2018年度税制改正で給与所得控除が縮小された。基礎控除拡大と相殺される人が多いが、年収850万円を超えると増税となる。対策としては、既存の節税策に加え、給与所得の特定支出控除にも注目したい。政府は給与所得控除がまだ過大としており、今後も予断は許されない。

鈴木まゆ子
鈴木まゆ子
税理士・税務ライター
中央大学法学部法律学科卒業後、㈱ドン・キホーテ、会計事務所勤務を経て2012年税理士登録。「ZUU online」「マネーの達人」「朝日新聞『相続会議』」などWEBで税務・会計・お金に関する記事を多数執筆。著書「海外資産の税金のキホン(税務経理協会、共著)」。

所得税額はどう決まるのか

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(画像=PIXTA)

そもそもなぜ給与所得控除の縮小が、増税につながるのだろうか。税制改正の内容を見る前に、所得税額がどのように決定されていくのかを見ていこう。

●所得税額は「所得額×税率」だが実際は複雑

所得税額はざっくり言うと「所得額×税率」で計算される。ただし、実際の計算は簡単ではない。「働いてもらうのか、それとも棚ぼた的にもらうのか」「生活の糧になるものなのか、それとも副業的なものなのか」という具合に、どのようにして得たのかにより、所得の性質は異なる。

どの所得も同じように扱ってしまうと課税の公平が図れないため、所得税の計算の際は、所得を「給与所得」「事業所得」「雑所得」などと10種類に分けて計算する。所得は原則「年間の収入総額-必要経費の合計額」で算出されるべきものだが、同様に課税の公平を図るため、実際の計算は所得区分ごとに異なる。毎年1月1日から12月31日までに得た所得が計算対象となる。

10種類の所得区分ごとに計算し、総合課税方式で税額計算するものと分離課税方式で計算するものとに分ける。分離課税方式は一律の所得税率を乗じて税額を算出して終わりだが、総合課税方式は少し複雑だ。区分ごとに計算した各種所得の金額を合計した後、「扶養控除」「配偶者控除」「基礎控除」といった所得控除を差し引いていく。

この各種所得控除を差し引いた後の金額を「課税所得金額」といい、課税所得金額によって税率が決定する。税率が決まれば、「課税所得金額×所得税率」でいったん所得税額を算出する。住宅ローン控除や外国税額控除があるのなら、所得税額からさらに差し引き、最終的な所得税額を決定することになる。

●給与所得控除が減る=給与所得が増える=増税

所得は原則、「年間の収入総額-必要経費の合計額」で決まると述べた。サラリーマンやOLの給与所得に当てはめると、「給与の年収(額面額)=年間の収入総額」「給与所得控除=必要経費の合計額」になる。つまり、給与所得控除が減ると給与所得が増えるのだ。そのため、今回の給与所得控除の減額は増税につながるのである。

2020年からの変更点

冒頭に伝えた2018年度税制改正のほとんどは2020年分の所得税から適用されている。具体的な変更点を挙げると次のようになる。

1.給与所得控除額の改正

給与所得控除額が前年分までのものから一律10万円ずつ引き下げられた。詳細は後ほど解説する。

2.基礎控除の改正

これまで一律38万円だったが、合計所得金額に応じて次のような区分となった。

合計所得金額が2400万円以下……控除額48万円
合計所得金額が2400万円超2450万円以下……控除額32万円
合計所得金額が2450万円超2500万円以下……控除額16万円
合計所得金額が2500万円超……控除額0円

3.扶養控除等の改正

これまでは扶養する親族(控除対象扶養親族)の合計所得金額が38万円以下であれば扶養控除が受けられた。しかし、2020年分からは親族の合計所得金額のラインが48万円に引き上げられた。なお、控除額は以前と変わらない。

4.所得金額調整控除制度の適用

この制度は新たに創設された。給与年収が850万円を超える人でも、次のいずれかの要件に該当すれば、「(給与の年収額(1000万円が上限)-850万円)×10%」を給与所得から差し引くことができる。

● 本人が特別障害者である
● 23歳未満の扶養親族がいる
● 特別障害者である同一生計の配偶者か扶養親族がいる

また、給与所得と公的年金などの雑所得を年間で合計10万円超もらう人にもこの制度の適用があるが、控除できる金額は異なり、最大10万円となる。

2018年度税制改正とサラリーマン・OL

2018年度の税制改正は、一定のサラリーマンやOLにとっては増税となってしまった。

給与から課税対象額を計算するとき、法で定められた「給与所得控除」額を差し引くことになっているが、「給与所得控除」額がこれまでより一律10万円引き下げられた。さらに年収850万円を超える人は、給与控除額の上限額がこれまでの220万円から195万円に引き下げられた。

一方、誰にでも適用される基礎控除は10万円引き上げられた。そのため、給与収入が850万円までの人は課税対象額の増減が相殺されて現状維持となった。

源泉徴収票に「支払金額」の欄と並んで「給与所得控除後の金額」欄がある。改正後はこの数字が変わっている。

ただし年収850万円以上でも、23歳未満の子どもがいる子育て家庭などは増税にならないよう調整が図られた。

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年収・世帯別税制改正の影響とは

給与所得控除は、年収によって定められた金額が控除される。

具体的な数字とともに見ていこう。年収が360万円超660万円以下であれば、改正後の控除額はこれまでの「収入金額×20%+54万円」から10万円縮小されて「収入金額×20%+44万円」となる。年収660万円超1000万円以下なら「収入金額×10%+120万円」から「収入金額×10%+110万円」となる。

ただし、例えば年収が600万円や700万円といった人は、基礎控除が10万円拡大されるため、増減が相殺され新たな負担はない。

増税となる境界は年収850万円だ。年収850万円の人は「年収660万円超1000万円以下」の区分であるため、「収入金額×10%+110万円」の計算が適用される。この計算式に当てはめると、控除額は195万円だ。先ほど述べたように、今回の税制改正によって、年収850万円を超える人の給与所得控除額の上限は195万円であるため、年収がこれより増えても控除額はこれ以上増えないのだ。

所得税は課税対象額に税率を掛けた金額だ。税率は、課税対象額が大きい人ほど高くなる。課税対象額は社会保険料控除などによって異なるが、年収850万円前後の人は税率20%になる場合が多い。なお、地方税の税率は所得にかかわらず10%だ。

例えば、年収900万円では、課税対象額が5万円増える。税率は所得税20%と住民税10%を合わせて30%となる。したがって1万5000円の増税だ。年収1000万円では、課税対象額は15万円増える。こちらは所得税と住民税を合わせて4万5000円の増税だ。

年収1000万円を超える人は改正前からすでに上限があったため、増える課税対象額は15万円で一定となる。しかし、年収が高くなると今度は所得税率が高くなる。一概に言えないが、年収1500万円では所得税率は33%となるケースが多いだろう。この場合、所得税率と地方税率合わせて43%となり、増税額は合計6万4500円にのぼる。

所得控除は税率が高い高所得者に有利な制度だが、逆に言えば、所得控除が縮小されると高所得者ほど増税額が大きくなる。

世帯で見ればどうだろうか。給与所得控除縮小とは別に、すでに2018年から配偶者(特別)控除が大きく見直され、世帯主と配偶者の所得の組み合わせで決まるようになった。配偶者特別控除が適用される範囲は拡大されたが、世帯主が高所得だと控除額が減少するかゼロとなる。

ここでは、配偶者(特別)控除を使わない場合を考える。単純にそれぞれの年収が850万円までだとすると税の負担は増減しないが、どちらかが850万円を超えると増税となる。夫婦ともに高所得だと増税額は大きい。ただし、23歳未満の子どもがいれば増税の対象とならない。

医療と年金で節税対策

増税に対しては節税で対抗するしかない。ポイントは医療保険や年金制度関係の節税対策だ。

医療費については、以前から、医療費支出が大きかった年の納税額を低くできる、「医療費控除」という制度がある。具体的には、実際に負担した医療費が10万円を超えると、その超過分が所得控除の対象となる。

2017年からは、医療費控除の特例として「セルフメディケーション税制」が始まった。普段から病気予防に努め、医療機関を受診せずに、対象となる市販薬で治療すれば、その市販薬の代金が所得控除となる(ただし、年間1万2000円を超えた支出した場合に限る)。

続いて年金制度関係だが、2017年からはサラリーマンもiDeCo(個人型確定拠出年金)に加入できるようになった。この制度を利用し、自分で年金を積み立てて運用すると税の優遇を受けられる。年金として受け取る遠い将来だけでなく、現在支払っている掛け金が現在の所得税の所得控除の対象となる。

iDeCoは銀行預金なども対象だ。リスクを取りたくない人は銀行預金から始めてみよう。所得控除は現在のところ確実に受けられる。10万円預ければ10万円所得控除となるが、加入している企業年金の種類によって拠出限度額が異なる点を確認しておこう。

所得控除全般について言えば、サラリーマンは原則として年末調整で所得控除を受けるので、会社に知らせていない扶養控除や保険料控除があれば申告しておくべきである。

さらに、寄附をしたり災害にあったりすれば、それぞれ「寄附金控除」や「雑損控除」の対象となる。「住宅ローン控除」は控除される分だけ税金を減らせる「税額控除」であり節税効果が高いので、当てはまる人は必ず活用したい。これらは確定申告が必要で面倒に感じるかもしれないが、アメリカなどでは国民すべてが確定申告を行っている。

給与所得控除と表裏にある制度

現状では、給与所得控除以外の控除を使った節税策のほうが利用しやすい。しかし、給与所得控除の縮小と深い関係にある節税策もある。

給与所得控除はサラリーマンの必要経費とされる。法が定める給与所得控除は大ざっぱな見積額で「概算控除」と呼ばれる。しかし、財務省はサラリーマンの必要経費について具体的な数字をはじき出している。

政府税制調査会(政府税調)に対して財務省が提出した資料では、サラリーマン・OLの経費にあたる額は平均25.2万円と推定されている。総務省統計局の「家計調査」から、財務省が給与所得者の必要経費にあたりそうなものを抜き出した額だ。(第13回税制調査会財務省説明資料(所得税)より)。この数字について、政府税調の2017年11月20日の中間報告においては、「現行の給与所得控除と比べて相当程度低い水準となっている」とされている。

財務省の「概算控除額が実際の支出よりも大きすぎる」という主張は、裏を返せば「概算ではなく実際の支出額を認めるべきだ」ということでもある。必要経費を実際の支出額で控除することを「実額控除」という。自営業の所得税の計算では必要経費は「実額控除」だ。実は、サラリーマン・OLにも「実額控除」の制度が存在する。2018年度税制改正でも概算控除を縮小する一方で、この実額控除の範囲は拡大されているのだ。

特定支出控除とは何か?

自営業では必要経費の実額控除が認められているのに、給与所得者は法定の概算控除しか認められないのは不公平だという批判を受け、一定の実額控除を認めたものが「特定支出控除」だ。

特定支出控除では、一定の経費の合計が給与所得控除の半分を超える場合、その超えた部分を給与所得控除に加えることができる。

一定の経費には、通勤費、研修費、転勤に伴う転居費などがある。2013年からは弁護士や税理士などの資格が仕事に必要ならばその資格取得費、仕事関係の図書費や衣服費、交際費などが追加された。2018年度税制改正では、単身赴任者の帰宅旅費の回数に制限があったのを撤廃し、職務上の旅費も認められることになった。

適用される金額が高く、会社から支出の証明書をもらって確定申告する必要があることなどから、現状の利用者は多くない。財務省の資料では2016年で1522件にとどまる。しかし、2013年の改正までは一桁台であったことを考えると範囲次第で大きな影響を与えることが予想される。

2018年度税制改正でも、給与所得控除の縮小と抱き合わせるように範囲が拡大された。今後も給与所得控除が高すぎるとの理由で縮小される中で、特定支出控除がどのように認められていくのか注目する必要がある。

給与所得控除縮小が続く可能性

高所得者への増税は社会に認められやすい。税には富を分配する機能があるからだ。

では、どの年収以上が高所得者なのか。2017年12月に一度、増税対象者が「年収800万円以上」と報道された。その後与党内で調整が図られ、年収850万円以上となった経緯がある。これは政治的な線引きの結果に過ぎず、今後も増税対象となる年収額は高くなる可能性がある。

また、2018年度税制改正は「働き方の多様化に合わせた」という大義名分を掲げていた。現行の税制は、給与、事業、年金といった所得別で取り扱いが異なっている。政府税調は、所得ごとの取り扱いの差をなくし、どのような働き方でも適用される基礎控除などで税額を調整するべきだと報告した。そして、所得の分類についてさらに検討を進めるよう提案している。

サラリーマン、OLの給与所得控除について、財務省も政府税調も実際の支出に比べ高すぎると認識している。また、日本人の実際の支出との比較だけでなく、主要国との国際比較においても日本は手厚すぎるとの見解を示した。政府税調は中長期的にも国際水準への見直しが必要と主張している。

つまり、2018年度税制改正の「高所得者の給与所得控除縮小」「基礎控除の拡充」はまだ始まりに過ぎないのだ。今後も、この方向で税制が変わると予想される。具体的には、対象となる高所得者の線引きや子育て世代への配慮、給与所得控除縮小と表裏にある特定支出控除の拡大などが変化する可能性がある。年収「中の上」の層は、今後も税のニュースに注意が必要だ。

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