資産が無ければ無いで悩むが、増えたら増えたで今度は「築いた資産をいかにして守るか」といった「持つ者ならではの悩み」を抱えるようになる。例えば、こんなことを耳にしたことはないだろうか。

「日本は外国と違って相続税が高いから資産を残すことが難しい」
「相続を3回繰り返せば一族の資産は全部無くなってしまう」

これに対して「相続・事業承継が上手くいくかどうかは戦略次第。相続の度に資産が減ってしまうのは方法が悪い」と指摘するのが、K’sプライベートコンサルティング代表取締役で公認会計士、税理士、中業企業診断士の金井義家氏だ。本特集では「富裕層の『資産防衛術』」と題して、富裕層の相続・事業承継における資産の残し方を金井氏から聞き出す。特集第5回では、鉄板相続税対策「アパート経営、建築」の注意点について。(聞き手:押田裕太)※本インタビューは2018年11月16日に実施されました

金井氏,富裕層
金井 義家(かない よしいえ)氏
K’sプライベートコンサルティング 代表取締役。公認会計士、税理士、中小企業診断士。早稲田大学政治経済学部経済学科卒。北海道拓殖銀行・東京都庁・新日本監査法人・税理士法人タクトコンサルティングを経て、平成26年に株式会社K’sプライベートコンサルティングを設立。セールスに紐づかない、専門家の視点からの正しい情報を毎月一回、東京都内で無料セミナーを開催して発信。https://ksp-consulting.co.jp/ ※画像をクリックするとAmazonへ飛びます

目次

  1. アパート建築による相続税対策の一般的なリスク
    1. 全く借金が無かった「富裕層」の事例
    2. 今巷に出回っている『相続・事業承継コンサルティング』と称するものの典型的パターン
  2. アパート経営環境の今後の見通し

アパート建築による相続税対策の一般的なリスク

全く借金が無かった「富裕層」の事例

――アパート建築による相続税対策の一般的な(経営)リスクについて第三回でお話しいただきました。経営面で具体的に注意すべき点はどのようなポイントでしょうか?

今回も実際にあった事例から入っていきましょう。私のところへ個別相談に来たBさんの話です。Bさんは実は数年前にも私のところへ相談にしに来たのですが結局契約をせず、数年後に再び訪れたというパターンです。実はこのようなパターンも相当数あります。

この数年間の間に何があったのかを説明していきます。私のところへ最初に来た時、Bさんの父親は存命であり、5つの不動産を有していて、かつ借入金の全くない「富裕層」でした。不動産のうち1つは自宅、1つは賃貸アパート、残りの3つが駐車場でした。ところが私のところへ最初の相談に来た直後に父親が、その1年後に母親が死去したそうです。

兄弟は5つの不動産を全て、長男のBさんが相続することで納得し、現預金をそれぞれ少し相続することで遺産分割協議にハンコを押してくれたそうです。相続税の申告は地方銀行から紹介された「資産税に強い」と称する税理士法人に依頼し、報酬もリーズナブルだったので決めたそうです。またこの税理士法人から母親の「二次相続対策」として、3つの駐車場のうち特に立地の良い2つの土地に賃貸アパートを建てることを強く勧められたそうです。

結果的に、この税理士法人から紹介された大手ハウスメーカーで2億円かけて2棟を建築し、資金は税理士を紹介してくれた地方銀行から30年ローンで調達したそうです。郊外なので経営に不安があったが「サブリース」があるから安心だと思ったようです(「サブリース」の仕組みについては後述)。しかし結果的にアパートが完成する前に母親は死去し、相続税の節税には全くならなかったとのことでした。

ところが暫くして、まずはこの「資産税に強い」はずの税理士法人のやった相続税申告に致命的なミスが発覚しました。しかも他の税理士にセカンドオピニオンを依頼した結果判明したということではなく、いわば「ド素人」であるBさんが自ら気がついて指摘したのです。税理士法人は謝罪し、自ら税務署へ手続して、計算ミスによる過払い分は還付になったそうです。ところがこれがきっかけで、この税理士法人に不信感を抱いたBさんが、自ら勉強して良く調べたところ、一次相続の遺産分割のやり方次第では二次相続の相続税がもっと減らせたということが発覚しました。

確かに一次相続時点で母親の健康状態が良好で、二次相続が何十年後かわからないという状態ならともかく、私のところへ最初に相談に来た時点で両親共に余命宣告をされているというのを私も聞いていました。また兄弟仲も良好で、どんな遺産分割協議でもハンコをもらえるという状態だったのですから、二次相続の相続税も視野に入れた適切なアドバイスをBさんとしては欲しかったところでしょう。これについてBさんはクレームを税理士法人に入れたようですが、税理士法人は、依頼業務の範囲外ということではねつけたそうです。

ところが問題はこれだけで済みませんでした。2億円の借り入れをして建築した2つの賃貸アパートが、築3年も経たないうちに業績不振に陥ったのです。一般的なサブリースの契約内容について簡単に説明すると、アパート建築をするハウスメーカーのグループ会社(サブリース会社)が完成したアパートを一括借り上げし、(実際の家賃収入に関係なく)超長期に渡り毎月定額の家賃(サブリース家賃)をアパートオーナーに払うというもので、「30年家賃保証」「35年一括借り上げ」で安全・安心などと謳われています。しかし、実際は安全・安心などということは全くありません。30年・35年が経過する前にサブリース家賃を引き下げられたり、契約を解除されたりすることが良く起こります。

念のために言っておきますが、このことは契約書に明記されており、法的にも何ら問題はありません。しかし、アパートオーナーから見れば「安全・安心などと謳っておきながら、全然話が違うじゃないか」ということになりがちです。

結果としてアパートオーナーと、ハウスメーカーとの間でのトラブルが続発し、一部では集団訴訟にまで発展しています。あまりにもトラブルが多いため、既にこの「サブリース」は数年前から社会問題化しており、国土交通省も何とかして規制をしようとしているのですが、なかなか進んでいないというのが実態です。

Bさんは建築後に自力で勉強をし、契約書を熟読するなどして、このサブリース家賃が引き下げられ可能性があることや契約が解除になることがあること、それが原因で一部で集団訴訟が発生していること、国土交通省が問題視し規制に乗り出していることなどを知りました。

本来は、そういうことは意思決定前に調べておくべきことです。心配になったBさんは実際にどのくらいの家賃収入が上がっているかを調べたところ、築3年も経っていないにもかかわらず早くも業績不振に陥っており、家賃収入は当初予定を大きく下回っていることが発覚しました。もっとも今のところBさんには約束のサブリース家賃が支払われていますから、直接的な影響は出ていません。しかし、このような状況ではいずれサブリース家賃の引き下げを言ってくるのではないかと不安に思うようになったそうです。

案の定、築3年が経ったところで、サブリース会社は家賃の引き下げを打診してきました。Bさんは話が違うと激怒し、大手ハウスメーカーの支店に怒鳴り込んだところ、とりあえずその場はおさまったそうです。しかしこれがきっかけで大手ハウスメーカーに対する不信感を高めただけでなく、この先、どこかでサブリース家賃が引き下げられる可能性が高いと確信するようになったようです。そしてサブリース家賃が引き下げられれば地方銀行への借入金返済が出来なくなるのではないかと悩むようになり、再び私のところへ来たというわけです。