勿論費用もかからない。さらに、相続税の納税資金を確保しておくためにも生命保険は実に相応しい金融商品である。「相続人の争いを避け、納税資金を確保する保険を利用しましょう」銀行員は研修を通じそんなセールストークを徹底的にすり込まれるのだ。

そして、今は相続人の自身の家族や親族を「想う」気持ちが大切だとして「想族」という造語が流行し始めている。遺言信託や家族信託など、次のビジネスの舞台は「信託」へと移りつつある。

本当にその相続対策、必要ですか?

「相続増税」「争族」「想族」ーーこの一連の流れを見ると、税金を少しでも徴収したい国家と建設業界や金融業界がグルになって仕掛けたブームだったのでは無いかと勘ぐりたくなる。基礎控除が削減されるなか、生命保険の非課税枠は削減されなかったのだから。終身保険に加入できるだけの金融資産がある人は優遇され、金融資産を持たない人は恩恵を受けられない。さらに、相続税対策が必要ない人にまで「相続税対策」という錦の御旗のもとにアパート建築を持ちかけたり、保険の購入を提案している事例、無いとはいえないはずだ。

実際にあった例だが、私の顧客が「相続税対策としてアパートを建設するので土地取得費用と建設費を融資してもらいたい」と申し出られた。かねてより取引のあるお客様であり、資産内容はこちらでも把握できていた。既に相続対策は十分で相続税を払う必要など全くないにもかかわらず、建設会社から相続税対策として新たに土地を取得するとともにアパートを建設することを提案されたのだという。

信託銀行が行っている遺言信託も呆れた内容のものがある。ごく少数の相続人、預金と保有不動産は自宅のみといった人が何十万円も費用を払って遺産分割サービスを利用しているのだから笑うに笑えない。

「相続対策」という言葉は実に巧妙だ。子や孫への想いを巧みに利用したビジネスである。相続対策を行う前に、もう一度考え直して欲しい。可能であれば、信頼できる人に相談してみて欲しい。「その相続対策、本当に必要ですか?」と。(或る銀行員)

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