「生命保険料控除」という制度をご存じだろうか。生命保険に対して年間支払っている保険料等の金額に応じて、収入から必要経費などを差し引いた所得金額から一定額の控除が受けられる制度である。会社員などは、生命保険料控除という名前や内容を知らなくても、毎年利用している可能性がある。
所得金額から控除を受けることにより、どのようなメリットがあるのか。この記事では、生命保険料控除の概要や、税制改正前の旧制度と新制度との違い、控除金額の算出方法などを解説する。
生命保険料控除は所得控除の一種
生命保険料控除によって所得金額から一定額の控除を受けると、所得税や住民税が軽減されるメリットがある。毎年支払う税金は、所得からさまざまな控除を差し引いた課税所得に対して算出するので、課税所得が多いほど支払う税金の額も大きくなるのだ。
生命保険料控除では、所得からの控除金額が増えるため、課税所得が少なくなり、税金の額が小さくなる。控除額は最大で所得税では12万円、住民税では7万円になる。後ほど算出方法を紹介するので、自身の控除額を求めてみるとよいだろう。
生命保険料控除は保険種類に応じて控除の区分が分かれ、区分別に控除が適用される。
・一般生命保険料控除:生存または死亡を原因とした一定額の保険金、その他の給付金などを支払うことを約する部分に関する保険料、死亡保険など
・介護医療保険料控除:入院や通院等にともなう給付部分にかかわる保険料、がん保険、医療保険、介護保険など
・個人年金保険料控除:個人年金保険料税制適格特約が付加された個人年金などの保険料
ただし、保険期間が5年未満の貯蓄保険、外国生命保険会社等や外国損害保険会社等、国外で契約したもの、団体信用生命保険、傷害保険、財形貯蓄など控除の対象とならないものもあるので注意したい。
個人年金保険について対象となる個人年金保険料税制適格特約は、次の条件を満たす場合に付加できる。
・年金の受取人が保険料もしくは掛金を支払う本人もしくは配偶者となっている契約
・年金の支払いを受けるまでに10年以上にわたって保険料を定期的に支払う契約
・年金の支払いが原則として60歳になってからの10年以上の定期もしくは終身の年金
所得控除は、生命保険料控除以外にも種類があり、人的控除と物的控除の2種類に分かれる。
人的控除とは、控除対象配偶者がいると受けられる配偶者控除、子どもなど扶養親族がいる場合の扶養控除、納税者自身もしくは同一生計配偶者または扶養親族が所得税法上の障害者に当てはまる場合の障害者控除などがある。
一方、物的控除とは、生命保険料控除や地震保険料控除、医療費控除などの保険料や医療費の支払いなど一定の支出があった場合に対象となる控除である。
<主な所得控除>
人的控除 | 物的控除 |
---|---|
・基礎控除 ・扶養控除 ・配偶者控除 ・配偶者特別控除 ・寡婦控除、寡夫控除 ・勤労学生控除 ・障害者控除 |
・生命保険料控除→今回説明 ・社会保険料控除 ・地震保険料控除 ・医療費控除 ・寄付金控除 ・雑損控除 ・小規模企業共済等掛金控除 |
この記事では、物的控除の中の生命保険料控除に絞って解説する。
新制度と旧制度で何が変わったのか
生命保険料控除の制度は、2010年の税制改正により12年分の所得税から(住民税は13年分から)改正された。具体的に、どのような制度変更があったのか確認していこう。
介護医療保険料も控除の対象に
旧制度では、医療保険や介護保険などは一般生命保険料として扱われていた。一方、新制度では、一般生命保険料とは別の区分になり、一般生命保険料、介護医療保険料、個人年金保険料の3つとなった。
控除に適用される限度額の変更
新制度になり控除される限度額にも変更があった。各保険料に対して、所得税控除、住民税控除の限度額がどのように変更されたか確認しよう。
次表を見ると、旧制度では、所得税控除は、一般生命保険料、個人年金保険料ともに上限5万円、合算による適用限度額が10万円だったのに対し、新制度では、控除区分が3種類に増え、各区分の上限が4万円に減ったものの、合算による適用限度額が12万円に増えたことが分かる。
<旧制度>
所得税控除 | 住民税控除 | |
---|---|---|
一般生命保険料 | 5万円 | 3万5000円 |
個人年金保険料 | 5万円 | 3万5000円 |
合算による適用限度額 | 10万円 | 7万円 |
<新制度>
所得税控除 | 住民税控除 | |
---|---|---|
一般生命保険料 | 4万円 | 2万8000円 |
介護医療保険料 | 4万円 | 2万8000円 |
個人年金保険料 | 4万円 | 2万8000円 |
合算による適用限度額 | 12万円 | 7万円 |
新制度では、合算による適用限度額が10万円から12万円に増えているが、一般生命保険料控除、個人年金保険料控除を単体で見た場合は上限が減っている。この制度変更により、有利になる人もいれば、不利になる人もいるだろう。後述する計算方法を理解して、有利な申請を行うようにしよう。
特約に関する取扱方法の変更
身体の障害だけを補償する、身体の障害のみに起因して保険金が支払われる傷害特約や災害割増特約については、生命保険料控除の対象から外れる。
適用控除区分に関する判定の変更
旧制度では、主契約の保障に準じて、一般生命保険、個人年金保険の控除区分が適用されていた。
新制度では、主契約と特約の保険料に応じて、保障内容を判定し、一般生命保険、介護医療保険、個人年金保険の控除区分が適用される。
生命保険料控除の金額を計算してみる
ここでは、控除される金額の計算方法を解説する。実際に自身が契約している保険の内容(支払っている金額が分かる資料を用意)で確認してみることをオススメする。
計算方法は契約している保険が旧制度なのか新制度なのか、また両方なのかで異なるので注意しよう。自身の契約がどちらに該当するか調べる方法もあわせて説明する。前述のとおり、所得税控除額は12万円、住民税控除額は7万円が上限であることも念頭におこう。
旧制度の所得税・住民税控除
旧制度か否かの判断方法は、自身が契約している保険の契約日を確認し、契約日が2011年12月31日以前の場合は、旧制度に該当する。
生命保険と個人年金保険に分けてそれぞれ年間支払った保険料等の総額を求め、次表をもとに控除額を確認しよう。
医療保険や介護保険などの第三分野保険の保険料については、旧制度に基づき一般生命保険として考える。年間支払っている保険料等とは、その年に支払った金額の合計から、その年に受け取った余剰金や割戻金を差し引いた金額である。
<所得税控除> ※一般と個人年金と別々に行うこと
年間の支払保険料等 | 控除額 |
---|---|
2万5000円以下 | 年間の支払保険料等の全額 |
2万5000円超 〜 5万円以下 | 年間の支払保険料等の全額×1/2+1万2500円 |
5万円超 〜 10万円以下 | 年間の支払保険料等の全額×1/4+2万5000円 |
10万円超 | 一律 5万円 |
<住民税控除> ※一般と個人年金と別々に行うこと
年間の支払保険料等 | 控除額 |
---|---|
1万5000円以下 | 年間の支払保険料等の全額 |
1万5000円超 〜 4万円以下 | 年間の支払保険料等の全額×1/2+7500円 |
4万円超 〜 7万円以下 | 年間の支払保険料等の全額×1/4+1万7000円 |
7万円超 | 一律 3万5000円 |
新制度の所得税・住民税控除
新制度か否かの判断方法は、自身が契約している保険の契約日を確認し、契約日が2012年1月1日以降の場合は、新制度に該当する。
一般生命保険と介護医療保険と個人年金保険を分けて、それぞれ年間支払った保険料等の総額を求め、次表をもとに控除額を確認する。
年間支払っている保険料等とは、その年に支払った金額の合計から、その年に受け取った余剰金や割戻金を差し引いた金額である。
<所得税控除> ※一般と介護医療と個人年金を分けて計算する
年間の支払保険料等 | 控除額 |
---|---|
2万円以下 | 年間の支払保険料等の全額 |
2万円超 〜 4万円以下 | 年間の支払保険料等の全額×1/2+1万円 |
4万円超 〜 8万円以下 | 年間の支払保険料等の全額×1/4+2万円 |
8万円超 | 一律 4万円 |
<住民税控除> ※一般と介護医療と個人年金を分けて計算する
年間の支払保険料等 | 控除額 |
---|---|
1万2000円以下 | 年間の支払保険料等の全額 |
1万2000円超 〜 3万2000円以下 | 年間の支払保険料等の全額×1/2+6000円 |
3万2000円超 〜 5万6000円以下 | 年間の支払保険料等の全額×1/4+1万4000円 |
5万6000円超 | 一律 2万8000円 |
新制度・旧制度の両方を契約している場合
一般生命保険料、個人年金保険料について、加入している保険が新旧両方の制度の場合は、次の算出ルールとなる。一般の保険は新のみ、個人年金は旧のみなど、1つの控除区分に対してどちらか片方のみの場合は該当しない。
新制度の介護医療保険については、旧制度にはないため、新制度のルールをそのまま適用する。
<所得税控除> ※一般と介護医療と個人年金と別々に行うこと
旧制度の適用控除額 | 控除額 |
---|---|
4万円超 | 上限5万円に対して旧制度の適用控除額のみで控除する |
4万円以下 | 年上限4万円に対して新制度の適用控除額と旧制度の適用控除額を合算して控除する |
<住民税控除> ※一般と介護医療と個人年金と別々に行うこと
旧制度の適用控除額 | 控除額 |
---|---|
2万8000円超 | 上限3万5000円に対して旧制度の適用控除額のみで控除する |
2万8000円以下 | 上限2万8000円に対して新制度の適用控除額と旧制度の適用控除額を合算して控除する |
毎年支払った金額を控除区分ごとに合計し、表に照らし合わせて金額を算出するだけで、難しい計算式はない。自身が節税で得することなので実際に計算してみよう。
例えば、旧制度の一般の生命保険料が10万円、新制度の介護医療分の保険料が10万円、旧制度の個人年金分の保険料が10万円の場合、旧制度の一般分と個人年金分が各々5万円となり、介護医療分が4万円となる。
合計は14万円だが、限度額が12万円のため、12万円に抑えられる。
2011年まで、旧制度で10万円までの控除を受けていて、12年以降に新しく介護医療保険に加入した場合は控除額が増えメリットを実感するだろう。
しかし、一般の生命保険料で旧制度分の保険料が8万円、12年以降に新制度分の一般の生命保険料が2万円の場合、旧制度は8万円×1/4+2万5000円=4万5000円、新制度は2万円となる。新旧両方として適用すると、4万5000円+2万円=6万5000円だが、新制度の上限の4万円が適用されるため4万円となる。
この場合は、新制度分は申告せずに、旧制度分のみの控除4万5000円の適用を選択するほうがよい。新制度分を申告しないのは違法ではないので、新旧両方ある場合は、旧のみで申告する、新のみで申告する、両方の合算で申告するかは自身で判断が可能だ。
生命保険料控除の申告方法
生命保険料控除を受けるためには、勤務先で年末調整を受けたり自身で確定申告をしたりする必要がある。住民税の控除額は、前述のとおり旧制度と新制度で各保険料に対して上限額があり、合計限度額は7万円となる。住民税の生命保険料控除を受けようとする場合、年末調整や確定申告で所得税に適用する控除額の申告を行えば別途計算して申告する必要はない。
所得税の控除は「還付金を受け取る」という取り扱いになるが、住民税の控除は翌年の6月から翌々年の5月までに、給与や納税通知書により「控除適用分が差し引かれた住民税を払う」という取り扱いになる。
年末調整での申告
会社員で年末調整を受ける人は、生命保険料控除について、2018年の税制改正により20年分の年末調整から、従来の書類での申告方法に加えて電子データでの提出もできるようになる。
年末調整手続きが電子化された場合、申告者自身がデータを作成し、勤務先に提出する形になる。申告者は保険会社などから生命保険料控除証明書を電子データで取得し、「年末調整申告書作成用ソフトウェア(年調ソフト)」などを使って年末調整申告書データを作成し、生命保険料控除証明書とともに勤務先に提出する。年調ソフトは、国税庁が20年10月から無償で提供予定だ。
電子化により、生命保険料控除証明書のデータを取り込むことで自動計算されるので、これまでのように自分で計算する必要がなくなる。また、データ取得なので、紛失による再交付の依頼が不要になるだけでなく、電子署名やパスワードの使用により押印も不要になるなどメリットは多い。
「マイナポータル連携」を利用することで、生命保険料控除証明書が複数あっても一括で取得できる。年末調整で申告することにより、所得税だけでなく住民税の控除も同時に受けられる。
確定申告での申告
給与の年間収入額が2000万円を超える人や副収入などがある人、個人事業主などは、確定申告で生命保険料控除の申告を行う必要がある。
申告する所得の種類の違いにより確定申告書A、確定申告書Bがあり、各確定申告書の第一表の生命保険料控除欄に所得税の合計控除額を記入する。第二表の生命保険料控除の欄には、旧制度、新制度の控除区分ごとに申告する合計保険料を生命保険料控除証明書から転記する。
確定申告書を作成したら、生命保険料控除証明書を添付して提出する。旧制度で年間保険料が9000円以下のものは添付の必要はない。
作成した確定申告書は、持参、郵送、e-Tax(電子申告)などで提出する。e-Taxの場合、生命保険料控除証明書の添付を省略できるというメリットがある。ただし、法定申告期限から5年間は保管しておこう。
2020年1月31日からはパソコンだけでなく、マイナンバーとマイナンバー対応のスマートフォンからも所得税の申告書をe-Taxで提出できるようになった。この確定申告により住民税の控除も受けられることになる。
生命保険料控除証明書について
生命保険料控除証明書は、毎年10月中旬頃から生命保険会社などから送られる。年末調整や確定申告に必要なので、紛失しないように保管しておこう。もし紛失した場合は保険会社などに速やかに連絡すれば再発行してもらえる。また保険会社などから電子的控除証明書をダウンロードし、QRコード付控除証明書を作成して自身で印刷もできるので、再発行までの時間がかからず申告できるだろう。
保険料が給与天引きの場合、勤務先の団体事務担当者に送られるので、自身で保管、申告する必要はない。
会社員などで年末調整に間に合わなかった場合は、確定申告で控除が受けられるので忘れずに手続きしよう。
●年末調整の申告書類作成方法
年末調整での生命保険料控除の申告の際には、生命保険料控除証明書の記載内容を勤務先から渡される「給与所得者の保険料申告書」の「生命保険料控除」の各欄に記入する。旧制度分のみ、新制度分のみ、両方の合算、など申告する保険契約等を決めたら申告書に書かれている指示に従い転記していこう。
生命保険料控除証明書には、「一般の生命保険料」、「介護医療保険料」、「個人年金保険料」が区分してあり、支払った保険料の総額である「証明額」と、その年の12月まで保険料を支払う場合の「申告額」が記載してあるので、12月末まで継続する保険契約等は申告額を転記する。
●生命保険料控除を受ける際の注意点
生命保険料控除について説明してきたが、控除を受ける際の注意点を再度整理していこう。制度を最大限に活用するために大切なポイントである。
保険契約の締結日によって制度の振り分けが変わる
契約している保険が旧制度か新制度かによって、控除額の算出方法が異なることを説明した。保険の契約日を確認し、旧制度なのか新制度なのかを確認しよう。
年末近くになると保険会社から届く「生命保険料控除証明書」には、契約している保険が旧、新のどちらの制度に該当するかが分かりやすく記載されている。
証明書に記載がなく、自身での判断が不安な場合は、契約している保険会社に問い合せると回答してもらえるので、相談してみよう。
新旧両方の契約があると、場合によっては、片方のみを適用するほうが節税になる可能性がある。別々の場合と両方の場合を算出し、結果を比べるとよいだろう。
身体障害の補償特約は控除に入らない
新制度で特約に関する取り扱いが変わったことは説明したが、身体の障害だけを補償する傷害特約、災害割増特約については、生命保険料控除の対象から外れている。そのため、制度変更の前と後で控除額の変更が発生していることがあるので注意しよう。
●年末調整・確定申告が必要になるので申告を忘れずに
生命保険料控除の概要から計算方法、控除額などについて解説した。この制度については、何もしないと控除を受けられないので、自身で生命保険料控除の申告手続きを行う必要がある。
申告手続きでは、年末調整の書類とともに、「給与所得者の保険料控除申告書」と保険会社から送られてくる「生命保険料控除証明書」を提出する。2020年分の年末調整からは電子データでの提出も可能になる。
申告は、年末調整もしくは確定申告の時期に行う。会社員の場合、年末調整の書類を本人が書く場合と、総務・人事などの担当者が代理で書く場合など、会社によって異なる。冒頭で説明した、内容を知らなくても制度を利用している可能性があるというのは、このように細かい計算などの手続きを会社が代理で行っているということだ。
個人事業主や自営業者など確定申告が必要な人は、確定申告時に申告を行う必要がある。忘れずに申告手続きを行い、所得税、住民税の控除という“恩恵”を受けよう。
文:藤原洋子(FP dream代表)